第8話 魔力量と適正魔法のあぶない調べ方
「あぁっ! 待って、止めて! ダメぇ!」
「……その止め方やめてもらえません?」
「だって、危なかったんだもの……。これ以上入れたら、溢れちゃってたかも……」
「だから、言い方ァ!」
ペチッと椅子を叩き、僕は声を荒げる。
勘違いしないで欲しい。決してそういった行為をしているのではない。僕らは健全に回復魔法を教わるための、下準備をしていただけなのだ。そして、これを誰に弁明しているのかは、僕にも分からない。
「それで、僕の魔力量は分かったんですか?」
「大丈夫。分からなかったから!」
「どこが大丈夫なんですか!?」
遡ること数分前、「まず保有する魔力量を調べましょう」と、ポルカさんが手のひらサイズの水晶玉を僕の前に出した。大きさや形は、モーガンさんが僕に使った“危険度チェッカー”の水晶によく似ていて、傍目から見れば、違いが分からないくらいにはそっくりだった。
その水晶玉を両手に乗せて魔力を込めると、水晶がいろんな色に光るらしく、その色で魔力量を判断することができるらしい。
ちなみにその色は、冒険者ギルドのランクと同じらしく、下から白・黄・緑・青・紫・赤・虹色と変化するみたいだ。
そうして、早速……と試した結果が、さっきの通りである。
まったくもって何のためにやったのかが不明すぎる。
「もう一回やりますか?」
「ダメダメ! リヒト君のを入れたら壊れちゃう! 君のは大きいんだから」
「……わざとやってるんじゃないだろうか」
ちなみに、ポルカさんの口調が微妙に柔らかくなっているのは、教えてもらう前に、敬語をやめてもらったからだ。緊張しちゃうし、出来れば気軽に話せるくらいになれば良いなって。
決して、こういう言葉の使い方をして欲しかったわけではない。あと、性別はやはり驚かれた。心外だ。
「エルフでも、普通の人ならさっきので十分過ぎるんだけどね。リヒト君はこっちで試してみよっか」
「あ、はい」
さっきより一回り大きい水晶玉を手渡され、また同じように魔力を込めていく。
今度はゆっくりと色が変わって……なんか、すごいめまぐるしく変わってくー!?
「ぽ、ポルカさん!?」
「あわ、あわわ……。止めて! 止めて!」
「はいー!」
僕が魔力供給を止めれば、水晶玉はその輝きを鎮め、僕の手のひらに平穏が戻ってきた。大きい水晶でもこれってことは……どういうことだ?
「あの、分かりました?」
「うん。分かったよ。あのね、リヒト君……君は規格外! 魔力量すごいいっぱい! って感じかな?」
「……雑過ぎる」
あまりにも雑だったので、ポルカさんにもう少し詳しく聞くと、一応虹色には光ってたけれど、虹色になっても光がどんどん強くなっていってたことで、“虹色では収まらない”レベルってことらしい。
だから、魔力量すごいいっぱいって感じ。……もうちょっと言い方あるんじゃないの?
