第11話 仲間の背中

 朝早くにギルドで待ち合わせをしてから、俺たちはスピラ遺跡へと向かっていた。

 前には3バカ娘に囲まれながら談笑している昨夜と変わらないヒーズの姿。


 少し気になるのは最後尾を歩くスクレナだ。

 宿に戻ってからは早々に床に就いてしまったから仕方がないが、今朝もほとんど会話をしていない。

 こうして歩いている間も同じだ。

 たまに振り返ると一瞬目が合うが、すぐにプィっ顔を背けてしまう。

 一体どうしたというんだ? こいつは。



「まだ時間は早いけど、ここで昼食にしようか」


 目的地に到着して、周囲に危険がないかスカウトのミィが偵察をしてからヒーズが皆に声をかけた。

 遺跡の中に入ってしまえば一息つける所なんてないかもしれない。

 ということで、俺たちは入口付近で腹ごしらえをしてから突入することに決めた。


 街を出る前に買っておいたチーズを布から出して自分のを切り分ける。

 そして残った分と、安くて硬い丸パンを一緒にスクレナへ手渡した。


「ほら、レイナの分だ」


「……ん」


 相変わらず目も向けずに受け取る。

 このおかしな態度は機嫌を損ねているということなのだろうか?


「ねぇ、君たちの分の昼食も用意してきたから、よかったらどう?」


 差し出されたのは野菜とベーコンのサンドイッチだった。

 だが俺はここで固まってしまう。

 つい毒でも入ってるんじゃないかという疑念を抱いたからだ。


「うむ、このパンよりかは美味そうだな。せっかくだから貰うとするか」


 躊躇もなく摘んで口に入れるスクレナだが、小動物のように頬張っていく姿を見れば特に問題ないようだ。

 確かに買ってきた丸パンよりは遥かに食欲をそそる見た目だ。

 そういうことならと俺も1つ頂いてみると……


 一口噛んだ瞬間にベーコンの脂が染み出すが、それを時間が経ったはずなのにまだ瑞々しい野菜たちが程よく中和してくれる。

 加えて甘辛いソースが全体に広がっていき、一言で言えばとてつもなく美味かった。

 このお裾分けの恩は遺跡の中の働きで返さねばな。


「はは、大袈裟だな。でも食材を奮発した甲斐があったよ。それはアイが作ったんだけど、彼女は料理が得意でね」


「こっちの蒸したじゃが芋もよかったら食べてね。果物も持ってきたからこれも食後に」


 まさに至れり尽くせりだ。

 ヒーズだけでなく他の3人もいろいろと気を回してくれるし。

 もしかして俺が勝手に身構えているだけなんだろうか。

 そんな気持ちが芽生え、自分の心の中の固く閉ざされた城門が僅かに開いたような気がした。



 空腹も満たされ、いざ遺跡の中へと意気込むが、俺はその前に時間を貰った。

 そして話があると言って、スクレナをヒーズたちからは見えない場所へ連れていく。


「なんだ? 話とは」


「あのさ、何をそんなに怒ってるんだ?」


「別に……怒ってなどおらぬ」


 スクレナはまたも俺の顔を見ようともしない。

 本当言うと怒っているかどうかなんてことはどうでもよかった。

 ただその態度の真意を知りたかったんだ。


「これから先は魔物の巣窟となる場所へと足を踏み入れるんだ。互いに意思疎通も出来ないようでは命に関わる可能性もある。言いたいことがあるなら今のうちに言ってくれ」


「だから何もないと言っておろう!」


「だったらなんでずっとむくれてるんだ! 感じが悪くてこっちの士気も下がるんだよ!」


 スクレナが一瞬だけ悲しげな顔をしたように見えたが、それが気のせいかと思えるくらい怒気が満ちたものに変わっていく。


「も、もうよい! ……気分を害した。遺跡の調査へはお前1人で行け」


 そう言って影の中へと沈んでいった。

 こうなってはどうしようもない。

 こちらから引っ張り出すことは出来ないし、聞く耳も持たないだろう。

 俺は諦めてヒーズたちの元へ戻ることにした。



