第六話 「第二の選択」
敵が多いほどアッシュは嬉しかった。
どうすればより多くの敵と出会えるか。簡単だ、劣勢になった勢力の傭兵になればいい。
彼はほんの少し前は、西の大国ジャルジの傭兵として南の大国に立ちはだかったが、剣の修繕を終えると、今度は正反対の南の国の傭兵として西の国に刃を向けた。
南の大国ゴワンフルティは、アッシュ自身の手で討たれた偉大なる守護戦士ザクセンを失ったことは記憶に新しかったが、そのザクセンを含め多くの将兵をたった一人で葬り去った実力を認めてアッシュを傭兵とした。
それに今は南の国の前線は押されつつあった。アッシュに老将ザクセンと彼が殺した数だけの将兵に比肩する働きを期待するしかなかった。
あのザクセンと競り合った原野で両軍はぶつかった。
援軍がまだ現れず、数で劣勢な南の国ゴワンフルティは防戦一方だったが、彼らが期待したアッシュがここでその思いに応じた。
アッシュの前に立ちはだかる敵が次々葬り去られ、彼が敵陣深く突っ込み掻き乱すと、こちらの兵達は積極的に攻め始めた。
二本目の剣がなまくらに成り果てた時、敵軍は早くも退き始めた。
勢いのまま、すかさず追撃命令が下される。
しかし、追い付けず、敵は砦へ籠ってしまった。
血塗れの攻城戦の始まりだった。
こちらの軍勢は果敢に攻め立てた。衝車を使い城門を破ろうと試みたり、長梯子を担いで砦の壁に掛けて内部に侵入するか、その過程で防壁からの矢の嵐で多大な犠牲が出始めた。
アッシュは悠然と防壁に掛けられた長梯子を眺めていた。上っていた傭兵は頭上から矢を受け彼の前で転落し動かなくなる。その繰り返しだった。
「アンタがアッシュだろう? 荒れ狂う者ザクセンを討った。五本の剣も持ってる奇妙な奴と言えば、そうはいないだろうからな」
隣にアッシュよりは小柄な背が並んでそう言った。
飛んでくる矢を大盾を置いて受け止めながら相手は言った。
「俺はエドガー。傭兵団辻風の小隊長をしている」
「その小隊長が何の用だ?」
するとエドガーがアッシュにもう一つの盾を渡した。アッシュも大盾を地面に突き立てた。
「どうも、旗色が悪くなり始めてるからな。これ以上、可愛い部下達を失うわけにもいかない。だから俺と組まないか?」
盾には次々矢が突き立っているが、気にせず二人は話しを進めた。
「組む?」
「ああ。俺の隊の弓の腕前は自慢じゃないがどんなところでも百発百中だ。その弓を持ってアンタを支援する」
「それで?」
「アンタには砦への一番乗りを果たしてもらいたい。そしてこの旗を砦に掲げて欲しい」
エドガーは長い木の棒に丸められた広そうな布を取り上げた。
「俺に何の得がある?」
「俺の所属する傭兵団は、まだまだ名前も下火なんだ。だから一番乗りでそいつを振ってくれたら大きく名も知れるだろう。一番乗りの配当金は七、三でどうだ? アンタが七だ」
「そうまでして傭兵団の名を上げたいのか?」
「上げたいね。辻風はこの世界の戦乱を収めるために、必要不可欠な存在になる傭兵団になる」
生真面目な顔でエドガーは答えた。アッシュと同年代だろう。金髪を肩の辺りまで伸ばしていた。その目が不敵な輝きを帯びていることにアッシュは気付いた。
一番乗りをすれば、誰よりも多くの兵を斬れるのは確かだ。未だ綺麗な三本目の剣を見て、アッシュは首を縦に振った。
エドガーは頷き返し背後を振り返って声を上げた。
「よし、お前ら! 辻風一の弓兵部隊の力を見せてやろうぜ!」
盾を構えた一団が横一列になって駆け寄って来た。
どうやら盾を一列目が持ち、二列目が矢を放つ様だ。
「準備完了だ」
エドガーが言い盾を投げ捨て、弓矢を構えた。
目の前で長梯子が押され倒れようとしている。アッシュは盾を突き出して駆け、到着するとそれを投げ捨て倒れそうな長梯子を押し止めて頭上を見上げた。
「よし、行けアッシュ!」
片手に持っている丸められた戦旗が邪魔だったが、仕方がない。アッシュは上り始めた。
すぐに弓兵達が出てきてアッシュに狙いを定めたが、立て続けに矢が下から幾つも飛来し、砦上の弓兵達を次々射殺した。
アッシュは急ぎ足で上り始めた。一番乗り。アッシュには命を懸けるほどの関係はないはずだったが、その言葉が彼の心に大きく根付いていた。
