第9話 八人の英雄の物語

「ま、まさかこんなに早く回復魔法を習得してしまうとは……」


 目の前でポルカさんが絶望を感じたような顔をして、そう呟いた。

 無理もない……まさか一発で成功しちゃうとは。あはは、まいったねこりゃ。

 しかしポルカさんをそのままにしておくわけにもいかないし……。


「教える人が上手だったからですよ」

「まぁ、それは確かにそうかもしれませんが」

「変わり身早いな」


 一瞬で胸を張って自信満々な顔を見せてきたポルカさんに、思わずそうツッコンでしまう。

 この人、喜怒哀楽が激しすぎる気がする……。神に仕えし神官様がコレで大丈夫なんだろうか。


「さて、リヒト君が回復魔法を使えるようになってしまいましたし……これで私はお役御免ですね」

「予想以上に短い師弟関係でしたね」

「私としても、自分自身の知識を見直す、良いきっかけになりました。ありがとうございます」

「良い言葉ですが、椅子に寝転びながら言う台詞ではないですね。絶対」


 しかしこの人、またここで寝る気なんだろうか?

 仕事とかそういったものは大丈夫なのかな? まさか寝るのが仕事とか言わないだろうし……。


「あの、ポルカさん」

「なんですか?」

「その……ポルカさんはお仕事とか無いんですか?」

「ありますよ?」

「あるんですか!?」

「なぜ驚かれるのかはわかりませんが、見て分かるとおり神官、もとい聖職者ですよ?」


 起き上がるのが面倒くさいのか、ポルカさんは寝転がったまま上を向いて、腕を広げてくる。見て分かるとおりと言われても、見てわかるのは、教会で寝転がってる不心得者ってところですよ?


「まぁ、それは置いておいてですね。一応やることはあるのです」

「なら余計に寝てて良いんですか?」

「良かったら神官長様に叱られたりしません。あの人の説教って長いんですよ?」

「分かってるのになんで寝るんですか……」

「……これは寝ているのではありません。瞑想……。そう、瞑想をしているのです」


 そう言いながら胸の前で手を組み、瞼を閉じる。

 なるほど、瞑想なら仕方ない……。


「あ、神官長様」

「はっ!? ね、寝てなんかないですよ!? ええ、寝てないです!」

「……」

「……あれ? 神官長様は?」


 僕の引っかけに、彼女はガバッと勢いよく身体を起こし、次の瞬間には床に両膝がセッティングしていた。相変わらず凄い身のこなしだ……。


「寝てましたね?」

「寝てません。瞑想していたのです」

「なるほど。瞑想でしたか、すみません」

「いえ、良いのですよ」


 そう言って、いそいそと椅子に寝転び直し、手を組んで……。

 ほどよく寝息が立ち始めた頃を見計らって、僕は再度「あ、神官長様」と耳元で囁いた。


「ふっ。聖職者に一度見た手は通用しない!」

「どこの戦士ですか、それ」

「魔力を燃やせば、人は拳で岩を砕ける」

「わざわざ拳で岩を砕かなくても、魔法で砕きましょうよ」

「……リヒト君って、あんまり男の子っぽくないよね」

「微妙に傷つく言葉なんですけど!?」


 目を閉じたまま放たれる弾丸に、僕の心がズタズタに引き裂かれてしまいそうだ。

 なんて酷い……これが魔力を燃やした戦士の力か……。


「というか、その台詞なんですか? 妙に熱い心を感じるんですが」

「これはですね、今うちの孤児院で人気の戦士の台詞です。子供達が英雄物語とか好きですから、覚えちゃいました」

「英雄物語、ですか?」

「うん。気になりますか?」

「そうですね。ちょっと気になりますね」

「なら、孤児院に行ってみましょうか。私が話すよりも、実際に本を読んでみたり、子供達の遊びを見たりした方がわかりやすいかもしれません」


 確かに、言われてみればそうかもしれない。

 ポルカさんがダメって訳じゃないんだけど、うろ覚えとかで覚えちゃってるものとかもあるかもしれないし、どうせ知るならちゃんとした形で知りたいからね。

 決して、ポルカさんが信用ならないというわけではない。むしろ信用はしてる。信頼はちょっと難しいけど。


「良ければ、お願いします」

「はい。行ってみましょう」



「おねーちゃん、かわいいー!」

「とりさん、とりさん!」

「はい。鳥さんは生きてるから、叩いたりはダメだよ? 夜空って名前だから、夜空って呼んであげてね」

「はーい!」

「……夜空、ちょっと遊んであげて」

「ピィ」


 パタパタと夜空が僕の肩から飛んでいき、夜空を触りたがっていた女の子の前に着地した。

 女の子も、僕の忠告を守っているのか、夜空に対して優しく触ってくれているようだ。


 ちなみに、おねーちゃんと呼ばれていたが、特に反論する気は無い。元々、ポルカさんにも「多分間違われると思いますので……」と言われていたくらいだし、この年頃の子供達に、あえて男だとバラす必要性も無いからだ。

 決して面倒だとかそう言った理由では無い。本当に。


「おれのけんをくらえ!」

「ふっ、わがまがんのまえでは、そんなこうげき、とまってみえるぞ!」

「ま、まがんだと!」


 ま、魔眼だと!?


