第13話 魔境、モンテス冒険者ギルド

 ガヤガヤと人通りの多い道を抜け、街の中央にあるという冒険者ギルドへと足を向ける。

 視線は痛いし、緊張してるらしき夜空の爪も痛いし、痛い痛いづくしで僕は少し泣きそうです。泣かないけど。


「リヒト君。もう少しですから、頑張ってください」

「その言葉、さっきも聞きましたよ! 十分くらい前に!」

「大丈夫です。今度こそ本当ですから!」

「“今度こそ”ってなんですか、“今度こそ”って!」


 つまり、迷ってましたね!?

 どうりで妙に見たことある景色が多いなぁとか思ってたけど、そもそも同じ道歩いてたんじゃん!


「エスメラルダさん、迷ったなら周りの人に道聞きましょうよ」

「ま、迷ってないですよ!? 本当ですよ!?」

「慌ててる時点で認めてるじゃないですか。ほら、もう楽になろう……?」

「なぜか罪を自白させられてるみたいなのですが」

「気のせいです」

「では、迷っている気がするのもきっと気のせいですよ」

「それは違う」


 かたくなに迷っているのを認めようとしないエスメラルダさん。そういえば、看護師さん達の中にも方向音痴がいるって話があったなぁ……。確か病院の中で迷って遭難しかけたっていう。


「遭難するのは嫌かな」

「街中で遭難するのは、相当な方向音痴の方だけですから大丈夫ですよ」

「まったく安心できる状況ではないんですけど!?」


 あ、街に入ってきたときの門に着いた。

 戻ってきてどうするの!? ああ、守備隊のおじさん達がこっちに気付いて笑ってる。これは恥ずかしい!


「も、もう聞きますからね! おじさーん!」


 少ししょんぼりしているエスメラルダさんの手を引っ張って、守備隊のおじさんに道を聞く。

 するとなんていうこともない……ほぼ一本道じゃん!? むしろなんで迷うのかって言われたよ!?


「私は方向音痴です、すいません。すいません……」

「ほ、ほら、道もわかりましたし、行きましょう! 大丈夫です。モンテスの街まではちゃんと辿りつけたじゃないですか! 大丈夫ですよ!」

「うう、リヒト君……」

「さ、さー行きますよ! さっさと行ってお昼にしましょうね! ね!」


 半分涙目になってるエスメラルダさんの手を取って、ゆっくりと道を進んでいく。

 なんだかんだと言いながら、なんとか太陽が真上に来るよりは早く、ギルドに到着することができた。



「おうおう、嬢ちゃん! ここは嬢ちゃんみたいな可愛らしい子が来るところじゃねぇぜぇ!?」

「そうだそうだ! ここは屈強な男達が集まる冒険者ギルドだ。嬢ちゃんみてぇな子はさっさと帰りな!」

「あんまり舐めてっと怪我しちまうからよぉ! 危ねぇぞ!」


 ギルドに入った途端、よく分からない人達に絡まれたんだけど……。あと、僕は嬢ちゃんじゃない。

 でも、なんていうか……みんな口が悪いだけで、“子供は危ないから来ない方がいいよ!”って言ってるみたいに聞こえる。実際そう言ってる。


「大丈夫です! 僕だってもう冒険者登録してますし、今日は黄ランクトパーズに上がるために来たので!」

「おうおう、嬢ちゃん! そいつぁすまねぇなぁ!」

「無茶はすんじゃねぇぞ!」

「油断は禁物だぜぇ!」


 モンテスの街の孤児達は冒険者ギルドでは仕事を受けないんだろうか? と思っていたら、どうやら白ランクムーンは建物が違うらしい。ただ今回、僕は黄ランクトパーズに上がるため、こっちでの受付になるみたいだ。

 元々、年齢的にはトパーズになれる年齢じゃないから、冒険者さん達が反応したって感じみたい。僕の言葉ですぐに引いてくれたってことは、恐いのは顔と言葉遣いくらいみたいだ。そう、顔は恐い。


「リヒト君、こちらへ」

「はい。では皆さん、すいません」

「おうおう、嬢ちゃん頑張れよ!」


 何気に気の良い人達に挨拶をしつつ、エスメラルダさんの方へと向かうと、受付の女性に奥の部屋へと案内された。

 ちなみにエスメラルダさんはというと、先ほどまで方向音痴であうあう言ってた姿はどこにも無くて、今はキリッとしたいつものお姉さんになっていた。けどもう、あの姿を知ってると、擬態が上手だなぁという感想しか出てこなかった。