「あれ? レイナちゃんは?」


「あぁ、ちょっと気分が優れないから外で周囲の警戒にあたるって。悪いな、レイナの取り分はそっちで分配していいから」


「簡単な調査だし別に気にしなくていいのに。じゃあ僕たちは早速調査に取りかかろうか」


 いろいろと凝りが残るけど、俺たちの事情でいつまでも足止めするわけにもいかない。

 気を取り直して依頼に集中しなければな。




 ◇




 遺跡の中に入ってまだそれほど時間が経たないうちから、俺たちは既に魔物の群れに遭遇していた。

 ドローンの巣があって、オークがいて、オチューがいて、そして今はゴブリンだ。

 少数ならまだしも、その数およそ20匹。

 こうもまとまって来られると厄介である。

 場所が脇道のない通路というのが幸いだったが。

 ここなら少し注意を払えば囲まれる危険もない。

 そもそもスクレナがいれば路傍の石ころ程度だったんだろうけど、今は影の中に全く気配を感じない。

 すっかり塞ぎ込んでしまっているみたいだ。

 とにかく自分の力だけでなんとかするしかないか。


 剣士の俺たちは前衛で壁となり、スカウトのミィは中衛で弓矢を使い死角からの敵を牽制、後衛に魔術師のアイと僧侶のマイを配置。

 アイには俺たちが弱らせたゴブリンを範囲魔法で一掃してもらい、マイはダメージを受けた場合の回復と、万が一に後ろから別の魔物が来た時のことを考慮して防壁魔法を発動させている。

 しかしいきなりこれだけの数の魔物と出会すとはな。

 調査とはいえ難度の設定を間違えているんじゃないのか。


 その時、ふと直感のようなものが頭をよぎった。

 こんな場面だからもちろん悪い方だ。

 敵と対峙している最中だが、軽く視線をぐるりと動かしてみる。

 すると天井に蠢く影が3つあった。

 この乱戦に紛れて、ゴブリンが壁を這って移動していたのだ。

 その真下にはアイとマイ。

 俺の他にはまだ誰も気付いていなかった。


「上だ!」


 その声に天井を見上げて敵の存在をようやく知ることとなるが、予想外のことに2人の体は硬直してしまう。

 前方のゴブリンはあらかた片付いているし、もう前衛が1人でも大丈夫だろう。


「ヒーズ、この場は任せた! ミィ、彼の援護を頼む!」


 言葉を口にしながら俺は後衛の元へ駆ける。

 同時に落下してくるゴブリンたちは、鉈や棍棒を振りかざしていた。

 俺の足が早いか、重力に引かれる小人鬼が早いか。


 ――競走を制したのは俺の方だった。

 ギリギリだったが剣で1匹の腹を捌き、続け様に2匹目の首を刎ねる。

 だが最後の1匹は俺のすぐ側へ無事に着地すると棍棒を掲げて飛びかかってきた。

 間に合わない!

 そう判断して頭に当たり致命傷になるのを防ぐ為に、腕を使って防御の姿勢をとる。


「危ない! エルト!」


 その間に割って入ったのはヒーズだった。

 ゴブリンの攻撃が彼の肩に打ち付けられる。


「くっ!……」


 俺は苦悶の表情を浮かべるヒーズの背後から腕を伸ばして、剣をゴブリンの胸へと突き刺した。


「ヒーズ! 大丈夫か!?」


「あぁ、どうってことないよ。今のが最後の1匹だったみたいだね」


 言われて周囲を見回してみれば、静けさを取り戻したこの場で動いているのは俺の他にはパーティーメンバーのみだった。


「ありがとう。助かったよ」


「仲間なんだから当然だろ。それに君も2人を救ってくれたんだ。これでお相子ってことで」


 手を差し伸べると、肩を押さえ、膝をついていたヒーズはガッチリと掴んで立ち上がる。

 アイとマイにも何度も感謝の言葉を述べられてなんだかムズ痒かったけど、こうして多くの仲間たちと助け合いながら困難に立ち向かうのも悪くないな。


 俺は彼らの姿を見ながら、いつの間にかそんな気持ちを抱いていた。

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