第13話 王と名乗る者
一攫千金を夢見て意気揚々と遺跡を突き進み、ついに本当の最深部へと到達したヒーズたち。
だがそこで彼らを待っていたのは希望などではなかった。
「ほう、ここまで辿り着いたということは誰かを犠牲にしたか。やはりその欲深さこそ人間に感心させられる唯一つのことよな」
玉座のような石造りの椅子に座しているのは化物だった。
頭頂には円を描くように小さな角が並び、顔の横からは湾曲した大きな角が上へと伸び、噛み締めている口元には鋭い牙が剥き出しになって並んでいる。
鎧を着ているかのような筋骨隆々の黄土色の体を支える足は巨木のように太いが、腕はそれ以上だ。
その先に生えた爪などは、1本1本が武器になりそうなほど鋭利である。
まるで絶望を具現したような魔物が、身を寄せ合って震え上がるヒーズたちに瞳孔のない青い目を向けていた。
「だがそんな本質が人間の好ましいところでもある。
ゆっくりと椅子から立ち上がり、優に3メートルは超えているであろう体躯を揺らしながら、魔物は冒険者の一向に歩み寄る。
大抵の場合はこの姿を見ただけで人間は恐れ戦くが、ヒーズが抱いていたものは期待だった。
迫る化物が口にしていた「褒美」という言葉に胸を踊らせていたのだ。
自分たちは死闘の末に魔物の群れを突破した。
明るみになれば重罪は免れないのを覚悟で他人を貶めた。
一か八かの綱渡りに成功してここまで到達したのだ。
やはり自分は巨万の富を得られるのだと信じて疑っていなかった。
だが地に響く低い声によって告げられたのは、彼が望んでいるものとは程遠かった。
「汝等にはこのデリザイトと刃を交える権利を与えてやる。武を志す者として光栄に思うがよい」
デリザイトなる化物の足元に黒い魔法陣が浮かび上がると、そこから身の丈ほどはある両手斧がせり出す。
ひどい……非道い……
ヒーズは膝をついて咽び泣いた。
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに濡らしながら。
それのどこが褒美なのだ。
何が刃を交えるだ。
自分の体と得物の大きさをよく見てみろ。
これではただの虐殺じゃないか。
一方的に命を奪うのがそんなに楽しいのか! 恥を知れ!
などと自分のしたことは棚に上げて、ヒーズは心の中でデリザイトを罵倒していた。
「さぁ、その腰の剣を抜け。汝の剣士としての矜恃を某に見せてみよ」
デリザイトは斧を構え、切っ先を相手の顔へ向ける。
まだ泣き止まないヒーズだったが、肩を上下させながらも自分の剣に手をかけると……
鞘に収めたまま床に投げ捨てた。
そしてデリザイトの足元まで這っていくと、縋り付きながら必死に懇願する。
「すみませんでしたぁ! もう何もいりませんから僕をここから帰してください! そうだ、献上品としてこの女共を置いていきます! 慰み者にするなり何なり好きにしてください!」
「え!?……ちょっ……」
「な、何を言ってるの!? ヒーズ!」
信頼をしていたリーダー、そして愛していた男からの突然の裏切りに驚愕する女性たち。
しかしヒーズはそんな3人にさらなる追い討ちをかける。
「う、う、うるさいうるさい! 抱かれる以外に価値のないバカ女共が! 僕のことを愛しているなら少しは役に立ってみせろ!」
頬に鼻水を引っ付け、目を真っ赤にしながら物凄い形相で喚き散らす姿には、最早彼女らを虜にした美貌は微塵も残されていなかった。
いや、例えヒーズの容姿がそのままであったとしても、この醜い心根を知ってしまった以上は同じことだろう。
「もちろんこの宝石も返上します! ね? これで僕を――ぶべっ!」
デリザイトが力を込めずに眼下の男を振りほどくと、それだけでヒーズは数メートルも弾き飛ばされた。
「もういい。さっさといけ」
その言葉にヒーズは満面の笑みを浮かべる。
自分の願いを聞き入れてもらえたと、床に手を付き何度も頭を下げて謝辞を述べた。
「あの世へ逝けと言ったのだ。仲間の女もすぐに送ってやる。口舌事の続きなら向こうですることだな」
デリザイトは斧を頭上に掲げると、ヒーズ目掛けて勢いよく振り下ろす。
「ひぃゃぁぁあああア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
頭を抱え、全く無意味な防御体制をとるヒーズ。
間もなく訪れる死の恐怖によって全身の感覚は失われ、前後どちらからも失禁していた。
…………だが、その瞬間がいつまで経ってもやって来ない。
極限状態の中で時間の流れが遅く感じられるのか。
それとも一瞬のことで痛みを感じなかっただけで既に死んでいるのか。
平静を失った頭でヒーズは考えながら、顔と視線を恐る恐る上へと向けてみる。
すると知った背中が自分と凶刃の間に割って入っていた。
「エ、エエ、エルト……な、な、なんで……」
なんで生きてるんだ?
