第12話 スクレナの本音
遭遇する魔物を撃退しつつ、俺たちはさらに遺跡の調査を進めていた。
ゴブリンの群れにはかなり足止めを食らってしまったが、それ以降は打って変わって順調であった。
不思議なことに奥に行けば行くほど、魔物の数が減っているのだ。
普通ならば深部に近づくにつれて、凶暴性と共に増していくものだと思っていたのだが。
そんな不可解な事象を気にしつつも、俺たちは広い部屋へと到達した。
これ以上先へ進む通路がないところを見ると、もしかしてここが終着点ということか?
部屋の中の造りは至ってシンプルで、向かって右の壁の真ん中辺りに台座が設置されているだけだった。
その上には手のひらに収まらないくらい大きな赤い宝石が置いてある。
自分には鑑定する能力なんてないけど、パッと見た感じかなりの値がつきそうだ。
「とうとうここまで辿り着いたね。最奥まで調査できただけでなく、思わぬお宝まで見つかるなんて」
感慨深げにヒーズが呟く。
他の3人も気持ちは同じようだった。
どことなく落ち着きがないように見えるのは、やはり目の前の宝石に気もそぞろになっているからだろうか。
「エルト」
すぐ脇にいたヒーズが肩に手を置く。
俺が顔を向けると、彼は笑顔を返してきた。
「あの宝石は君が取るんだ」
「俺が!?」
いや、あれはこの依頼の報酬の何倍もの価値がありそうなものだ。
それを「はいどうも」と簡単に受け取れやしない。
「ははは、もちろん売却して得られた金額は等分させてもらうさ。でもこの遺跡で一番のお宝を初めて手にした冒険者として君に箔が付くからね。すぐにでも銅へと昇格できるんじゃないかな?」
別にランクアップを望んでいるわけではないからギルドからの評価云々はどうでもよかったんだけど、ヒーズのその厚意が身に染みた。
俺は頷いてから皆で台座へと歩み寄り、ゆっくりと宝石を取り上げた。
実際に持ってみればずっしりと重く、透かしてみても内部には傷一つない。
これは下手したら中古の屋敷くらいポンと買えるかもしれないぞ。
――ガシャン!
俺が宝石を念入りに調べていると、突然下から何か物音がした。
驚いて手元に目をやると、左の手首には台座から伸びた手錠がかけられている。
それもただの金属ではない。
魔力を付与されたものである。
一体なんなんだ!? 引きちぎろうとしてみても衝撃を吸収されている感じだ。
これでは力でどうこうなるものではない。
「く……くく……」
背後から聞こえてくる声に振り向くと、ヒーズが俯きながら肩を震わせていた。
さらにアイ、マイ、ミィもこちらを見てクスクスと笑っている。
「バァーーーカ」
顔を上げたヒーズの顔は出会ってから初めて見る表情だ。
だけどそれは、俺がずっと前に別の場所、別の人物から向けられた覚えのあるものだった。
侮蔑、嘲り、愉悦が入り混じった野卑な冷笑である。
「引っかかったね! これは一人を犠牲にして先へ向かう為の装置。本当はちょっと前にここへ調査に来た時にこの仕掛けに気付いたのさ。つまり……君は僕たちの為の生贄ってことだよぉー!! ひゃはははは!」
ヒーズのあまりの変わりように何が起きたのか理解が追いつかなかった。
だがそれが一瞬のことで済んだのは対面してから時間が経っていないからだろう。
寧ろ今の状況の方がしっくりくる。
俺のような例外を除けば、青銅なんてまだ経験が浅く知識の足りない駆け出しだ。
そのくせ冒険者とはひと山当てて成り上がりたいという願望を持つ者が多い。
故に今回のように上の等級ばかりのパーティーに誘われるのはおいしい話である。
簡単に食いついてくる可能性の方が高い。
それに俺はあの街では新顔なのだ。
いなくなったところで気にする人もほとんどいない。
向こうも利用しやすいと思ったんだろう。
ゴブリンの攻撃から身を守ってくれたのだって、きっと楽で確実に信頼を植え付けられるからに違いない。
そもそも常に自分の命さえどうなるか分からない仕事なのに。
それを無償で面倒を見るだけでなく報酬もくれてやるだと?