「さて、リヒトさん、でよろしかったですか?」

「あ、はい」

「わざわざこちらまで召喚獣の登録に来てくださり、ありがとうございます。さっそく召喚獣の登録に入りますので、こちらの部屋に最大サイズで召喚していただけますか?」

「わかりました」


 「ピィ」と夜空が鳴いたのを確認してから、最大サイズで再召喚。外でも大きいと思ったけど、部屋の中だともっと大きく感じるね。うんうん。可愛い可愛い。


「エスメラルダさんから聞いてはいましたが、本当にウィンドホークなんですね」

「はい。可愛いですよね」


 思わず呟いてしまった言葉に、受付の方が凄い勢いで僕の手を取って、頷く。かなり強く手を握られてて、ちょっと痛いんだけど。


「ですよね! ですよね! 可愛いですよね! ああ、分かってくれる人がいた! そう、魔物だって可愛い子がいっぱいいるんです! そうなんです、そうなんですよォ!」

「恐い恐い!」

「あなたは素晴らしい目をしていますね! そう、そうなんです! ウィンドホークは死を運ぶと怖がられていますが、この愛くるしい目! それに、ふかふかの羽と毛が織りなすハーモニー! 素晴らしいですよね、ですよね!」

「はい、わかりましたから。わかりましたから手を離してください」

「いえいえ、もっと、もっとで――――」


 ズビシッと音が鳴るほどの速度で、エスメラルダさんが受付の人の頭めがけて手刀を叩きつける。かなり強い音がしたんだけど、この人大丈夫だろうか? 頭が大丈夫じゃないのは分かるんだけど、生命的に大丈夫だろうか?


「ごめんねリヒト君。この子は、トビアっていって、昔はビスキュイのギルドで働いてた子なの。ただ、魔物への愛情が深すぎて、一人で門を飛び出していくこともあったから、召喚獣に対する仕事があるモンテスのギルドに移籍になったんです」

「は、はぁ……」

「決して悪い子じゃないんですが、魔物を前にすると時折暴走しちゃう癖は治ってないみたいで……ごめんね」

「いえ、僕としては夜空がちゃんと認可下りれば問題無いので……」

「うん。それは大丈夫。絶対させるから」


 キリッ、とメガネの位置を直し、エスメラルダさんはトビアさんへと指示をだして、素早い動きで登録を行わせる。おお、すごい! エスメラルダさんが頼れる女性に見える! やっぱり、迷っていた時の姿は幻だったのかもしれない!


「はい、これで登録完了しました。これからはリヒトさんのカードを見せれば、召喚獣達の情報も確認出来るようになりますよ」

「ありがとうございます!」

「エスメラルダから聞きましたが、今日はモンテスに泊まる予定でしたよね。もしお時間あれば、黄ランクトパーズのクエストを見ていくと良いと思いますよ!」

「なるほど……。エスメラルダさん、どうします?」

「良いと思います。白ランクムーンに比べ、トパーズでは依頼の幅が大きく増えるので、知っておくのは大事ですね。今日でしたら、私がつきっきりで教えることもできますので、有効活用するべきでしょう」

「わかりました。ではクエストボードの所まで戻りましょうか!」


 夜空を小さくして、肩に乗せる。するとトビアさんがまた夜空の魅力にメロメロになってしまったので、エスメラルダさんにトビアさんを止めてもらい、いそいそをクエストボード付近まで向かった。


「おうおう、嬢ちゃん! どうなったんでぃ!」

「無茶はしなかっただろうなぁ!?」

「怪我してんなら、治療は怠るなよぉ!」


 なんなんだろうこの人達。というかクエスト行きなよ……。

 そんなことを思ってるとは、顔に出さないように気を付けつつ、僕はやんわりとお礼を伝えた。そして、クエストボードに用があることを伝えると――――


「おうおう、お前ら。嬢ちゃんが見えねぇだろぉ!? ちょっと開けてやんな!」

「そうだぜぇ! 無理矢理詰めかけるんじゃねぇ!」

「押し合いは危険だからなぁ!」


 と、まるで海を分けるモーセのように、人垣をその顔と声で真っ二つに割っていった。

 どうしよう、この後に付いていくの結構嫌なんだけど……。


「でも、好意なんだから受け取っておきましょう?」

「そ、そういうものですかね……」

「ピィ……」


 気にせず進んでいくエスメラルダさんの後を、小さくなりながら通っていく。あの、睨まないでください……僕は何も悪くないんです、そう悪くないんです。それに、依頼を受ける訳ではないので安心してください……。顔が恐いです顔が。


