第6話 栄光

家に戻るとすでに嫁は帰ってきていた。


あら、おかあさま。今日は寄り合いの日じゃなかったのですか?


「急に中止になってね。暇になってたから、夏菜と散歩がてら螢を見に行ってたのよ」


そうですか。私も見に行きたかったな螢。

夏菜、綺麗だった螢?


……うん


「それでな夏菜にもさっき話しはしたんだが、夏菜にこれ以上は家の面倒をかけさせるのは可哀想だから高校の寮に入れてあげようかと思ってな、駄目かの?」


お祖母さまがそれでいいと言うのでしたら私は反対しませんが…


「寮費のことは心配しんでいい。わたしが払うよ。

夏菜だって友達ともっと遊びたいだろうし、…それに恋もしたいだろうからね」


まあ、お祖母さまったら。夏菜に恋なんてまだ早いですよ。


「わからないよ。最近の子は色々早いって聞いてるからね」


でもよかったわねー、夏菜

優しいお祖母ちゃんで。許してもらえて

どうせあなたが頼んだんでしょ?


……うん



わたしはあなたに嫌われるのを覚悟していた。

それだけわたしはあなたに間違った道には進んでほしくなかった。

だけども、あなたは翌日から以前のあなたと同じようにわたしに接してくれた。

わたしはあなたがわたしのつたえたかったことを理解してくれたのだと安心していた。




それは、

あなたの夏休みが終わろうとしている頃に起きた…


「もうすぐ夏菜にとっては初めての1人暮らしだね」


そうだね。ありがとねおばあちゃん。いろいろ迷惑かけて


「別に構わないわよ。子供が親に迷惑かけるなんて当たり前の事だから。間違いに気づいて成長していくもんだよ。だから親はねその間違いを丁寧に教えてあげないといけないの

…例え嫌われてもね

あなたも、親になったらその気持ちが分かるわきっと。それよりも、本当にあなた1人で大丈夫?」


大丈夫だよおばあちゃん。夏菜はもう子供じゃないんだし。お義父さんにも色々教えてもらったしね

…おばあちゃんだって知ってるでしょ


「…もう、この娘ったら」



あれから3ヶ月

あの日、結局寮に入れるのはあなたの二学期開始からという事で話は終わった。

あの日以降もあなたとわたし、息子の生活は以前と何も変わらなかった。

しばらくあなたと息子の行動を監視していたわたし。

…以降は2人で行動している姿を確認することはできなかった。

時折、あなたはわたしと冗談混じりにあの日のことを語るようになりわたしを困らせていた。



お祖母さん、夏菜。ご飯できたわよ


「今日はハンバーグかい。おいしそうだね」


そうでしょ

このハンバーグは悟さんの栽培したきのこも入ってるの

夏菜も手伝ってくれたんだよね


うん。でもわたし今日帰るのが遅かったからほとんど手伝えてないけどね


「夏菜。やっぱりあなたはいいお嫁さんになれるよ」


ありがとう。おばあちゃん。


お祖母さま。それで、こっちがニリンソウのお浸しでなんですよ


「…ニリンソウ?…大丈夫かい?」


大丈夫ですよ。ちゃんと直売所で売られてるものを買いましたし、私も夏菜もさっき味見しちゃいました


「そうかい、それなら頂くとするかね」




…そこから、わたしが人として生きてきた記憶はおぼろげだった。

わたしがかろうじて覚えていたのは、

冷たく無表情のままあなたが母親をじっと見ていたこと。

苦しむ母を見ていてあなたが微笑していたこと。

その姿のあなたが、

醜いさなぎから孵化した鳳蝶のように艶やかだったこと。

最後にあなたはわたしを見て

とても、とても悲しい顔をしていたこと。

それだけだった。


わたしたちを残して立ち去ったあなた

縁側からはあなたの美しい声が聴こえる



……かごめ

……かごめ

かごの…なかの…とりぃは

いついつでやる……

…よあけのばんに

…つるとかめが…すべった

うしろの…しょうめんだーあれ…




………わたしに、これ以降の記憶はなかった。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る