第4話 傾慕

年号が変わってから十一年余りが過ぎ、

わたしの山村は町へと変貌した。

平成の大合併のおかげで、息子のきのこ栽培も軌道に乗り生活は以前に比べてかなり楽にもなっていた。

大勢の家族に囲まれたわたしは

月日が経つのが惜しいくらいに早く感じられるほど幸せの毎日だった…。




おばあちゃん。行ってらっしゃい


「行ってくるわね夏菜。

帰りは夜の9時過ぎになると思うけどお義父さんのご飯の用意だけはお願いね」


毎回の事だから心配しなくていいよ

おばあちゃん


「そうだ夏菜。あなたに渡そうと思っていたのがあったの」


私になにかくれるのおばあちゃん?


「はい。手をだして」


これって?


「あなたが前から欲しがっていた懐中時計」


えっ…でも、これっておばあちゃんがおじいちゃんからもらった大切なものなんでしょ?


「いいわよ別に、わたしにはもう必要ないの。

わたしはあなた達に沢山の思い出をもらってるから。なにか恩返しをしないと」


ありがとうね。おばあちゃん


「かなり前の物だけど装飾は結構いいのよ

…それにこの時計には秘密があってね」


秘密?


「時計の蓋の裏にポケットがあって好きな人の写真を入れておくと一緒になれるのよ。

わたしもこれでおじいちゃんと一緒になったんだから。

夏菜も好きな人ができたら試してみるといいわ」


うん試してみる。一生大切にするね。おばあちゃん




夏菜が高校に入学して二か月が経っていた。

時刻は夕方の5時前、わたしは一緒の車に同乗して町はずれにある会館へと向かう為、歩いて10分ほどかかる馴染みの老夫婦の家に向っていた。


当時、息子と嫁は車を持っていたが、

息子は夕方の5時過ぎまで山の中できのこの世話をしており、嫁も週に二回ほどある塾の送り迎えの為、子供を小学校に迎えに行った後そのまま塾へと向かっていた。

塾の待ち時間を、嫁は町にあるきのこ販売所の手伝いでつないでいたので、塾がある日は確実に夜9時過ぎにしか帰って来れなかった。

その生活は3年前から続いていた。


だからわたしがこうして定期的に開催される町の寄り合いに出席する日には、必ず放課後の部活には参加せず早く帰ってきて息子の面倒を見るようになっていたあなた。


わたしはあなたにもすごく感謝していた。


少しでもあなたにも早く幸せな家庭を築いてほしかったから時計を渡したの。



………でも、もう遅かったみたいね。




老夫婦の家に着いたわたしは待たされていた。

家には婦人しかおらず訳を訪ねてみると、

少し遅れるから待っていてほしいと外出先から電話があったらしい。

わたしは婦人とお茶を飲みながら雑談をして時間を潰していたが、夕方6時半過ぎになっても婦人の夫が帰ってこなかったので、わたしの息子に送ってもらいましょうかと婦人に提案し老夫婦の家をあとにした。


家の前に戻るといつもの場所に息子の車はあった。

玄関を開けると施錠はされていなかった。

町になったとはいえもとは山村。

鍵をこんな時間から掛ける習慣なんてない。

わたしは気にもとめず息子を探した。

探すといっても部屋数が少なくただ広いだけの家。探すのは簡単だった。


家に上がり少し歩いた先でわたしはあなたの声を聞いた。

普段は息子と嫁の寝室と広間を兼ねている部屋から。


わたしにとっては初めて聞くあなたの声。

そしてもっとも聞きたくなかった声。



「なにやってるんだ!さとる」


お母さん

おばあちゃん


うっすら光が漏れでていた襖をおもいっきり開けると、驚いたあなたと悟は同時にわたしを呼んだ。



「あんた、夏菜にこんなことしてどうなるかわかってんの!」


……………。


「黙ってないでなんか言いなさいよ。わたしはあんたをそんな息子に育てた覚えないよ」


……………。


「座りなさい!座って頭を床につけて夏菜に土下座して謝りなさい」


………。


「さとる聞こえないの!はやくすわれって言ってるのよ!」


………。


黙って裸でつ立っている悟に心底怒りを覚え、わたしは平手打ちで思いっきり息子の頬を叩いた。

それを間近で見ていたあなたは呆然とし、

すすり泣きをしていた。


「まだ何も言えないの!…もういいわ!

夏菜にはわたしがあとから土下座でもなんでもして謝るから、あなたは今すぐに嫁と子供を連れて出て行きなさい!

明日から夏菜はわたしが責任持って面倒みるから」


…。


「はやくでてけ!」


話さない、座らない、動かない息子に苛立ちながらもわたしはあなたのことが心配になった。

恐怖で何も言えないのだろうと、すすり泣くあなたを見てわたしは思っていた。


このような事がおきる可能性をまったく考えていなかった訳ではなかったわたしは、

血の繋がらない若い娘を置いておくことに心配はあった。

だけど、わたしは悟の親だから息子を信じたかった…でも、起きてしまった。

これはわたしの落ち度だ…。


「夏菜。ごめんなさい。あなたを傷ものにした罪はわたしが一生背負うから。

このバカ息子を警察にだけは突き出さないでくれる」


わたしはあなたに土下座しようとしていた。

それを見たあなたは慌てたようにわたしの土下座をとめた。


おばあちゃん。違う!違うの!わたしがお義父さんを誘っていたの


あなたは泣きながら私に近寄ってきた。

母以上に美人に育っていたあなたは透きとおった白い肌をわたしにうずめた。

女のわたしでも惚れ惚れするような身体は小刻みに震えていた。


だから、おばあちゃんは謝らないで!お義父さんを追い出さないで!怒らないであげてください。

怒るならわたしを、わたしがお義父さんを拐かしたの、わたしがお義父さんのことを好きすぎて母のことを憎んでたのを知ってたから…わたしが、悟さんのことを本気で愛してることを知ってしまったから…だから、だから。お義父さんを許してあげてください。お願いします。


…あなたはわたしに本心を伝え泣き崩れた。

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