「この“しっこくのばるどふぇると”のまえでは、どんなこうげきもきかぬ!」


 漆黒のバルドフェルト……いったい何者なんだ……。

 あと、子供達が持ってる剣や着てる衣装? が、なんだか結構しっかり作られてるような……


「漆黒のバルドフェルトさんは、八英雄のお一人で、とても珍しい魔眼の魔法使いですね。あと、子供達が着ているのは、行商の方がお祭りの時に売られる、英雄なりきりセットですね」

「英雄なりきりセットて……。にしても、魔眼とかあるんですね」

「ありますよ? でも、生まれながらに魔眼を持っている人は、魔力が脳に影響を及ぼす事が多いらしく、あまり長生き出来ないそうです」

「なるほど……それで珍しいってことですか」

「ヒューマンなら、殆どの方が二十歳までには亡くなってしまいます」


 二十歳まで……。

 僕が生きた十四に比べれば長いけれど、それでも短いと言わざるを得ないだろう。

 ヒューマンなら、ということは、長命種と言われてたエルフなんかなら、もう少し長生きするのかもしれないけど、それでも短いことには変わりが無い。

 魔眼、か。


「それで、その漆黒のバルドフェルトさんは何歳まで生きられたんですか?」

「百歳の大往生ですね」

「予想外に生きてた」

「稀代の天才だったそうで、魔力の扱いに先天的に慣れていた、と言われています。ですので、脳に影響が出ないよう、自らコントロールしていたみたいです」


 でも、それくらいの凄い力を持ってないと、英雄とかにはならないよね?

 そう思えば、なんとなく納得出来る気がするよ。


「八英雄は、他にどんな方がいるんですか?」

「そうですね……漆黒のバルドフェルトさん以外ですと、絶剣ぜっけんのエイジアさん・不沈のグラーバルさん・虚影きょえいのペピルさん・森羅のリークランシェさん・片翼のラトグリフさん・魔槍のフライオーデンさん・王吼おうこのジキスタンさんですね」

「魔槍……?」

「リヒトさんに近いのは、森羅のリークランシェさんでしょうか? 世界最高の召喚術士ですね」

「あ、そうなんですね。それよりも魔槍って」

「リークランシェさんはまだ存命なんですよ。今は中央学園都市の特別顧問をされているはずです」

「へー、今おいくつなんでしょうね……。それよりも魔そ「ダメですよリヒトさん。女性の年齢は秘密です」……はい」


 なぜか魔槍の話をしてくれないポルカさん。

 なんでだろう……? なにか特別な理由でもあるのかな?


「よぞらちゃんまってー!」

「ピッピピー」

「あー、楽しそうだなぁ……」

「子供達は元気ですからね。夜空さんのように遊んでくれる相手がいると、非常に助かります」

「よし、なら……夜空一度こっちにおいで」

「ピ?」


 追いかけっこしていた夜空を一度手元に戻し、送還する。目の前で夜空が消えたことに驚きつつも、子供達は「すごーい!」と大喜びしてくれた。


「それじゃ、夜空を少し大きくするからね」

「大きくなるのー!? おねーちゃんすごーい!」

「夜空、おいで」

「ピ!」


 子供達に少し下がってもらい、空いたスペースに大きくなった夜空を召喚する。

 サイズ的には子供達より少し大きいくらいだ。


「この大きさだと、夜空の上に一人は乗れるんだけど……乗ってみたいひとー!」

「「「はーい!」」」


 思いの外、たくさんの子が乗りたがったので、順番に待ってもらいながら、夜空の背中に乗ってもらう。

 途中夜空が空を飛んでみたりと、サービスをしてくれたおかげで、子供達はみんな楽しそうに笑顔を見せてくれた。


◇◆◇


 一方、リヒトが教会や孤児院であんなことやこんなことをしている頃、宿屋――“竜の羽休め亭”では、また一人の少女が頭を地面に付けていた。

 いや、違う。これは少女ではなく……少年ティアだ。


「ティア、わかったから。頭を上げなさい」

「……はい」

「別に私は怒ってるわけじゃないの。ただ、勝手に動くのはダメってこと。わかった?」

「はい」


 頭を上げたティアの前には、椅子に座って腕を組む妖艶な女性……ブランディがいた。

 調理場この場には他に誰もおらず、端から見れば親子である“妖艶な妻”と“可愛らしい娘”が、一緒に料理をしているという……ある意味男のロマン溢れる光景になり得る状況。