今の時代、そんなお人好しがどこにいる。
ちょっと優しくされたら気を許して、その結果がこのザマだ。
調査を開始する直前までこの世界の過酷さを理解しているようなことを口にしながら、ちっとも甘さを捨てきれていなかったか。
怒りなんかよりも自分の情けなさに対しての笑いが込み上げてくる。
「あまりにもショックで気が触れた? それじゃあ僕たちは先に進むから。そうそう、ちゃんとこれは貰っていくね。君の形見として」
そう言ってヒーズは俺の手からこぼれ落ちた宝石を拾い上げる。
いつの間にか部屋の入口の反対側の壁が開いて、隠し通路が現れていた。
そういえば、今こいつが形見とか言っていなかったか?
思い返せば初めに生贄とも言っていた気が。
「この宝石だってかなりの値打ちなのに、ここから先に手付かずの宝があればもう一生遊んでいられるね。大きな屋敷でも立ててみんなで楽しく暮らそうか。そう、楽しくね!」
ヒーズの言葉に3バカは「やらしー!」とか言いながらも歓喜して後について行く。
「そうだ、パーティーを組んだのはちょっとの間だけだったけど、君は最高の冒険者だったよ……踏み台としてはね。ははは!」
高笑いを残しながらヒーズが部屋を出ると、石壁が重い音を立てて閉じていく。
入れ替わるように今度は自分の正面の壁が開いたが、そこで初めてさっきの言葉の意味を知ることとなった。
辛うじて人型に見えるくらい粗末な形ではあるが、配置されていたのはストーンゴーレムだ。
ぎこちない動きながら確実にこちらへ向かってくる様子から、狙いは俺と見て間違いない。
今の俺では普通に相手をするだけでも厳しいのに動きが制限されているんだ。
これは非常にまずい状況になった。
腰の後ろに差していた短剣を抜いて、手錠を台座から切り離そうと試みる。
だがいたずらに時が過ぎるだけで一向に成果は得られそうにもなかった。
その間に目の前まで迫ってきていたゴーレムが右腕をかざす。
一体いつまで持つか分からないが、移動できる範囲の中で躱し続けるしかない。
その後どうにか出来るという保証はないけど、ギリギリの瞬間まで足掻いてやる。
そして明確な殺意のある落石が自分に迫り来る最中――
『ふん! やはり我がおらぬとダメなようだな』
突如自分の影から巨大な刃か飛び出し、ゴーレムを真っ二つに切り裂いた。
巨体が地面に倒れる音を合図にして足元から女性が現れる様は、さながら奇術のようであった。
「ス、スクレナ!? 助けてくれたのか」
「お前が死んだらこんな所で次の宿主を待たねばならんからな。それに……律儀に命令を守る従者を見捨てることなど出来るか」
スクレナの言葉の意図が分からず、俺は自然と首を傾けていた。
「『二度と命を投げ出すな』だ。お前は最後の最後まで懸命に生きようとしたな。だから我はそれに応えたのだ」
正直必死になっていただけでその言葉を意識していたわけではない。
というか、今まですっかり存在を忘れていたし。
だがスクレナは「それでもいい」と微笑んでいた。
知らぬうちに機嫌が直っていた女王様ではあるが、だからこそ余計に疑問だった。
今朝からの態度は一体なんだったのかと。
改めて聞いてみると視線を逸らすのは変わらずだが、後ろ手を組んで落ち着きなく体を揺らしながらの返答は違っていた。
「実はな……その……どう話したらよいか分からなかったのだ」
「なんだそれ? どういうことだ?」
「昨晩はお前が聖女のことについて悩むのを貶したが、あれは本意ではなかったのだ。ずっと誰かを想う気持ちを割り切れず、決して捨てようとしないのは人間ならではのよいところだとも思っておるからな」
意外な言葉だった。
しかしそれならどうしてお前は真逆のことを俺に投げかけたんだ?
