第三章
第三章
蘭は、羽田空港でマークと会い、二人で新千歳空港行きの飛行機に乗った。本当に小さな小さな飛行機で、何だか大丈夫かなあと心配になってしまうくらいだった。でも、飛行機は、鳥よりも強い馬力で頑張って飛び、二人を、新千歳空港まで連れて行ってくれた。
新千歳空港からは、タクシーで札幌駅である。駅員に介助してもらいながら、蘭たちは特急電車で、旭川駅に行った。
「えーと旭川駅からは、宗谷本線だ。宗谷本線は、五番ホームだ。」
と、蘭は駅の構内図を確認した。二人が、その通りに五番ホームに行くと、「快速なよろ号」と書かれていたキハが、停車している。
「あれ、次の電車は各駅停車だったはずでは?」
マークが時刻表を確認すると、間違えて、別のホームに来てしまったことがわかった。宗谷本線は、3、5、6、7番線のいずれかから発車するようになっているのである。始めて乗る人には、ちょっとややこしい。でも、一時間に一本しかないので、間違える人は少ない、というのが駅側の主張であり、改善をしようとはしないのだ。逆に、富良野線に至っては、一番線だけになっているので、すぐに見つけられる。
「よし、快速に乗っていこう。」
と、蘭は言った。
「ちょっと待ってください。僕たちは、快速ではなくて、各駅停車に乗るはずだったのではありませんか?」
すぐにマークが訂正する。
「いや、快速のほうがすぐに着く。そうすれば早く目的地に着けるよ。」
「いや、早いのがすべていいのかっていうとそうとは限りませんよ。早くついても、風連には、時間をつぶせるような場所は、何も在りませんよ。」
蘭は、どうしてこんなに外国人はのんびりしているのだろうかと思いながら、あたまをかじった。
「それに、僕、何だか、札幌も旭川も、四角い建物ばっかりで、もう疲れちゃったんです。其れよりも、各駅停車の、田舎町をのんびり走ったほうがいいんですよ。」
「もう、、、。」
蘭はイライラした。
「多少時間がかかってもいいじゃありませんか。ヨーロッパの電車なんて、さっきのった特急列車よりもっとのろいんですよ。正直、飛ばし過ぎて、一寸怖かったですよ、あの特急。」
「と、いう事はつまり、日本の特急は速すぎるのか。だから、各駅停車のほうがいいと。全く、電車のおかげて移動出来ているという事を、忘れてるのかよ。」
蘭は、ああ、もう!と息巻いた。全くもう、早くついたほうが便利で、べつの用事をすることができるだろうに、という苦痛はマークには通用しないのだ。ああ全く!それでは移動に時間がかかり過ぎて疲れてしまうじゃないか!
「いえ、忘れてはいません。其れよりも、電車で移動するんですから、電車の中で楽しめばそれでいいじゃありませんか。一応ギャラリーは、五時までやっているんですから、それまでに到着すればそれでいいでしょう。」
「あのねえ。」
蘭は、素っ頓狂に言った。
「そうじゃなくてさあ、ギャラリーが終わった後の事もしっかり考えないと。そのあと何時にホテルに帰るとか、そういう事考えて、、、。」
「いえいえ、そんなことあてになりません、それでは、もし何かあってその通りにならなかったら、かえって、辛くなりますよ。なんでも計画通りに行くことなんてないんですから、そんなに緻密な計画を立てても、意味がありませんよ。」
そういっているうちに、
「五番線から、快速なよろ号が発車いたします。閉まるドアにご注意ください。」
と、駅のアナウンスが流れて、ガタンと音がたって、快速なよろ号は走り出してしまった。蘭が、あ、待て!と言っても、乗っかる乗客もおらず、電車は走り出してしまったのである。
「ほらあ、とうとう行っちゃったじゃないか!どうするんだよ。」
「大丈夫ですよ。次の電車を待てばいいじゃありませんか。ちなみに、次の電車は、六番線だそうですよ。各駅停車の稚内行き。ちなみに僕たちは、東風連というところで降りるんですが、快速なよろ号は通過してしまいます。」
「へ?」
と、蘭はぽかんと口を開ける。
「なんでマークさんがそんな事知っているんだ!」
「それはですね。宗谷本線は、日本最北の名物路線だって、結構フランスでも有名なんですよ。フランス語のブログなんかに、日本旅行記として、結構掲載されているんですよ。」
これでは終わりだ。と、蘭は思った。しかたないなと思って、頭をフリフリ、マークの後をついていく。
六番線にたどり着くと、電車はまだ停車していなかった。時刻表を見ると、電車が来るには、30分近くある。マークは、自動販売機でコーヒーを買ってきてくれたが、蘭は、それを飲む気にはならなかった。そのままそこで30分電車が来るのを待ったが、それが途方もなく長いような気がした。
「まもなく、六番線に、各駅停車、稚内行きが到着いたします。危ないですから、黄色い線の内側まで下がってお待ちください。」
というアナウンスが流れて、古ぼけた気動車がやってきた。本当に古ぼけたディーゼルカーで、ところどころはさびている。あの、快速なよろ号とは、偉い違いの、非常に粗末な気動車だった。
蘭は、マークと駅員さんに手伝ってもらってその電車に乗り込んだ。ほかに乗客は誰もいない。こんな田舎電車にのって一体どこへ行くんですかと、蘭のほうが駅員に聞かれたくらいだ。
「それでは稚内行き、発車いたします。お荷物をお引きください。」