「魔力量は分かったので、次に適正魔法を調べてみましょうか」
「ん? 魔法に適正とかあるんですか?」
「そうなのです! 個人個人が持つ魔力の質によって、発動しやすい魔法や発動しにくい魔法があります。――そう、人は生まれながらにして不平等……ですが安心してください。ヴォーキドン様は常に我々を見守ってくださっています。……だから、悲しむ事なんてないのですよ」
「人の適正魔法が無いみたいに言わないでください。まだ調べても無いのに」
僕の肩に手を乗せ、妙に優しい表情で語るポルカさんに、ため息交じりのツッコミを返す。
少し話をして、この人の性格が分かってきた気がする。この人……ポルカさんは、思い込みが激しいように思うかも知れないけど、そうじゃなくて、思考速度が早いわりに、言葉が足りない感じなんだろうな。
一番最初の「帰れ!」もそうなんだけど、孤児院の話を聞くと微妙に納得が出来た。
慈善事業として行っているとは言っていたけれど、受け入れている孤児の子達には、しっかりと仕事をさせている。つまり、働かざる者、食うべからずの精神だ。
だからこそ、“お金を恵んでください”という内容に関しては、自分で働くための援助はするけれど、ただ金が欲しいというだけであれば、教会にはお金がない。子供達の粗相で壊してしまったものに関しては、寄付として頂いているお金を渡すのは名目上難しいけれど、子供達が働いて返す形であれば、教会としても援助します。
という流れからの「だから、そうじゃないなら帰れ!」って意味だったんだろう。
あくまでも、僕の推測では、だけど。
ポルカさんにはポルカさんでちゃんとした考えがあるみたいだし、こうして僕にしっかりと魔法の云々を教えてくれている所を見れば、優しい人だってこともわかる。
ただ、ちょっと……思考が先を行きすぎてるだけ。
「リヒト君? どうかしましたか? 私の顔を見て固まるなんて……はっ! まさかお姉さんに恋しちゃったんですか!? すみません。私は神に仕えている身ですので、求められても差し出せるのは身体だけです……心までは、心までは――」
「いえ、それはないです」
「えぇ!? それはそれで酷いというか……」
「いいから適正魔法調べますよ!」
「は、はい!」
違う意味で真っ赤にした顔で、ポルカさんが次に取り出したのは……十枚のカード。それぞれにイラストが描いてあり、水滴とか炎とか……たぶんこれが魔法の種類ってことなんだろう。
「こちらが、適正魔法を調べるためのカードとなります。この一枚以外を束にして椅子に置いて……残ったカードをリヒト君が持ってください」
「はい」
「それで、魔力を込めてみてください。いいですか、沢山じゃなくてチョロチョロっとですよ!? ドバーッとやると、大惨事になりますよ!? カードが飛ぶと探すの大変だったんですから!」
なるほど、実体験……なんて野暮なツッコミはいれず、ゆっくりと魔力を流し込む。大丈夫、僕に任せてくださいよ。
そんなことを思っていれば、手に持ったカードが光り始める。それと同時に、束にしたカードも揺れ始め……飛んでった。
「あぁっ!? だから、込めすぎないでくださいって言ったじゃないですかー! もう、ちょっと取ってきますからそのカードから手を離しておいてください!」
「あ、はい。ごめんなさい」
言われた通り、手に持っていたカードを椅子の上に置いておき、静かにしていた夜空の頭を撫でる。ポルカさんが起きた辺りから鳴かなくなったけど、たぶん空気を読んでとかだと思う。決して寝ていたわけではないと信じたい。
だって、うちの夜空は空気が読める子だからね! ウィンドホークなだけに!