 しかし、現実はそう甘くはない。

 なぜなら、片方は土下座していて、なおかつ娘ではなく息子である。


 そう、いくら可愛かろうと、ティアには×××魔槍がついていた。


「マッサージは、本来希望者だけだったでしょ? どうしてリヒト君を襲ったの?」

「おそ!? ……襲ってはないんだけど、その、ボクの好みドンピシャで……一目見た時から×××ピーが、その」

「ガチガチのフル充填になったと」

「そうだけど! そうだけどォ!! そんな、サラッと言わないで!」

「サラッと言うのも、アンタみたいに、もじもじしながら言うのも、内容は変わらないでしょ? 言うときは男らしくパシッと言ってしまい」


 その言葉に、ティアはがっくりと肩を落とす。

 そうなのだ……このブランディという女性は、見た目妖艶ではあるものの、性格はかなりハッキリとした男前な性格をしている。

 むしろ、こういった話題に照れを見せるのは、父であるケッツンの方だ。


「それにね、ティア」

「ん? うん」

「アンタがどんな格好をしてても、私達にとっては……大事な息子さ」

「お母さん……」

「まぁ、付いてるしね!」

「……台無しだよ」


 追い打ちを掛けるように言われた言葉に、さらにがっくりと肩を落とす。

 しかし間違えてはいけない。ティアは別に女の子になりたいわけではない。

 可愛らしく、看板娘をやっているのも……全て、自分の持ちうる才能を最大限に生かす為である。そう、リヒトにも言った通り、持って生まれたパワーを最大限に生かしている、ということだ。


「それで、好みだったからって襲って……リヒト君は男の子だったんでしょ?」

「襲ってないけど、うん。そうだね」

「その割には、あまりショックを受けて無さそうねぇ」

「んー……。ショックだったのはショックだったんだけど、その後話してたら、なんだか楽しくて忘れちゃったかな。……それに、リヒトってあまりにも無知だったし」

「そうねぇ。私としても、あそこまで彼に性知識が無いのは驚いたわ。エルフと言っても、多少なりとは知ってるものよね」

「そうなんだよね。だからなんだろう……ボクが色々教えてあげないと! って思ったかな。……決して性知識のことだけじゃないよ」


 何か言われる前に先手を打つ、と言わんばかりに言葉を付け足したティアを見て、ブランディは面白そうに笑う。

 実は彼女にも、少しだけ我が子に思うところがあったのだ。願わくば、それをリヒトが変えてくれれば、と思っており……だからこそ、今日のティアの提案も、受け入れる形で準備を進めているのであった。


「あれ? お母さん。リヒトの性知識の件って、なんで知ってるの?」

「それは決まってるでしょ? 現場を見ていたからよ」

「……え」

「あなたが夜に抜け出した後、何かあってはマズいと後をつけてたの。まぁ、何かある前にナニがあって、何もなかったのだけれど」

「お母さん……」

「別に私としては可愛い子同士がついばみ合うのは構わないのだけど……ティア、あれはいただけません」


 驚きから呆れへと表情の色を変えたティアへと、ブランディはしっかりと目線を合わせ、言葉を溜める。

 あまり見ることの無い母の姿に、ティアもまた……口が開かれるのを、喉を鳴らして待った。


「……“ボクのグングニルが、君を穿ちたがってるんだ”」

「ギャー!? な、なななんんで!?」

「だから後をつけていたと。ティア、あなたさすがに英雄様の決めゼリフを、あのような行為に使っては……」

「だ、だってぇ……好き、なんだもん……」

「もじもじする仕草は可愛らしいけど、あのような流用は、英雄様が草葉の陰で泣いちゃうわよ」


 グングニルを使う英雄……つまり、魔槍のフライオーデンはティアにとって憧れの英雄だった。

 自らが育った国のため、魔槍グングニルを振るった、救国の戦士。意思を持つ魔槍は、その強すぎる力と引き換えに、次第にフライオーデンの命を蝕んでいく。しかし、フライオーデンはその苦しみにも負けず、自らの命を賭して国を救い、最後にグングニルと共に砕けて死んでしまう。

 愛するもの達のために立ち上がり、愛するもの達の元へと帰れなかった英雄。


 彼の詩は世界中に広まり、命を大事にする風習は種族問わず、強く根付くこととなった。

 自らの命を使い、過去だけでなく、現在、そして未来の命を今も救っている……救国の戦士の物語だ。


「ねぇティア。あなたもしかして……」

「それはないよ。ボクには定められた使命がある。だから、それ以外なんてないんだ」

「でも……」

「いいから。ほら、早く準備しよう? リヒトが帰ってきちゃう」


 そう言ってティアは手を洗い、食材の準備を始める。

 そんな姿に、ブランディはなにも言うことができなかった。

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