第9話 天国と地獄

「ねぇお義父さん。あなたはわたしから逃げられないってこと……知ってる?」


逃げようなんて思ってないよ。…ただ、


「ただ、なぁに?わたしのこと嫌いになった?」


違うよ。俺は夏菜のことはずっと愛してるよ。…あの日から


「じゃあ、どうして?」


…俺の方が早く死ぬだろ。そのとき夏菜はまだ若い。

…1人で残すのが可哀想で


「……そう」


……


「そういえばお義父さんが狼さんになったの、いつの日だったか覚えてる?」


……


「わたしがせまったんだけど…。あれ本当はお義父さん、狼さんになっちゃいけなかったんだよねー」


……


「わたしが証言したら、法律で裁かれちゃうよねお義父さん」


……


「あの時にとった写真も大切に持ってるから…わたし」


……違う。それは夏菜違うぞ。俺はお前を


「愛してる。そんなこと知ってるわ!

世界中の誰よりも、あながわたしを大切に思ってくれてるのも。何もかもわたしは知ってる!…お義父さんは本当に優しいから」



「でも!その優しさでわたしのことを無理に突き放そうとするのはやめて」



「わたしはお義父さん。いいえ、悟さんとずっとずっと一緒にいたいの。あなたの子を産みたいの!…わたしあなたがいなくなったら自ら命を絶つ覚悟もしてるの」


……

…夏菜

…わかったよ。お義父さんの負けだ

大学卒業後すぐに夏菜が子供が産めるように頑張るからお義父さん。

もうこんな事はしない夏菜にしない

ただし、留年をしたら俺は知らんぞ


「……うん。…凄く嬉しい。ありがとうお義父さん」


それに、浮気は絶対駄目だからな


「…するわけないじゃん。…バカ」


わたしは泣いていた。ずっとずっと好きだったお義父さんがようやく認めてくれた。

本当に嬉しかった。


よし。そうとわかれば旅行に行くか。新婚旅行にな


「…でもまだ結婚もしてないよ。…それに卒業までまだ4年もあるよ」


いいんだ。お義父さんは気が早いから決めたらすぐ行動するの。どうせ2人しかいないんだから旅行先の国で挙式すればいい。

それとも、誰か友達でも呼びたかったか?


「ううん別に」


よし決まりだ。

これから毎年行こうな夏菜。まずどこがいい?


「わたしヨーロッパ」



………

夢の中

わたしの4年間はあっという間に過ぎた。

でも、夢はいずれ覚めるもの。

夢に終わりがない日などなかった…



ーーーーーー


「みさ、着いたわよ。車からはやく降りて」


ニャー


わたしには見覚えがある

ここはわたしが人として一生を過ごした場所

そして、なな

わたしがあなたを育てた場所。


「こっちに来て、みさ」


ニャー


なな、そっちの山道は息子がきのこ栽培してた場所よ


人が通れる道とは到底思えない茂みを奥に進んでいく夏菜。

木々で囲まれた森の中はまだ昼過ぎだというのに薄暗くじめっとしている。

みさが夏菜についていくと、しばらくして広い場所に出た。

落ち葉が深々と積み重ねられており、もう何十年と日の光を浴びてない。

落ち葉の上には、大小様々な丸太木が散漫と置かれていたがそのほとんどが朽ち果てていた。


…忘れもしない

ここは息子の仕事場だった場所。

この様子だとわたしが死んでから誰も使用してないみたいね。


……………そう、

そこに息子が眠ってるのね。なな


そこには幹の大きな木が一本。

木の根元には自生したのか、夏菜が後から植えたのかわからないほどのきのこが群生していた。


あなたが寄り道をして花束を買ってきたときから予想はしてたけど…


あなた泣いてるのね。

わたしがあなたに飼われるようになってから初めて見せたわね。あなたの涙。


わたしが記憶を取り戻したとき

あなたが息子と結婚していないのを知って、

息子のこともわたしと同じようにあなたに殺されたと思ってた。

…でも、

さっきのあなたの話しを聞いてるとどうも違うみたいね。

…そして、わたしのことも憎んでいた訳じゃなさそうだね。


………………それならどうして?



リーン、リーン


「あら、めずらしい。こんなところに鈴虫が、道にでも迷ったのかしら…」


あれ松虫が ないている

チンチロ チンチロ チンチロリン

あれ鈴虫も なきだした

リンリン リンリン リィーンリン

秋の夜長を なきとおす

ああおもしろい 虫のこえ


その歌声は静かに始まり、静かに終わった。


なんかだか

あなたが歌っているのを聞くと、

あなたに殺されたことが蘇ってくる。

あの時のあなたも、凄く悲しく切ない歌声

で歌っていたわ。

そして今もそう。

わたしにはそう聞こえるのよ。なな


「……それじゃあみさ、帰ろうか」


……ニャン


ーーーーーー


わたしね…あなたに言ったよね

あなたが死んだらわたしも死ぬって

だったらなんで約束、破ったの……


それは、大学4年の卒業がもう少しと迫ったある日の夜。


「お義父さん、携帯なってるよ」


だれから?


「知らない番号から、局番が03ってなってるから東京じゃない」


ぜろさん?


「お義父さん。わたしがいるのに怪しいサイトとか見てたんじゃないの?」


見ないよ。それより電話持ってきて。

もしもし、はい…………分かりました


「電話なんだったの?」


仕事の知り合いだったよ。

夏菜、お義父さん明日東京に行ってくるけど。夕方には帰るから


「いいよ。明日は友達と約束してるから。でも夜7時には帰るよ」


浮気か?


「女友達とショッピングです。浮気なんてするわけないじゃんバカ。そっちこそ怪しいし、東京の若い子に変なことしないでね本当に捕まるよ。お義父さん前科があるんだし」


大丈夫。あれは本人了承のもとだし、時効で無罪だから……


「えー、わたし了承なんかしたかな?」


…おい


「嘘よ嘘。冗談。

それじゃあ …いつものね。狼さん。」


月明かりの中、

わたしがお義父さんとした情熱的なキス

もあの夜が最後のものとなってしまった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る