アッシュの頭上で、あるいは左右で矢の攻防が続くが、敵の弓兵が顔を出すと、矢の一斉射撃が必ず敵を仕留めていた。言うだけある。エドガーの部隊の腕前はなかなかのものだった。
アッシュは砦の防壁の上に降り立った。
「敵だ!」
叫びながら敵兵達が殺到してくる。彼は旗を掲げた。近付く者は片腕で相手をし、次々斬り伏せた。
肉片と流血がまた空と地を朱に染めた。
アッシュは旗を開いて振るった。
風が吹き、傭兵団辻風の戦旗を雄大に靡かせた。
と、声が響き渡った。
「一番乗りはゴワンフルティの兵卒、このグレッグ・ジャクソンが果たしたぞ!」
そうして得意げに周囲を見回してアッシュの存在に気付いたようだった。相手は一番乗りでは無かったことを認めたようだった。がっくりと肩を落としながら殺到する敵と対峙している。
こちらも敵を相手にしながら旗を振るっていた。
「もう良いぜ、アッシュ」
エドガーが現れ旗を受け取った。そして叫んだ。
「一番乗りは辻風のエドガー・バリシュタインがもらったぞ!」
それを見届けると、アッシュは、全ての剣に血を吸わせるべく残存兵を殺しに動いた。
砦を陥落させ、万歳三唱をする国軍を尻目に、アッシュは夕日を眺めていた。
剣はどうにか五本全てに血を吸わせることが出来た。それだけの兵を誰よりも早く見付け、斬り殺した。
心残りがあるとすれば敵の有力な指揮官の逃亡を許してしまったことだろう。後程抜け穴があるのが見つかったのだ。
「アッシュ」
声を掛けられ、振り向くとエドガーが立っていた。彼は笑って言った。
「アンタの格好は鬼だな。噂は本当だったことが判明したよ」
「噂?」
「知らないみたいだな。名前こそまだはっきりとしてはいないみたいだが、幾つもの剣を身に帯びた大量殺戮者にして、地獄の悪鬼のような奴がいるって傭兵界隈では結構知られてるぜ。それは間違いなく、アッシュ、アンタのことを指しているな」
アッシュは鼻を鳴らした。
「それと約束通りの一番乗りの報酬だ」
若き傭兵団の小隊長は巾着袋を差し出した。
アッシュはそれを受け取った。するとエドガーが真面目な顔でこちらを見詰めていることに気付いたのだった。
「何だ?」
アッシュが問うと、エドガーは言った。
「どうだろう、お前も辻風に入らないか? 辻風は大陸から戦乱を無くために結成された数少ない正義の傭兵団だ」
「正義……」
アッシュの心が揺らいだ。大陸から戦争を無くすために戦う……。魅力的だと思ったが、すぐにその思いを振り払った。正義とはいえ、所詮は殺し合いをするだけの傭兵達の集まりではないか。剣を持つ者は全て俺の敵だ。この目の前に立つエドガーだってそうだ。
「悪いが断る」
アッシュがそう答えるとエドガーは心底残念そうに溜息を吐いた。
「そうかい。何と無くそう言われる気はしてたんだ」
そうして浮かべた笑みを引っ込めて去り際に言った。
「一つ忠告させてくれ」
「忠告?」
エドガーは頷いた。
「アンタは悪目立ちし過ぎてる。今までの様な節操のない真似は慎んだ方が良い」
つまりは、昨日雇われた国に、今日剣を向ける真似をやめろと相手は言っているのだ。
節操の無さか。
「そうかい」
アッシュが応じる。エドガーは強要する気も無いらしく、笑顔になっていた。
「アッシュ。アンタに会えて良かったよ。一番乗りのいい記念にもなった。できれば、アンタとはやり合いたくはないが、それは神のみぞ知るところだろうな。お互いツキがあることを祈ろう。じゃあな」
エドガーは去って行った。
アッシュはその背を一瞥し、血で汚れた剣を見下ろした。
節操の無さか。案外、戦乱を拡大しているの元凶は俺自身なのかもしれないな。
剣に映る悪鬼の姿を見て彼はそう思ったのだった。
だが、剣を持つ者は全て自分の敵だ。そいつらをより多く撃滅するには蝙蝠の様に鞍替えするのが一番早かった。劣勢な軍勢を攻めたところで五本の剣全てが血を吸えるとは思えなかった。
そしていつの間にか、自身が、昨日の味方が今日の敵と言う背徳感に魅入られてることにも気付いた。
俺は良い死に方はしないだろうな。
アッシュは夕日を見上げてそう思ったのだった。
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