「召喚獣を撫でながらドヤ顔するのは、知らない人から見ると、ちょっと変な人みたいですよ?」
「ポルカさんには言われたくない……」
「私はまっとうな神官ですよ!? どこにもおかしいところは無いでしょう!?」
「まっとうな神官は教会の椅子で寝ません」
「気持ちいいですよ。ぽかぽかとした暖かい光に包まれて……まるで神の恩恵を受けている気持ちになれます」
「良いこと言ってる風だけど騙されないですからね!?」
椅子に座り直したポルカさんが、とても優しい微笑みを見せているのがなんだか妙に納得いかないんだけど、ここをツッコミ続けてもきっと意味がない。広い心を持とう。そう、器が大きい人になろう。
「それで、本来の目的はどうですか?」
「ばっちりです! 最後の一枚がなかなか見つからなくて探してたら、まさかの数え間違いでした! けど、ちゃんと揃いましたよ!」
「自分が吹き飛ばしただけに、申し訳なさがあるのでなんとも言い難いんですが……揃ってよかったです。最後の一枚はすごく残念な感じですけど」
「こう見えても探し物は得意なので! だてに人より頭を地面につけてないんですよ!」
「そこ威張るところじゃないですよねぇ!?」
つまり、土下座である。
つまらなくても、土下座である。探し物には全く関係ない。
「心配しなくても大丈夫です。ちゃんと結果も分かってますから」
「心配というよりも、これはむしろ呆れです。それで、どんな結果だったんですか?」
「その前に、まずカードの説明をさせてくださいね。このカード、なんと飛び出すだけが特技じゃないんです!」
「知ってます」
「魔力を通すと、その魔力の質に応じて絵柄が動き出します! 適性のある魔法の描かれたカードだけが動くので、とても分かりやすいんですよ。その変化度合いによって、絵柄の動きもアグレッシブになります!」
「アグレッシブて。どれどれ……」
椅子の上に並べられたカードを覗き込めば、激しく動いてるのは魔方陣の描かれているカードと、光の輪が描かれているカード。どちらも絵が激しく回っている。
そこまで激しくないけれど、他に動きのあるカードは、波線がかかれているものと、桶やしゃもじの書かれてるもの。それからなんだろう変な絵のカードだ。
「あの、これってどれがなにって、まったく分からないんですが」
「はい、説明しますね。まず
「なるほど」
「そして、普通くらいに適性があるのは、空間魔法と生活魔法。あとこれは特殊系のカードで、カードにはない魔法の中で適性のある魔法が表示されるものなのですが……今回ですと、変質魔法ですね」
「変質魔法?」
「はい。いわゆる、対象の状態を変化させる魔法です。と言っても、生き物には使えない魔法ですから安心してください。例えば、土を固くしたり、水を温めたりなんかが代表的ですね」
「便利そうですけど……」
「便利ではあるんですが、基本的な状態変化は、各属性の魔法でも行えるので……積極的に身に付けようとする方は少ないですね」
つまり、必要に迫られる場面が少ないということかな?
他の魔法は、攻撃に使えたり、回復したり、召喚獣を呼び出したりと、必要になってくる場面が多い。けど、変質魔法は他の魔法でも代用が利いてしまう。
だからこそ、変質魔法を積極的に身につける必要が無いってことになるんだろうなぁ……。
「ただ、言いにくいんですが……リヒト君は……」
「いえ、言わなくても大体分かってるので」
「そうですね。分かってますよね……属性魔法に適性がまったく無いってことくらいは」
言ってる! 言ってるよ!
「でも安心してくださいね! 魔力量はいっぱいあるので、力業で使うことは出来ますよ! 結局のところ、勝負を決めるのは物量です!」
「身も蓋もないですね!?」
「適正なんて気にしたら負けなんです! そうですよ!」
「……ちなみにポルカさんの適性は?」
「え? 回復魔法だけですけど……」
滅茶苦茶気にしてるじゃん……。むしろ適性がない事に一度泣いた側じゃん……。
「ポルカさん」
「はい、なんでしょう?」
「一緒に頑張りましょうね」
「え、あ、はい?」
ポルカさんの手を取って優しく微笑んでみれば、彼女もなんだかよく分かってない顔をしつつも、笑顔を作って見せてくれた。
しかしポルカさん……いざ作り笑いを作ると下手くそなんですね……口の端っこがピクピクしてます。
「さて、魔力量も適性もわかったところで……回復魔法の練習に入りましょう!」
「はい、お願いします」
「まず最初に、回復魔法とは何か、という事をご説明しますね。回復魔法というのは、大きく分けて二種類に分けられます。怪我を治す魔法と、病気を治す魔法です」
