第23話 親子

あの日…、

高校から帰宅したわたしは台所へと足を運んだ。いつものように母親と一緒に夕食を作る為に。


夏菜、そこの牛挽肉をこねてくれる


台所にはいると母親がすでに料理の下準備を終えていた。


ー…珍しい。いつもわたしと二人のときはほとんど作業しないのに

何かあったのかな?


わたしの母親は悟とおばあちゃんがいないといつも天使の仮面をはずす。

今日だってそのはずだった。おばあちゃんは知り合いの家だし、悟は仕事場。

二人とも早くてもあと1時間は帰ってこない…

なのにやたらと機嫌がいい。


「なぁに、お母さん。今日はハンバーグ?」


うん。そうなのキノコハンバーグよ。悟さん大好きでしょ


「うん…」


ーなにが悟さん大好きでしょよ。全然そんなこと思ってないくせに。


小学校の時に母の不倫を目撃したわたしはずっと嫌悪感を母親に抱いていた。

それを自分の母親に問い詰めようとしたが悟に止められていた。

〝お母さんだって疲れてるんだそっとしといてあげなさい〟

それがお義父さんの言葉だった。


ー…優しすぎるよ悟。この女にそんな情けは必要ないのに

ーあれ以来わたしがお義父さんに子供としてはなく女として接していることすら気づいてないじゃないの…この人は全然。

母親失格よ!

ーそれにお義父さんとはあまりしてないことは知ってるの…だったらわたしに譲ってほしいのに彼を!


不倫している母親への苛々と、おばあちゃんに悟との関係がばれ、なかなか悟と愛しあうことができない悶々とした欲求の感情があやうく言葉になりそうになりわたしは我に帰った。


「お母さん。お肉こねたよ。次はなにをすればいいの?」


次は、そこにあるニリンソウを茹でてくれる。お浸し作るから


「わかったわ」


母に言われ、ざるの中に入っているニリンソウをガスコンロにかかった鍋のお湯に入れようとして、わたしは少し違和感に気づいた。


「ねぇ、お母さんこれほんとうにニリンソウだけ?」


…あら、もう夏菜気づいたの。さすがね



…それは紛れもなくトリカブトの葉だった。

ニリンソウの若葉とトリカブト、素人ではほとんど見分けがつかない。

摘まれた状態ではなおさら気づくのは難しい。だけど、わたしはおばあちゃんに小さい頃からずっと山に連れられ育っていた。だから気づけた。若葉の柔らかさの違いに…。


「これはどういうことなの?お母さん説明して」


説明もなにもそういうことなの


母は動揺することなく黙々とわたしのこねた肉に細かく刻んだキノコを入れた。


あの親子には今日死んでもらうわ。夏菜にだけは言っておくけどこのキノコも毒よ


「なんでよ?」


…あら、あなたは知ってるんじゃないのその理由?


「…」


それにあなたも女にされてたみたいだしね。

…悟にね



母のさりげない言葉が、わたしをぐらつかせる。


ー母がわたし達の関係を知ってた!

…いったいいつ?


さっきから何一つ表情を変えず料理を作る母。


3年前くらいかな。

あなたがねぇ、悟さんと話しをしているのを偶然聞いちゃったの


「なにをよ!」


母の落ち着きすぎた態度がかえってわたしに、恐怖心を煽っていた。


なにをって?

それはわたしが不倫してる事よ。

何をそんなにびびってるのよ夏菜?


ハンバーグのタネを作る手を辞めわたしの方を振り向いた母はいたって普通だった。


あなた、わたしと悟が別れることになってもずっと悟の側にいるって泣きついてたじゃない。

襖越しからよく聞こえたわよ。それで二人ともがわたしの不倫を知っていることがわかったの…

あなた達の関係を本格的に疑い始めたのもその日なんだけどね


ーお義父さんが真剣にお母さんと別れると急に言いだした日のことか。

わたしも突然の事で泣いちゃった。

…でも、あの時はそんな行為はしてないわ


「…どうしてあやしいって」


知りたいの?教えてほしい?


「教えて」


顔よ。顔。あなたがわたしを見る目が子供の目じゃなくて女になってた…

わたしが気づいたのは小6に夏菜がなった頃、その時はまさかねと思っていたけど



でも、

疑がってかかるとすぐにわかるものね色々と。悟がロリコンってことも。夏菜のことも。

あなたはほんと、切なくて色っぽい声で鳴くのね。あの人の前では。

…それに1年位前かしら、わたしあなた達と会ってるわよ


「どこで!」


G県にあるKって言うラブホ知ってる?待合室で声聞こえてたわよ。まさかあんなところで会うなんてさすが親子ね。

しかも、平日に学校サボってまで。悟と個人授業を受けてたなんて…


ー…完全にわたし達のこと知ってる。この女

ーそうだとしたらわたしが言う事は一つしかない


「だったら、悟さんをわたしに譲って!」


…それはできないわ。悟にはどうしても死んでもらわないと


「なんで!どうして!悟を殺そうとするの!」


わたしは大声で母を怒鳴った。母は顔を曇らせ口を開く。



…ごめんなさいね夏菜。

…ほんとうならあなたが高校を卒業したらあなたに悟を譲ってあげるつもりだった。

そこまで悟を飽きずに愛していられるのなら…母親としてできるあなたへの最後のプレゼントとしてね。

…でも、状況が変わったの。わたしは今付き合っている彼を救う為に大金が必要になったの。

だから二人の保険金がどうしても必要で


「だからって殺すの!そんなのおかしいよ!」


わたしは泣きながら母に訴えた。

今の母なら確実に実行するだろう。

この人は1度決めたら必ずする。

それが間違ったことだとしても…

わたしはこの人の子だから知っている。

温厚な性格に隠された冷血で冷酷な母


悟にはあなたを育て女にしてくれた事には感謝している。

ただね、高校生になったあなたには忠告しておかないと。母としてではなく人生の先輩として。

…いい。今から言うわたしの事をよく理解して聞いて。

あなたはまだ若いし、わたしよりも美人に育って綺麗で賢い。

そんなあなたがただ優しいだけのおじさんといるより、もっと色んなものを見て欲しい。

これから先に男は他に沢山いるの

お金を大量に貯め込んだおじ様。若くてカッコイイ美男子。

そんな男どもが必ずあなたに魅了されるわ。どれでも選びたい放題よ


「そんなのは別にいい!わたしは悟と結婚したいの!」


だからもっと将来の事を考えなさいってわたしは言ってるのよ夏菜!

自分が最後まで幸せになるのに優しさなんて必要ないの!

必要なのは金なの!わかるわねお金。

それだけの顔と体をもっているんだから男を手玉に貢がせようと考えなさい。あなたは賢いんだから。

そうすれば人生がもっと楽しくて素晴らしいものになるわ。

結婚なんてそのあとでいいのよ!


「お金なんていらない!優しくずっと一緒にいてくれる人がいればわたしは幸せなの!」


いいから、子供なら母親の言う事を聞きなさい!


母に平手打ちされたわたしは殺意という感情をこの日初めて目の前の女に抱いていた…





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