第14話 試練の真意
今度は俺が動揺させられる番だった。
こいつがたった今言っていた不可解なこと。
聞き間違いでなければ「闇の国の王」と言っていなかったか。
闇の国ザラハイムの支配者はスクレナのはずでは?
一体どういうことなのか問いかけてみても、その本人からの返答はない。
魔力が使えるということは今も繋がっているのに。
あくまでも傍観者に徹するってことか。
もしもデリザイトがスクレナと同等の力を有しているとしたら俺に勝機はない。
何せその一部を借りて戦っている状態でしかないんだ。
だがスクレナが試練と言ったからにはきっと意味がある。
とにかく退くという選択肢だけは除外だ。
腰を落として剣を構えると、デリザイトは掲げた斧を横薙ぎに振るう。
俺は身を屈め回避して頭上を通過させた。
その斬撃は容易に回避できるほど遅いものであったが、凄まじい風切り音と風圧に思わず嫌な汗が吹き出る。
まともに当たれば真っ二つどころか形も残らないかもしれない。
生身でかすっただけでもダメージは深刻だろう。
デリザイトは振り抜いた斧を止めることなく腕を回して再び掲げると、今度は縦に振り下ろす。
俺は前方へ駆け出し相手との距離を詰めた。
背後からの床を叩く轟音を耳にしながら、スライディングで股下を潜る。
すれ違いざまに右足首を斬りつけ、すぐに立ち上がって跳躍すると、デリザイトの曲げた腰に足をかけた。
背に刃を宛てがうと踏み込んで斬り上げ、その勢いで宙に舞い、渾身の力で頭部へ剣を叩きつける。
直後に自分の右側から気配を感じ、デリザイトの肩を蹴って前方へ宙返りで移動すると、今まで自分がいた場所に岩のような拳が通り過ぎた。
着地すると同時にすぐさま振り返り剣を構え直す。
床にめり込んだ斧を抜いたデリザイトも同様だ。
相手の出方を伺う為の二度目の沈黙。
その中で俺はつい苦笑してしまった。
足、背、頭……斬ったはずの箇所はいずれも無傷だった。
「人の体の周りをちょこまかと。まるで曲芸のような剣術よ」
「だったらそっちは土木作業か? この遺跡をさらに掘り下げるつもりかよ」
威力が高かろうが大きな隙を生む大振りの攻撃。
それを躊躇なく繰り出してくるのも頷ける。
あれだけ硬い皮膚をしていれば、もはや鎧……いや、防壁と言ってしまっても差し支えないだろう。
だがその他にも嫌な感じがする。
デリザイトほどの者が自分の攻撃の更なる弱点に何も対策を練っていないはずはない。
「敵を目の前にして考え事とは愚の骨頂ぞ」
言われてしまったが返す言葉もない。
ちょっとの意識の途切れが一瞬で永遠のものになるかもしれない状況なのにな。
「今は亡きスクレナに近しいものをお前に感じたのだ。期待を裏切ってくれるでないぞ」
何!? 誰が亡くなったって!?