「ふむふむ」
「どちらもそのままの効果ですね。怪我を治す魔法は、患部に魔力を込めながら“治っている状態”をイメージします。切り傷であれば切られていない状態。刺し傷であれば刺さっていない状態……といった感じです」
「なるほど、わかりやすいですね」
つまり、元の状態をイメージする、ということなんだろう。しかし、そうなると気になる点が一点……。
「あの、ポルカさん。怪我を治せる、ということですけど、怪我によって出た血とかはどうなるんでしょうか?」
「いい点に目が行きましたね。さすが私の見込んだ人です」
「あなた最初に“帰れ!”って言いましたよね?」
「昔のことばかり覚えていては駄目ですよ! 人は未来を見て生きていかなければならないのです!」
「……つまり、今までのことは無かったことにしてください。と」
「……」
瞬きの間に、床に頭を付けるポルカさん。凄まじい速度のはずなのに、音すらしていないとは一体……。
むしろ、ポルカさんのその姿勢……前じゃなくて地面を見てますよね。
「それで、血なんかはどうなるんですか?」
「治りません。失ったものは戻らないのです。青春みたいなものですね」
「血生臭い青春は戻ってこなくて良いです。つまり、怪我は治せるけれど、出血が多すぎたら出血多量で死んでしまうこともある、と?」
「はい。実際、過去にも同じことが起きています。その時も、その場はしのぎましたが、その後眠ったまま……という話です」
もし魔物との戦いで大怪我を負ってしまえば、厳しいことには変わりが無いということか……。
そういえば整形外科の先生が言っていた気がする。手術中に太い血管を傷つけてしまうと、一気に死亡率が上がるって。すぐ塞いだとしても、状況によっては危ないって話だったなぁ。
「わかりました。では、もう片方の病気を治す、というのは?」
「こちらは非常に難しい魔法になりますね。そもそも病気になっていない状態をイメージ、というのも難しい話です。そのため、この魔法を使える人は非常に少ないんですよ。いわば神官の中の神官という人ですね」
「確かに言われてみれば難しいですね……。病気になっていない状態をイメージ……」
「そうです。出来る人が
「……ええ、そうですね。難しいですね」
「あの……」
言わなくても分かる。そう、言わなくても分かる。だから聞かない。
いや、聞いても良いんだけど……ここまであからさまに「聞いて!」って雰囲気を出されると、逆に聞きづらいというか。でもまぁ、仕方ない。
「もしかしてポルカさん、使えるんですか?」
「え、あ、はい! 使えますよ!」
「すごいですね。さすが回復魔法適正を持ってるだけありますね」
「そうなのです!」
「そんなポルカさん。ぜひ僕に、回復魔法の習得と練習方法を教えてくれませんか?」
「お任せください! 回復魔法の簡単な練習方法は、針なんかで手に小さく穴を開けて、それを魔法で閉じる。これを繰り返すことです」
ああ、なるほど。わざと怪我をして、それを治す、と。
確かに怪我を治す魔法なら、その方法が一番手軽かも。針だったらそこまで痛くもないしね。
「魔法発動中の魔力操作に慣れてきたら、少し大きくしてみたり、深くしてみたりがオススメですが……痛いので無理にやった方が良い、とは言いません。ですが、リヒト君が冒険者を続けるというのであれば、魔物との戦いもこれから行う事になるでしょう。その時に使えない、では意味が無いのです」
「はい」
「冒険者になったばかりなので、まだ実感がわかないかもしれません。ですが覚えておいて頂きたいのです。――あなたを亡くして悲しむ人は、きっと何人もいるということを。もちろん私もそうです。折角出会えたのですから、私個人としても、リヒト君に幸せに生きて欲しいと……そう願っています」
諭すようにゆっくりと、それでいて語りかけるように優しく。ポルカさんは僕へまっすぐに言葉を伝えてくれる。
僕が死んで……悲しんでくれる人達が、この世界にもいてくれるのだろうか。父さんや母さんみたいに想ってくれる人がいるのだろうか。
ポルカさんは言った……何人もいる、と。それは、“そうであってほしいと願う”希望なのかもしれない。もしくは、“そういう人だと信じている”という期待なのかもしれない。
でも僕は、そうだと、そうなってくれると「……嬉しいな」と小さく零した。
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