なんでここまで来られたんだ?
なんでそんな一撃を受け止められるんだ?
なんで……なんで……
なんで僕を助けるんだ?
これだけの疑問が込められていた一言を耳にして、エルトは微かにヒーズへ顔を向けた。
◇
石壁を壊して先に進み、この部屋に入ってからいきなり目にしたのは命を刈られる間際のヒーズだった。
一瞬のうちに様々な考えが頭を巡ったが、俺の取った行動は一気に距離を詰めて化物の斧を受け止めることだ。
魔力によって身体と武器を強化していたが、あまりにも重い一撃に膝が折れそうになる。
だが互いの刃が接触する瞬間を耐え抜けば、その後の鍔迫り合いは拮抗していた。
「エ、エエ、エルト……な、な、なんで……」
リズミカルな音を鳴らす歯の間から絞り出すように声を発するヒーズを見てみれば、整っていた顔は見る影もなくなっている。
てか、臭ぁっ!
この臭いは絶対にどっちも漏らしてるな。
口呼吸に切り替えたが全く集中できない。
今にも魔力が乱れそうだ……
一刻も早くこの場を離れなくては。
「ふっ! はぁあああ!!」
「ぬぅ!?」
魔力でさらに身体能力を底上げすると、瞬間的に力を爆発させて押し返す。
化物はよろけて数歩後退すると、さらに大きく飛び退いた。
なるほどな。こんなのが遺跡の奥にいたら魔物たちだって入口近くまで避難するか。
「剣士、汝はその者らの仲間か?」
「別に……この遺跡までは一緒に来たが仲間なんかじゃない」
「ではなぜ助ける。某には命を賭けて守る価値がその男にあるとは思えぬのだが」
たぶんスクレナが言っていた待ち構えている者とはこいつのことだろう。
だったら課せられた試練とやらの為にいずれにせよ戦わなくてはならない。
だけど一番の理由はもっと他にあるんだ。
「サンドイッチ……食わせてもらったからな」
化物の表情はよく分からないが、雰囲気から呆気にとられているのは感じられた。
やがて痙攣したように震えているかと思えば、体をのけぞらせるほど大笑いした。
「ふはははは! 一食の恩でさえも決して忘れぬか。見上げた奴よ。汝には……いや、お前には1人の武人として敬意を払いたくなったわ!」
勝手に勘違いをしているがそうじゃない。
こんな奴に借りを作ったままでは気分が落ち着かないだけだ。
それこそ死なれでもしたら一生返せなくなるし。
それにヒーズに鉄槌を下すのは少なくともお前の役目ではないだろう。
「某はデリザイトである。剣士よ、名はなんと申すか」
「エルトだ。しがない最下級冒険者さ」
「エルト、お前とは死力を尽くして戦いたい。故に内に隠しているものを全て解き放て」
一度刃を合わせただけでそんなことまで見抜いたのか。
とはいえ隠していたわけじゃないし、元より使うつもりだったんだけど。
でないと勝てる見込みなんて全くなさそうだからな。
俺は再び魔力で身体と武器を強化する。
すると剣の刃は赤く発光し、全身は黒いオーラを纏う。
俺が今使っている力。それはスクレナから借り受けた彼女の魔力だ。
「そ、その魔力は!? いや、まさかそんなはずは……性質が似ているだけか?」
デリザイトは明らかに動揺していた。
予想外に俺の力が強力だったから……というわけではなさそうだ。
相手の実力を見極められないほどの自惚れはない。
まぁいい、今はすべきことに集中するだけだ。
「ますます興が乗ったわ! 某を……この『闇の国の王』を存分に滾らせてみせよ! エルト!」
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