気を逸らすなと自分に言い聞かせはしたが、さすがにそれで冷静でいろというのは無理な話だ。
「ちょっと待て! 今のはどういう――」
「お前の真価を見せてみよ! エルト!」
俺の言葉も聞かずにデリザイトはまたも斧を振りかざす。
ダメだな。こいつは一度戦闘態勢に入ったら何があっても自分では止まらないタイプだ。
だったら強制的に止めてやるさ。
さっきから同じ行動ばかりだ。
あくまで乏しい攻撃パターンを力で押して補うつもりか。
だがそう結論するのは早計だった。
俺は迫る斧を後ろに跳んで避ける。
何も考えずの判断だ。
いや、何かを考える暇も与えられなかったという方が適切か。
それも後方を選択したのは俺の心情を表していたのだろう。
なぜなら繰り出されたデリザイトの斬撃が明らかに速くなっているからだ。
そして斧が接地すると腕を伸ばして先端の突起でついてきた。
どうにか刃の面で防ぐが、受けたその力は圧倒的だった。
この部屋に入った際に交えた一撃とは段違いだ。
今までが本気じゃなかったのかとも思ったけど、そんな単純なことではない気がする。
その漠然としたことを明らかにすることこそが、こいつを倒す鍵になるのかもしれない。
幸いにもデリザイトとの距離は開いている。
ひと呼吸置くほんの僅かな時間の中でも可能な限り正解に近づくんだ。
「相手の手の内も間合いも見極めぬうちから気を緩めるでないわ! 【
拳を打ちつけるデリザイトを中心に魔法陣が浮かび上がり、その範囲の床がひび割れ、魔力による衝撃が噴き上がる。
そこには俺が立っていた場所も含まれていた。
体が投げ出され、目にする世界が回る。
魔術自体の威力は大したものではないが、すぐに立て直せないほどにバランスを崩したのが致命的だった。
この機を逃すわけもなく、巻き上がる粉塵の中には巨大な影が浮かび上がり、徐々に大きくなっていく不吉な音を聞いて背筋が凍る。
上か、横か、それとも下から来るか。
俺の身に到達する一瞬のうちに割り出さないとお終いだ。
砂煙によって視界は制限されている。
武器の軌道を直接見ることは不可能だ。
だったらそれ以外のものから導き出せばいい。
――風だ。
あんなに勢いのある攻撃なんだ。
巻き込まれる空気の流れも相当なもの。
目を凝らせば、漂っていただけの砂煙は左から右へ移動している。
俺は咄嗟に自分の左側に刃を置くと、ほぼ同時に激しい金属音が部屋中に響いた。
まさに間一髪だった。
ギリギリのところで最悪の事態は免れた。
だがそれ以外の問題はまだ残っている。
斬撃を防いだのが空中であった為に足を使って踏ん張ることが出来ない。
受けた力にただ身を任せるだけだ。
俺は大砲から打ち出された弾のように吹っ飛ばされ、台座の上の大きな椅子を破壊し、その奥に立つ遺跡の地下を支える太い柱に全身を打ってようやく止まった。
意識を手放しそうになりながらも、床に伏した体を起こす。
直後に胸の辺りから込み上げてくるものを感じると、堪えきれずに口から大量の血を吐いた。
これはさすがに所々の骨もやられているな。
スクレナの魔力がなければ今頃は自身が柱の模様になっていたかもしれない。
ダメージは深刻だが急いで呼吸を整え立ち上がらなくては。
いつ追撃が来たっておかしくはないのだから。
「戦闘時における瞬時の判断や勘はよい。魔力の質も申し分ない。その歳の人間にしてはよく訓練されておるな。幼き頃よりずっと剣を握っておったのがよく分かる」
こちらに近づく足音と共にデリザイトの声が聞こえてくる。
でもそれは的外れなことだ。
俺が初めて剣を手にしたのは3年前のこと。
ただそれから積んだ訓練の密度は異常だったが。
ほぼ毎回が実戦練習。それもBやA、時にはSクラスの魔物との戦闘ばかりだった。
もちろん最初はスクレナの補助付きではあったけど、それでも命懸けだったのは変わらない。
おかげで常人を超える力がすごい早さで身に付いていくのが自分でも実感できた。
「惜しむらくはまだ基本を脱していないということか。その魔力を使用するのはともかく、使いこなすことが出来ておらん」
使いこなす――
その一言に頭の中にはこれまでの記憶が目まぐるしく蘇った。
強敵と戦った時にスクレナは魔力をどう使っていた?
思い出せ。そして考えろ。
スクレナと俺の戦い方の決定的な違いを。
「そろそろ終いとしよう。存分に力を振るえたのは久方ぶりであった。感謝するぞ、エルトよ」
デリザイトは斧を斜めに構えると、終幕の準備へ取り掛かる。
剣士エルトの冒険の結末を演出せんと、得物が弧を描きながら接近するのだった。
しかし金属同士がぶつかり合う甲高い音が反響すると、デリザイトは仰け反って体勢を崩す。
俺は斧を受け止めるだけに留まらず、弾き返していた。
「な、何と!?」
自分の攻撃が防がれたというのに、デリザイトの口から出た言葉は驚嘆しているように感じられた。
悪いがカーテンコールにはまだ早すぎる。
スクレナの書いた台本では、俺の物語は今ようやくプロローグを終えたところなんだ。
この戦いを終わらせるなら、お前の降壇という形にしてもらおうか。
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