第38話 襲撃者

 シェーラの話によれば、それが分かったのは早朝のことだそうだ。

 日課により当番の者たちがレクトニオを磨こうと触れた時だった。

 手のひらを通じて伝わる内部からの振動。

 そして表面の金属に帯びる微かな熱が、まるで生命の胎動を思わせるとのこと。


 そもそもあいつは生き物じゃないんだがな。

 ただ何かしらの兆しなのは間違いないだろう。

 まさか自爆でもするんじゃないかなんて考えたりもしたけど。

 それでもこの目で確認くらいはしておきたい。

 ティアの家へは拠点からの帰りに寄っても大した距離にはならないしな。


「なんだ?……あれ」


 山を登っている途中、見晴らしのいい場所へ出た時だった。

 村がある方に何気なく目をやれば、何本もの黒煙が空高くまで上がっていた。

 野焼きでもしているのかと、心の中の俺が楽観的な意見を述べる。

 だがその声をいくら大きくしたところで、鳴り響く警鐘を打ち消すことは叶わなかった。

 おそらくあれは、村が襲撃されていることで発生したものだ。

 一体どうするべきか、俺は意見を求めるようにスクレナへ顔を向ける。


「今はレクトニオの状態を確認するのが先決だ。人間同士のつまらぬ問題に首を突っ込んでいる場合ではない」


 確かにその通りだ。

 六冥闘将とたまたま出会った女の子。

 俺たちの目的を踏まえれば、どちらを選択すべきは明瞭なこと。


「――だがあの娘とは確と約束を結んだのだ。そんな簡単なことも果たせぬようでは我の名が廃る。焼けてなくなる前に守りに行こうではないか、ジャムをな」


 当然大きく首を縦に振る。

 初めの希望的観測や、何が大事かという自問自答を頭の中で繰り返していた辺り、既に俺の心も決まっていたのかもしれない。


「そういうわけで、シェーラ。一旦寄り道をしてもいいか?」


「構いません。スクレナ様の意思に従うことこそ教徒にとっての喜びですので。それに私は諜報活動の他に暗殺も生業としてます。戦闘になれば少しはお役に立てるかと」


 シェーラは二つ返事で応じた。

 何やら物騒なことを言いながらも。

 そういえば思い当たる節もある。

 街での襲撃の時は、予め警戒していたからすぐに気付くことが出来た。

 だけど今日は部屋の前に来るまで、気配が全く感じられなかったような。

 そんなことを考えているうちに、なんだか目の前の華奢な女性から距離を置きたくなってきた。

 まるでそれを体現するように、俺は先んじて村への道を駆けていく。




 ◇




 村を囲う塀が見えてくる距離まで来ると、やはり煙はその中から出ているものだった。

 ここからでも既に聞こえてくる人々の悲鳴に、足の動きは余計に忙しくなる。

 当然のことながら門は既に破壊されていて、入るのに労力は要さなかった。

 それにしてもここまでの被害が出てるとは。

 グラドがやられたとも思えないが、手が回らないほどの人数に攻め入られたということなのか。


 そして門を潜り、襲撃者たちの姿を目にした瞬間、俺はしばらくその場で立ち尽くしていた。

 思考が完全に置いていかれるほどの衝撃に襲われたからだ。

 だがその影響は、シェーラの方が強く受けているのが窺える。


 無理もない。村中で暴虐の限りを尽くしている者たちは皆、同じ格好していたからだ。

 シェーラが着ているのと同じローブ、それに同じ装飾が施された留め具。

 紛れもなく心闇教の教徒たちだった。


「これは……これはどういうことなんだ!? シェーラ!」


「分かりません……私には、何が起きているのかも……」


 そんなことは承知の上だ。

 この光景を見ている時の彼女の顔を見ればな。

 それでも問い詰めずにはいられなかった。

 もしかしたら、その対象が全く関係のない者でもよかったのかもしれない。


「本来は無意味に他人の戦いへ加担するものではないが。如何なる理由があろうと武器を持たぬ民を嬲るなどあってはならぬ行為だ。故に我の意思はもう固まっておるぞ」


「ああ、俺もだ。おそらくその意思とやらも同じだろう」


 スクレナと互いに目配せをすることで、今の言葉が間違いでないことを確信する。

 そして心境としては最も複雑であろうシェーラの様子はどうだろうか。


「私もお供させてください。誰がどんな経緯でこんなことを指示しているのかは不明ですが、心闇教の名を汚す以上は決して黙認できません」


 これまでの旅路で怪しい人間とはいくらか直接関わってきた。

 だからこそ、この侍者の言葉が心根からのものであることは十分に感じられる。


「お? そんな端で何をボケっと突っ立ってるんだよ。てかそっちの2人、指定された格好をしなくて大丈夫なのか?」


 自分たちと同じ出で立ちのシェーラを味方と勘違いしたのか、襲撃者の1人が無防備に近づいてきた。


「ボケっとしてると他の奴らにどんどん楽しみを取られ――」


 喋っている途中にもかかわらず、男は遠く離れていく。

 ただし俺たちに向けていた目、話していた口を備えている頭だけであるが。

 初めのうちに声をかけてしまったばかりに、女王が作り出した黒い大鎌によって斬首刑に処されたのだ。


「数が少なくなってきた頃に現れれば、情報を引き出す為に生かしておいてやったものを。もっとも、こうして自分でも気付かぬうちに命を奪われた方が幸せなのかもしれぬがな」