「それが我にも分からぬ。つい口をついて出てしまったのだ。強いて言うならエルトが誰かに心奪われるのが気に入らなかったのかもしれん。これまでの従者はいずれも無条件で我に服従しておったのに、お前の心だけはどうにもならぬ。いつだって我をそこらの女と変わらずに扱うからな」
なんだこいつ。
本当にあのスクレナなのか。
全くらしくなくてこっちの調子が狂ってしまう。
「エルトと聖女は幼い頃から共に過ごし、互いに惹かれ、婚約までしていたのに、何も配慮せず心ないことを口にしてしまったな。すぐに後悔の念は抱いたが、多くのものが頭の中を掻き乱して、お前の顔を見ればとても喋れそうにもなかった。こんなことは初めてで……我にもどうすればよいか分からぬのだ」
そうか、だからか。
だからスクレナは今回のパーティーの誘いを受けたのか。
単に2人だけで活動するのが気まずかっただけだったんだな。
直後に俺はこの部屋に響き渡るくらいの声で笑っていた。
しばらく経ってから自分でも気付くほどに自然と溢れた笑いだ。
可笑しかったというよりは嬉しかったんだろう。
あんな一件の直後だから尚更だ。
スクレナが人間以上に人間らしい苦悩を抱える姿を見て、なんだか温かい気持ちになったんだ。
「わ、笑うでない! 我は真剣に悩んだのだぞ!」
「どうすればいいのかって、そんなのすぐに解消できるじゃないか」
「そうなのか? ならば教えてくれ! もうずっと息苦しくて仕方がないのだ」
スクレナの縋るような顔など初めて見たかもしれない。
俺は哄笑したことによって上がっていた息を整えてから、その方法を教えてやった。
「『ごめん』って言えばいいんだよ」
表情を伺ってみれば、まさに唖然という感じだ。
別にそんなに変なことを言っていないのだけど。
「それだけ……でいいのか?」
「当たり前じゃないか。だってそれ以上に適した言葉なんて思いつかないし」
視線を忙しなく動かし、何度も口元に拳を添えては離すスクレナ。
やがて意を決したかのように大きく息を吐くと、正面を見据えて静かに口を開いた。
「エルト、すま……いや、ごめん……」
「うん、俺の方こそごめんな。全く気付いてやれなくて。それに昨日お前が言ったことだってその通りなんだから」
スクレナには偉そうに言ってみたけど、意外と簡単なことじゃないな。これは。
お互いの距離が近しいほど特にそうなのかもしれない。
でもだからこそ、思い切って言葉に出来た時の効果は絶大なのだろう。
この気恥しい沈黙の中に身を置くのも悪い気はしない。
「どうだ?」
「うむ……確かに胸の苦しさはなくなったが、代わりに体が熱くて妙な浮遊感に襲われるな。まぁ、それが不思議と心地よいのだが」
そりゃ何よりだ。
とりあえず一段落ついたところでこの手錠をなんとかしたいんだが。
そう切り出す前にスクレナがゴーレムに向けた刃で容易く解決してしまった。
台座と繋がれている部分を断っただけで手錠そのものが消滅していく。
しかし自由を取り戻したところでこれからどうしよう。
ヒーズたちを追いかけるか、それともあいつらが仕出かしたことをギルドへ突きつける為の証拠でも探してみるか。
「いや、我らもこの奥に進むぞ」
「やっぱりヒーズたちに報復するのか?」
「あぁ、あの干からびたイカの足を散りばめたような髪の男か。あんな小物などに構っている場合ではない」
よく分からない例えだな。
でもだったら遺跡の奥には何があるって言うんだ?
「エルト、この遺跡……当たりかもしれぬぞ」
体半分を再び影の中に沈めながら、スクレナはいつもの不敵な笑みを見せた。
「我が与えている分の魔力を使ってもよい。だがこの先に待ち構える者とは補助なしで戦え。それが女王へ仕えるに相応しい騎士となる為の試練の1つだ」
完全に姿を消した後に自分の頭の中に響く声が語ったことは随分と意味深なことだった。
『そやつとの出会いは決して避けては通れぬものだからな』
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