第25話 絶世の魔女と黒猫

わたしはミサとの話しを名残り惜しそうに終え、部屋の窓を開けベランダへと向かう。

真冬の寒さが夏菜の素肌に突き刺さる、それはまるで氷の刃物に刺されたように痛く冷たい。

遠方からはパトカーや救急車、消防車のサイレンがこちらに近づいているのが聞こえはじめた…


「おばあちゃんならまだ。ここからでられるわ」


わたしはベランダから下を覗いた


「もう一階と外周りは火で覆われて無理だけど猫ならあそこに見える桜の木に飛び移れるから」


…いや、わたしは夏菜と一緒に残るよ。

娘を残してわたしだけ逃げるなんて出来るわけないだろうに


部屋の中で全く動こうとしないミサ。

わたしは諦め寝室へと戻った。


…やっぱり頑固ね

おばあちゃんが一度決めたことは絶対に覆らないのは知っていた…


「ミサ、おいで」


近寄ってきたミサを夏菜は抱きしめベッドに座った。


「いつから気がついていたの?」


…なにがだい


「わたしが家に火をつけるってこと…」


…あんたが夕方に帰ってきたあとよ

ガソリンの匂いが微かに匂ってたからね


「そっかぁ。やっぱ猫も鼻がいいんだ?」


そうね、犬ほどは優れてないけど人よりはよっぽどいいのよ


ドアの向こうからは真っ黒な煙が寝室へと流れ始めていた…

まるで暗黒世界にでも落とされそうな黒煙は瞬く間にわたしの体を覆い尽くす

身体が熱い…

黒い悪魔がわたしの唇を奪い体の中に真っ黒な毒の花を咲かせる

意識が朦朧としたなか、わたしはミサを抱き上げ囁いた…


「おばあちゃん、…ごめんなさい………… 」


わたしが最期にこういったのかどうかは分からないけど

最後にわたしはミサを開いていた窓に向けて力強く投げつけたのだろう…


…数秒後

黒い悪魔は夏菜を永遠の闇へと連れて行った

夏奈の美しかった身体は、後から来た赤い魔物によって無残な姿へと変貌していった…




数時間後…

冬晴れとなった空。

雲ひとつない真上では太陽が光輝いている。

夏菜の最期となった舞台は型だけを残していた…。


大きな庭には何人もが出入りをし、門の向こうにはそれ以上の人間が、警察の貼った規制線の外からカメラを構えている。


「これが、絶世の美女と囁かれた魔女か」


「そうですね。なんでも凄くいい女だったとか。俺もこんな女を相手にしてみたかったですね。先輩」


「こら、仏さんに向かって失礼だろ。…それに今はその話しはしない方がいい」


「そうっすね。…まさか長官が、でも、先輩はあの映像見たんですよね」


「まぁ…」


刑事だろう二人が夏菜の死体を見ながら話していた。


「興奮しました。やっぱり」


「ああ少しはな、俺も男だからな。ただ、関わった者は全員な死んでる。それにこの姿を見ると…」


「…絶世の魔女、淫魔と呼ばれていたとは思えないほど無残ですね」


そこにはもう夏菜と呼べるものは無かった。


…夏菜、あなた。私を投げつけたあとガソリンをかぶったのね


蝋人形のように溶け骨が剥き出しになった孫の姿を見てミサはおもわず目をそむけた。


…ニャー


「先輩。黒猫が紛れ込んでますよ」


「怪我してるな。この仏さんの飼い猫かもな。こっちに来るか」


…ニャ


ミサは夏菜の死体にゆっくりと近づいていく


「ご主人様はもう死んじまったぞ」


…ミャ


ミサは短く一回鳴き夏菜に飛びついた

口に白い物を咥えその場を一目散に飛び出した…


「せんぱい!猫が容疑者の骨を…」


「ほっとけ…たかが骨だろ」


「そうですけど…」


「あの猫にとって唯一のご主人様だったんだ…。ずっと一緒にいたいんだろ」




二日後…

あたりはひっそりと静まりかえり

まだ夕方の4時過ぎだというのにそこは永遠の闇に包まれていた


ミャー


一匹の黒猫が幹の大きな木の前でちょこんと座っている


…ここまで来るのは大変だったんだよ

このバカ娘が、最後の最後までわたしに迷惑かけて…


自分でも、どこをどう走ったらここまで来れたのかは分からないが、正直よくここまで来れた…

途中でわたしを車に乗せてくれた人には感謝だわ


その後、動物病院に連れて行かれそうになったミサだが上手く抜け出し、何とかこの場に辿り着いていた。


すでに…ミサの体は限界に達していた。

咥えていた小さな骨を木の前に置き眺める。


ミサは保護してくれた人の車から流れてたカーナビの映像を思い出していた…


ここに来るまでの2日間、世間はずっとあなたの事ばかり取り上げていたわ


あの夜、夏菜がおこなった行為の全てが他の何者かによってインターネットに動画としてあがっていた。警察もすぐには対応出来なかったらしい…

しばらく動画は拡散を続け広がってしまっていた。


そしてもう一つは、事前に夏菜がマスコミ各社に送りつけた夏菜の告白文とDVDの存在。

告白文には夏菜が犯人であることや過去の経緯、自分の意見。どうして私は捕まらないのかなど色々書かれ、DVDにはその協力者が夏菜の裸体を本能剥き出しで貪る姿が録画されていた…。

この動画は夏菜の最期の殺人後にインターネットにアップされていたよりも長時間録画され、報道関係者が警視庁へと押し寄せることになり…無論この動画を一早く知ることになった警視庁長官は自分の銃で命を絶っていた。

各テレビ局は独自で編集した映像を全国放送し、報道合戦を繰り広げていた。



…夏菜


ずっと木を見つめたまま動こうとしないミサ

黒い毛並みが次第に白へと塗り替えられていく


…夏菜

…あなたが伝えたかったことはわたしには理解できるよ

…ごめんなさいね。わたしが悟との恋を真剣に考えてやればこんな事にはならなかったのかしら…

…あなたがここまで真っ直ぐで優しく思いやりのある子だったなんて

分かってあげれば…


…でもね、夏菜。

あなたのとった伝えたかたは一番間違ってるわ、頭のいいあなたならもっと別の方法があったはず。これは人してやってはいけないことだよ


…たしかにあなたの犯罪や映像はこれからしばらくは話題になるわ…しばらくわね

でもね、結局はそれだけで終わるの。過去の猟奇事件として扱われるだけなの…可哀想だけどね

なんだかんだいってもね人は自分に不利益なものには冷たいの

…たまに、うちの息子だった悟みたいのもいるけど、本当に希なのよ


ミャー

弱々しく鳴き声をあげるミサ


…まったく、どこであなたの育てかたをわたしは間違えたのかしらね。


…それに、

「最後にわたしのわがままを聞いて」

なんて言って…猫づかいがあらいんだから、バカ娘は…


ニャン

…約束は果たしたわよ。もう満足よね。わたしも疲れたの、少しは休ませなさい

…あとで、そっちに行くからその時は覚悟しなさいよ

…わたしがあなたにもっといろいろなことを教えてあげるから

…だからね…わたしも…もうねるわよ


ミサはゆっくりと目を閉じ眠りにつく。

空からは大きな雪が降り続き黒猫の小さな身体は白い華に埋もれていった。



…数時間後、警視庁のパソコンに不正アクセスしたとして夏菜のもう1人の協力者が警察に捕まり、この事件の幕は完全に閉ざされることになった…。






























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わたしがあなたにつたえたかったこと 続 yuki @yukimasa1025

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