物語の世界に転生したが「なんだ貴様は…ぐわあ!」の1シーンで終わる雑魚門番だった
黒川晶
第1話
ここが物語の世界だと気づいたのは、新しい国王が即位し、新国王の名を聞いた時だった。
前世、俺は車にひかれて死んだ。アイス片手に。
で、今世。
平民生まれだが、戦に出てふんばって勲章をもらい、正式な騎士訓練を受け、地位をつけた。
王宮の警備隊に配属1ヶ月目。
新国王の名前を聞いて「ん?」と思った。そのとたんに熱を出し、ばーっと前世の記憶が湧いてきた。
王子王女、国の名、地名、文化、食べ物、すべて前世で読んだ物語にあったものだ。
じゃあ自分は誰に転生したんだ?
俺の名はベイル。そんなキャラ知らない。
それ以前に……あの物語、どんなだった?
確か、魔王が王宮に攻めてきて…………
「おーい、どうしたベイル。早くいくぞ」
「え?」
同僚の騎士が声をかけてきた。
「えじゃなくて。ほら交代時間遅れるぞ」
ああ、そうだ、今日は夜勤で歩哨の当直だった。
二人で門に立って、夜空を見上げる。血のように赤い月だ。
変な色だな。
いや月が赤いんじゃない。空気の色がおかしい。霧が出ている。赤い霧だこれは。
ん……? 赤い霧……?
何か心当たりが……
『黒く蠢く魔王が門に近づく。その体から放たれる瘴気は霧のようで、辺りを赤く染めた。
気配に気づいた門番は「誰だ!」と叫ぶ――』
「誰だ!」
隣りの同僚が剣を構えてる。え、これまさか―――
同僚が一瞬にして切り倒された。
呆気にとられるよりなにより、気のいい同僚になにするんだ!という怒りが湧いた。
「なんだ貴様は……」
闇に向かってつぶやいた時、ハッと自分の役がようやくわかった。
「ぐわあっ!」
分かったと同時に俺は、魔王の巨大な爪に切り捨てられた。
――思い出した。物語の序盤、魔王復活の章で1番最初に、いや2番目に秒殺される門番。台詞は「なんだ貴様は……ぐわあっ!」
以上。
これが俺。
自分の血だまりに倒れながら、(何しに転生したわけ?俺……)と思った。
どうせなら生まれてすぐに前世思い出せたら色々便利だったのに。
今死ぬ間際に思い出したところで、どないしろと……
終わり。
とはならなかった。
なぜなら俺は怒っていた。どくどくと血を流しながら、それ以上の怒りを湧きたたせた。
なんだよ、この立場は。
ヒーローと強敵の強さバロメーターのためのやられ役というほどでもなく、敵への憎しみ増幅小道具というほどでもなく、何か怖いのが来たぞー的アイコン程度か!
俺の隣で死んだ同僚は、俺が昼飯の干し肉をカラスにかっさらわれた時、ホロホロ鳥肉のグランマニエソース煮込み娼婦風を分けてくれた、とても気のいい奴なんだぞ!
前世の怒りも沸いてきた。同僚の子が仕事を手伝ってくれたお礼にと、徳用アイス4000mlをくれた。早く帰って食べようと急いだら初心者マークの高級車にひかれた!
アイス食えてない!あの量一口も!
あとあれだ! 前世記憶とかゲームの世界に転生って、いわば誰にも見つからない最高の人生カンニングという
この先何が起きるか誰も分からない人生試験の問題を、自分だけ先に知っておけるようなものなのに!
あと1分で試験時間終了って時にカンニングペーパー見つけたってどーにもなんねーじゃんよー!!!!!
俺は悔しさのあまり、考えた。
――魔王とは負の集大成という設定だったな。
怒りや怨念は負の力を増大させる。
ここらあたり一帯、赤い瘴気でいっぱいだ。
もしかしたら、と賭けに出た。
個人的感想だがあの物語、魔王が一番迫力があって怖くて印象に残ったのは、冒頭だけだった。そう、今この場面。
たぶん初登場場面なことだし、一番ビビらせなきゃならないものだ。恐怖演出に魔王もがんばったのだろう、活きのいい元気な瘴気だ。
賭けるなら、『今』しかない。
案の定、俺の怒りは、魔王の瘴気――多分物語中一番濃ゆい――を取り込んだ。
怒れ自分。血を吹き出して怒れ怒れ怒れ!
死んで当たり前のやられ役にした奴らに怒れ!
瘴気は俺を魔物に変えていく。収まらない怒りは増大を続け、俺の肉は怒りを纏うかに盛り上がる。
俺は再び大地に立った。自らの血だまりの上に。
そこでふと見ると、門はとうに魔王に砕かれ、無残に口を開けていることに気づいた。
おばちゃんたちが大事に掃除をしていた門が。俺ですら立ってればサマになる演出をしてくれたかっこいい門が!
ゆるせねえ!
俺は門を壊した犯人のあとを追った。
王の間まで続く道は屍と化していた。
「我を封印せし勇者の子よ。今こそ復讐の時よ!」
魔王は剣を構えている王に嘲笑いをぶつける。勇者の血を引く王は、魔王の血によって、光の力に目覚める。
「来るがよい、魔王よ」
魔王に一閃を。その時こそが私の力の目覚めし時――!