「さて、リヒトさん。よく見てくださいね。今までのムーンランクと違い、トパーズからは街の外へ出る仕事が増えます。例えばこのクエストみたいに、この街付近に生えている植物を採取してくるというものから、こっちのクエストのように付近の魔物を退治するものまで、種類が豊富になります」

「この魔物討伐のクエストは、危険じゃないんですか?」

「はい。命を失う危険は勿論ありますが、基本的には難しくない相手ですね。というのも、ギルドの方で魔物をランク付けしており、トパーズランクでは、比較的危険度の低い魔物のクエストが回される形です」


 要は、自分のランクと同じかそれ以下の魔物を目的としたクエストしか受けられない、ということらしい。それに、トパーズからようやく街の外に出られるようになるので、まずは付近の魔物を相手にして、魔物との戦い方や、野営の仕方なんかを学ぶみたいだ。

 来るときに見た廃教会の使い方も、この時に覚えさせられるみたい。大事だからね、うん。


「他にも、リヒト君向けのクエストもありまして……たとえばこちら。街から街への配達ですね。普通、手紙などは行商の方にお金を渡して送ることが多いのですが、急ぎの用の時は冒険者へ依頼がはいることもあります」

「なるほど。確かに僕向きですね。夜空にお願いすれば危険も少ないですし」

「はい。ですから、そういった面を含めて、リヒト君をトパーズに上げることになりましたので」


 つまり、僕にはそういった輸送系のクエストを回したい、ということなんだろう。もちろんそういった仕事が無いときは、僕も別の仕事をやらないといけないだろうし……。

 魔物と戦う、か。僕に出来るんだろうか。


「リヒト君は魔物と戦った事は無いって言われてましたよね?」

「あ、はい。まだ一度も」

「でしたら、トパーズのクエストを受ける前に、ギルドで戦い方なんかを学んだ方が良いでしょうね……知ってるのと知らないのとでは、全然違いますから」


 僕の不安が分かっていると言わんばかりに、エスメラルダさんは僕の手を取って、優しく微笑んでくれる。それだけで、僕も不安が少し和らぎ、むしろ頑張ろうと思えてきた。

 僕の肩に止まった夜空は、何も鳴かないし、手も出さないんだけど……僕と一緒に頑張ろうと思ってくれているのか、爪を食い込ませてくる。やっぱり痛い。夜空用に皮の肩当てとか買った方が良いのかもしれない。


「それで……あら? このクエスト……」

「ん? エスメラルダさん、どうかしました?」

「いえ。このクエストは調査クエストなんですが、ちょっと内容が不思議なもので……」


 そう言って僕に見せてくれた依頼書は、僕からすると特に変な所は見当たらなかった。


「調査クエストというのは、不審な場所を調べることを目的としたクエストで、遺跡や森などの魔物を調べるものから、街の中で変な出来事を調べるものまで、多岐にわたります。ですが、基本的にトパーズに回されるクエストとしては、街の中が多く、街の外は無いんですね」

「あれ? それだとこれ、おかしくないですか?」

「ええ、そうなんです。このクエストの調査依頼箇所は街の外。特に冒険者が使用する、あの廃教会なんです。冒険者が利用することの多い廃教会を、わざわざ依頼に出してまで調査するというのは、まずありえないはずなんですね」


 言われてみれば、たしかにそうだ。

 廃教会は冒険者が雨風をしのいだり、寝泊まりするために解放されている場所であって、誰も踏み込んでないような未調査の場所じゃない。それに加えて、使用するのも冒険者だ。冒険者が使用している場所を、わざわざ冒険者に依頼してまで、調査する必要があるのか?


「リヒト君。それに加えて内容がよく分からないですよね? 何か事件が起きた、とかでは無いようなのです」

「確かに……変な声が聞こえたかもしれないとか、何かがいる気がするけど姿がないとか……なんだか幽霊話みたいですね」

「廃教会ですから、あってもおかしくはないですが……。まず可能性は低いでしょうし、魔物であれば、冒険者の方々が倒しているか、その情報が伝わるはずですね」

「んー……。報告先はモンテスとビスキュイ、どちらでも良いみたいですね。一応依頼元がモンテスになってるみたいですけど」

「なるほど。それで私がこのクエストを知らなかったわけですね。モンテスからの連絡便がまだ到着してなかった、と」


 エスメラルダさんのその言葉と同時に、僕のお腹が良い音を奏でた。グギュールルルではなく、キュルルルル……とちょっと可愛らしい音だったので、色んな意味で恥ずかしくなったけど、何よりもその音で僕らの方を見た他の人の目が、なによりも……なによりも辛かった!

 くっ、殺せ! 死にたくないけど!

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