どうやら私はこのカップラーメンを食べられないらしい
杜侍音
どうやら私はこのカップラーメンを食べられないらしい
それは私が大好きなカップラーメンにお湯を入れている時だった。昼のワイドショーが流れていたテレビに緊急速報が割り込む。
『き、緊急速報です! 突如として現れた巨大隕石が地球に落ちてくるようです、残り……え、あと三分⁉︎ あ、皆さま……良い終末を……。あああああああああああああああああ‼︎』
「なんだと」
この言葉と同時に、私は線分ピッタリまでお湯を入れ、蓋をしたところだった。
「地球が滅亡、私はここで死んしまうのか……。つまり私は、このカップラーメン食べられないじゃないか……!」
テレビの中では終末を嘆き、放送事故がずっと続いている。
でも、きっとこれが正常な反応なのだろう。事故だろうと放送を中止しないということは、上層部も制作陣もトチ狂ってるということだ。
世界は本当に終わる
マンション5階のここの窓からは、同じく狂気の光景が広がっていた。裸で走りまわってる人もいれば、裸で近くの窓ガラス割っていたりと……まぁ、世界の終末を迎えようとした時、人は産まれた時と同じ姿になりたがるのだろう。
けれども、私にとってそんなことはどうでも良かった。
私の世界一愛してやまない食べ物はカップラーメンだ。世界一カップラーメンを愛している男だと自負するくらいには。
そんな私が人生の半分をかけて探し、ゲットした限定版のカップラーメン。通常のカップラーメンとは違い、この界隈では伝説と化しているのだ。
その何が伝説なのかを確かめるために、年に一度の発売日の今日、平日にも関わらず有休を取って私はこのカップラーメンを朝から並び、買うことが出来たのだ。
これから至福の昼食が待っていたというのに。
この私がカップラーメンを食べられないだと? しかもまだ味知らぬカップラーメンが目の前にあるというのにか?
それはありえない。隕石だろうと断じて許さない。
必ずこのカップラーメンを食してみせる。
しかし、どうすればいいだろうか。そうこうしている内にお湯を入れてから30秒が経った。
カップラーメンが出来上がるまで残り2分半。地球滅亡も残り2分半。
これは諦めてもう食べ始めるか……?
否! それは私のポリシーが大きく歪むこととなる!
お湯を入れて3分待ったら出来上がるという昔から受け継がれてきた定刻。今食べてしまえばカップラーメンじゃない。ただのフニャけた乾麺だ。
最高の状態で最高の最期の食事を私は食したいのだ。
だから、後2分15秒。待とう。
3分経てば、隕石の影響がここに来るまでに食べ切ってやろう。
……しかし、外がやけにうるさい。
気持ちは大いに分かるが、私の食事の邪魔をしないでくれ。まずは阿鼻叫喚のテレビを切った。暑くて開けていた窓も閉め、カーテンもついでに閉めた。
その際見えた空の色は真っ赤に染まっており、巨大な隕石が上空を覆っていた。
まるで、トマトソースのラーメンに謎肉を投入する瞬間を麺側から見ている気分だ。隕石はここからすぐ近くに落ちるのか。食べる時間は寸分もないのかもしれない。
残り1分半。出来るまで後半分。
その時、電話がかかってきた。会社は有給取って休んでるから可能性は低いだろうし、父は数年前に他界し、母は私に電話出来ないほど機械に疎い。母以外、他に家族もいない。
なので、思い当たる人物はただ一人。
相手は付き合って3年になる彼女だ。
『もしもし!?』
「もしもし、どうしたの?」
『どうしたのって、ニュース見てないの!? もしくは空』
「どちらも見たよ」
『の割には落ち着き過ぎじゃない!?』
まぁ、世間では彼女の方が正しい反応だ。私の方がおかしいことは重々承知している。
「今から最期に最高のカップラーメンを食べるんだ。もう後1分切ったよ」
『世界が終わるのも1分切ったわ。ほんと……いつもあなたはカップラーメンしか考えてなかったわね。時間がないから手短に伝えるね。あなたと付き合えて楽しかった』
「僕もだよ。まるでカレーとラーメン。全く別の料理だったはずなのに運命的な出会いをしたカレーラーメンのように美味しかったよ」
『全然何言ってるか分からない。でも、ありがと。こんな時でもいつものままでいてくれて。最期の食事楽しんでね』
彼女はそう言い、電話を切った。
「彼女は勝手な人間だ。一方的に電話をかけては私から何も喋らせずに切るとは」
私の食癖に呆れていた彼女だったが、いつも私の食事に付き合ってくれていたな。
「後30秒か……。30秒以内に帰ってこれたなら麺は伸びずに食べられるな」
私は掛けてあるコートを羽織り、急いで外へと出た。
◇ ◇ ◇
『み、皆さま! 今、皆さま生きていらっしゃいますでしょうか……信じられないです、もう死ぬかと思っていましたが、突如上空にあった巨大隕石が消え失せました。SNSでは隕石に立ち向かう人影のようなものが見えたと話題になっておりますが、真相は分かりません。でも、本当に良かった! もし、隕石を消した人が本当にいるのならば言わせてください! ありがとう!!』
私はテレビを消した。
「やれやれ、あのアナウンサーはうるさいな──さて、麺が伸びてしまった。彼女に会ってたら30秒なんかはとうに過ぎてしまった。まぁ、いいだろう。まだ、いくつか残っている。今日は伸びた麺バージョンとして食べるとして、明日は二人で食べよう」
私はカップラーメンの蓋を開けた。
開けた窓からは、この星が滅べばきっと無かったであろう爽やかな風が入ってくる。その風に乗ったカップラーメンの匂いに私は食欲をそそられる。
「伸びたとしても、美味しそうじゃないか。さすがは伝説のカップラーメン」
カップラーメン専用のマイ箸を握り、手を合わせた。
「いただきます」
どうやら私はこのカップラーメンを食べられないらしい 杜侍音 @nekousagi
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