 間を置いて倒れゆく胴体を眺めながら、スクレナは静かに呟く。

 突然足元へ首が飛んできたことに、周辺にいた教徒たちは一瞬動きを止めた。

 だが俺たちの容姿を見るなり余裕が生まれたようだ。

 冴えない剣士が1人と女が2人だけ。きっと不意打ちでやられたのだろうと。

 フードを被っていて顔は隠れているが、滲み出る雰囲気で伝わってくる。

 それに安易にこちらへ歩み寄ってくる愚行からもだ。

 統率はなく、それぞれが好き勝手に暴れているから数の予想はつかない。

 だとしても時間の都合上、求められるのは速さだ。

 敵を殲滅しながら目的の場所を目指すという知的とは言えない行動が、今は最適解だろう。

 俺たちはそれぞれ戦闘態勢に入ったまま、ティアの家がある方向へ向かって走り出した。




 ◇




「グラド! ティア!」


 勢いよく扉を開けると同時に、この家に住む者たちの名前を叫ぶ。

 しかし中はしんと静まり返っていて、荒らされた形跡も見られなかった。

 2人の行方は分からないが、とりあえず「最悪」のことはまだ起こってはいないみたいだな。


「エルト様、あそこの木箱……」


 シェーラが指さしたのは部屋の奥に置かれている大きめの木箱。


「中から生き物の気配を感じます。何かが潜んでいるかと」


「ティア?」


 可能性を信じて俺はもう一度名前を呼んでみるが、またも一言の返事すらなかった。

 出来るだけ足音を消そうと努めるが、足をつく度に古い床板がギィギィと音を鳴らす。

 それでも木箱の前まで到達すると、蓋に手をかけて警戒しながら素早く引き剥がした。

 すると少量の荷物に紛れて縮こまっていた少女は、一瞬大きく体を震わせてから顔を上げる。


「ティア! 無事だったか」


 ひと目見たところ、外傷がないことに安堵する。

 とはいえ随分と怖い思いをしたみたいだ。

 俺の顔を見ても涙を滲ませながら、声も発さず硬直したままであった。

 少しでも気を紛らわそうと頭をそっと撫でると、敏感になっているせいか、またもティアは肩を跳ね上げる。

 その直後に俺が添えた手に自分の小さな手を重ねると、力を込めてぎゅっと握り締めた。

 人肌に触れて気持ちが落ち着いたのか、ようやくティアの口からは声が漏れ出す。


「エルト……怪我してるの?」


 どうしてそんなことを聞くのか分からずに首を傾げるが、すぐに理解することができた。

 ここまで来る途中で体に付着した返り血を見てのことだと。

 泣きそうな声で絞り出した最初の一声がそれとは。

 なんて思いやりに溢れた子なのだろうか。


「大丈夫。外にいる奴らをちょっと懲らしめた時についただけだから」


 今度はティアの方が安心したようにひとつ息を吐いた。

 これで会話が出来るくらいには平静さを取り戻せたようだ。

 その様子を見て、俺は間髪入れず次の疑問を投げかける。


「グラドは? お兄ちゃんはどこにいるんだ?」


 あいつが隠れるということはないし、この家にはいないのだろう。

 ここまで来る時にも会わなかったし、村の中では誰かが戦ってるようでもなかった。


「お兄ちゃんは昨日からお仕事に行ってるよ。エルトたちが帰ってすぐに仲間の人がやってきて、悪い人たちが隠れている場所を見つけたって言ってた」


 悪い人たちとは心闇教のことか?

 だが昨日のうちに発ったというのならシェーラはなぜ無事なんだ?

 レクトニオの報告を持ってきたのだから、今朝までは拠点にいたはずだろう。

 それとも全くの見当違いで、仕事とは邪教徒狩りではないのか。


「うわぁぁああああー!!」


 前触れもなく家の外から聞こえてくる叫び声で、ティアの顔には再び動揺の色が戻ってしまった。

 一層手を握る力が強くなるが、それを解くと、なだらかな口調で言い聞かせる。


「ティア、俺は鬼ではないからかくれんぼはまだ終わりじゃない。もう少しだけ続きをしようか」


 不安げな感じは変わらなかったが、少女は無言で数度頷き聞き分けてくれた。

 まだどれくらいの教徒が残っているのか分からないし、外の惨劇の跡をこの歳の子に見せるのは酷だからな。

 それに幸いにもここらへんは火の手が上がっていない。

 安全の度合いで言えば圧倒的に室内にいる方がいいだろう。


「次に名前を呼ばれるまでここで静かにしてるんだ。いいね?」


「うん、私にはこのお守りがあるから大丈夫」


 そう言いながら手のひらに乗せているのは、グラドから貰ったというペンダントだった。


「さっきもここに隠れながら、ずっとお兄ちゃんのお仕事が無事に終わるよう祈ってたの。だから今度はエルトたちの分もお願いするね。怪我なく悪い人たちを追い払えるように、私の想いをこの石に込めて」


「ああ、ありがとう」


 蓋を閉じる間際のこと。

 俺の感謝の言葉へ応えるように、ティアはようやく笑顔をみせてくれた。

 そして木箱を元の状態に戻すと、玄関で待っていたスクレナと共に声の発生源を確認しに向かった。




「シェーラ! 何かあったのか?」


「ええ、外部の警戒をしていたら近くを彷徨いている者を見つけまして。情報を聞き出すのに打って付けかと」


 心闇教のローブを着ている人物が3人。

 腕を後ろに回した状態のまま手首を縄で縛られ、地面に伏していた。


「刃に毒を塗ったダガーで傷をつけたんだ、しばらくは体の自由は利かないだろう。さあ! 洗いざらい全てを話してもらうぞ!」


 シェーラは怒気を込めた声で迫ると、被っていたフードを乱暴に剥ぐ。

 するとその下から現れた男の正体を見て、俺は驚かされることとなった。


 まさか襲撃者の中に、顔を合わせたことがある者がいるとは思ってもみなかったから。

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