と、駅員は、ひさびさに客がやってきて、嬉しそうに言っている。運転手も何だか嬉しそうな顔をしていた。という事はこの電車、相当、人が乗らないという事だろうか。
「なんとも、だれも乗車も降車もしない、寂しい駅があるそうですね。一年間で五人くらいしか、乗り降りしない駅もあるそうじゃないですか。利用者の少なすぎる、最北端の名物電車。いやあ、それに乗れるなんて、なんだかわくわくするなあ。」
マークは嬉しそうに言っている。それでは行きますよ、と運転手が発信ボタンを押すと、それでは、と、古臭い気動車はどっこいしょと重い腰を上げて、ガタンゴトン、フウラフウラと走り始めた。
走って暫くは、市街地を走っていたが、暫く行くと、すぐに広大な田園風景に変わってしまい、クルマも時々ぽつりぽつり走る程度、民家も所どころにぽつん、ぽつんと立っている程度の田舎道になってしまった。
「わあ、すごいですね。これはすごい風景だ。札幌でも旭川でも、同じ型の四角い建物ばかりだったから、こんな風景は久しぶりに見ましたよ。こんな風景のど真ん中を電車が走って行くなんて、本当に珍しいなあ!」
マークさんは、非常にはしゃいで、電車の外の風景を写真に撮ったりしている。蘭は、こんな田舎の風景を撮って、一体何にになるのだろうかと思いながら、大きなため息をついた。
「おおーすごいですねえ。あ、あれが稲村というんですね。初めて見ました。確か稲を刈ったあと、残った葉を束ねて、家みたいな形をして、並べるんですね。フランスでは絶対見られない光景ですね。」
そんなことをいうマークだったが、蘭はそれに相槌を打っているだけしかできず、そのうち疲れてしまったようで、電車の中でうとうとしてしまったのだった。
「それに、ここはユニークな名前の駅が多いですね。蘭留でしょう、和寒でしょう。日本の地名には変なものがあるんですね。帰ったら、こんな面白い地名があったと聞かせてあげよう。」
マークは、手帳に漢字とローマ字で蘭留、Ranruと書き込んだ。北海道の地名は、アイヌ語から来ているものが多いので、変な地名が多いのであるが、蘭は、説明すらできなかった。マークは面白がって、語源などを聞きたがったが、蘭は、もう眠たくて仕方なかったのである。本当は、日本人であれば説明出来た方がよかったのであるが。
「例の人が乗り降りしない駅という駅はどこだろう?ああ、ここかなあ。へえ、ここはすごいなあ。帰りに運が良ければ降りれるかも、、、。」
まさしく秘境駅があったらしく、声を上げたのだが、蘭はそれ以上聞こえなかった。
「蘭さん、電車を降りますよ。もう東風連駅に着きましたよ。」
マークに揺さぶられて、ええ、と声を上げて目が覚める。
「ほら、出ますよ。蘭さん。ボケっとしてないで、早くそとへ出ないと。」
何が何だかわからない感じで、蘭は、マークに手伝ってもらいながら、電車を降りた。電車は、すぐにまた来てねと言いたげに、ガタンゴトンと音を立てて行ってしまった。
「途中に水穂さんの名を冠した駅がありました。帰りはそこで一度降りて見たいなあ。その駅が一日誰も乗り降りしない寂しい駅かもしれない。」
マークはにこやかに言った。
「はあ、寂しい駅があったか。え、帰りにそこで降りる!」
そうなると、また何時間も電車を待たなければならないじゃないか!と蘭は思ったが、マークはすでに、東風連駅の駅舎を出て、例の展示会の会場を探し始めていた。
しかしそこは、もう途方もない田舎。もう広大な田園風景が広がっている。中には売り土地と書かれた看板が、でんと置かれている水田も多い。それだけの過疎地域になっているのだろう。
「あ、有りましたよ蘭さん。隣に大きな大木がある、青いやねの建物と書いてあったんで、多分ここでしょう。」
マークさんは、ある家の前で止まった。
「ちょっと待ってくれ。これ、会場じゃなくて、個人の家じゃないか。」
「もう蘭さん。こんなところにコミュニティーセンターのようなものは、作れませんよ。メールにも、書きましたけれど、彼女は自宅の一部を、ギャラリースペースにして、誰でも入れるようにしているんですよ。」
「え、そんな。一般的な人が家の中にギャラリーを作るのか?普通住んでいるところを見せるなんて、よほど親しくない限り、めったにしないものだけど?」
「蘭さん鈍いですねえ。本当に鈍いですねえ。日本では、そういうところは少ないんでしょうか?フランスでは、自宅の一部を開放するなんて、普通にある話です。それだけじゃないです。自宅をカフェスペースにして、誰かに食べさせるとか、そういう事も本当によくやっています。それに彼女は、言ってみれば美術家なんですから、家に展示スペースを作っても何のおかしなことでもありませんよ。宣伝は、フェイスブックを使えば、すぐに世界中に知らせることができますよ。」
「あ、そうか。」
蘭はおおきなため息をついた。マークは、その家のドアに貼ってある、小さな木の看板を指さした。
「ほら、ここに書いてあるじゃありませんか。僕、漢字をかくのは本当に苦手なんですけど、読むことはできますよ。彫かつ、初代彫菊一門と書いてあるでしょ。」
もうこうなれば完全に自分はだめだなと思ってしまう蘭なのであった。
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