が。
「ぎゃあああ!?」
魔王が背後から噛みつかれた。
「わああ化け物!」
その場の全員が叫んだ。
王は唖然としてことの成り行きを見ていた。
魔王より巨大な化け物が魔王をずたずたにしていく。
よく分からない成り行きに、魔王は叫んだ。
「なんだ貴様は……ぐわあっ!!!」
魔王は急所を噛みつかれ、消滅した。
そして俺もボロボロと体が壊れていく。
それはそうだ。俺の生きる最大の力は「脇役以下の2行で死ぬ役であることの怒り」だ。
注目され話の中心になってしまうと、力は湧かない。
とりあえず今まで生きて身に付いた習性に従った。
「陛下、ご無事で何よりです」
そうやって消滅寸前のボロボロ体で膝を折った。
が、王は攻撃的な視線のままだ。密かに憧れていた王女殿下は、王の後ろでガクガクと震え、従兄の大公にしがみついている。
王の合図で、控えていた近衛兵たちが四方八方から一斉に長槍を向けてきた。
まあこんなもんだよな。
この世界はあくまで王が主役。主役が倒すはずの魔王を倒したところで、今度は俺が魔王の立場に修正されるだけだ。
カスが何か成し遂げたって、物語は盛り上がらないものだ。
疲れ切って諦め、されるがままにすることに決めた。
が、ふと思った。
―――そういえば。
魔王の強さが強調されたのが冒頭だけだったのは、なぜだ?
内容をはっきり覚えているのが冒頭だけなのは、なぜだ?
0.001秒くらいの速度で思い出してみる。
そうだ。読み進めれば進めるほどおもしろくなかった。
魔王が出て王が闘うんだから、剣と魔法もの戦記かと思ったら、戦いは一章だけで、その後一向に戦わない。
魔王が本当は元人間で、人間に説教されるごとに改心していって普通の人間に近づいていく話が続く。
どんどんシーンがしょぼくなっていく。
よって、半ばもいかないで読むのやめた―――
あーだから印象深い冒頭しか覚えてないし、魔王が一番怖くて強かったのも冒頭だけだったわけだ。
これってつまり。
俺はせっかくカンニングペーパーを手にしたのに答えが出せないということなのだ!!!
誰にもチートを知れずリードできる特典が!!
俺のバカ野郎!バカバカバカあ!
この世界と前世の地位もアイスもカンニングペーパーも、一旦手にしておいて手からこぼれた!
ちくしょうちくしょうちくしょーーーー!
―――もう一度言うが、魔王とは負の集大成。
しかも魔王を食って取り入れた俺は、あるかどうかもわからない運命というやつを、世界を恨んだ。
そう、俺はまた賭けに出た。
恨みが俺の力となれ。再び生かせ俺を。
無数の長槍が四方から俺を貫いた。
が、再び盛り上がった俺の肉は、すべてをはじき返した。
あれから何年たっただろう。
魔王には何の攻撃も役に立たない。火も氷も毒も刃物も。仕方がないので、全員避難して近寄らないことにした。
「魔王は」王はつぶやく。
「俗に言う『必要悪』というやつなのだろうが、俗に言う『庶民派』というやつでもあるのだろう」
「否めません」
「どうしても敬語はぬけぬか」
「社畜だったので、社長には逆らえません」
「王だと言うとろうが。で、まだ世界を恨んでおるか」
「まあ、そうしないと消滅なので、それはそれでやっていかないとなりませんから、ご理解の程宜しくお願いします。あ、これ新茶ですね。ありがたいです」
「恨むとは何をするのだ」
「そうですね、データを作成したんですが、あ、資料1をご覧ください。どうやら日に一度は天に向かって恨み言を吐くのが大事なようです。この棒グラフが肉体の盛り上がりの推移です。資料2から5はそれぞれ3日、4日~と間の開いたことによる変化の表でして」
「まじ社畜」
「おそれいります」
俺がどうにもこうにもならないので、王の間は俺の部屋になっている。
入り口が俺の体じゃ狭くて宮殿を壊してしまう可能性が高いので、ここにいさせてもらうことにした。
たまに王が様子を見に来る。
魔王に切り倒された同僚も一命をとりとめて、遊びに来てくれる。
平和でいいが、こんなのどか気分だと俺、消滅してしまわないかなと少し不安。
が、それは杞憂に終わった。
ある日、王はぽろりと政務での愚痴をこぼした。
あれ、なんか体の調子がいい。
そうか負の感情が人間の毒気だから、俺には栄養源か。
王はためしに誰かの恨み言、罵りを吐いた。
あああ、温泉につかってるみたいに気持ちいいいい。
一気に筋肉増えるとけっこう疲れるもんだからさあ~。
それからこのことが周囲に広まり、ストレスが溜まっている人が、愚痴や人に言えない恨み言を吐きに来る。
おおおお、ジャグジーに浸かってるみたいだぞおおお。
そのうちお礼のお花やお菓子が供えられるようになってきた。苦しゅうない。
そのうち拝まれるようになった。世の中、話を聞いてくれるだけで救われる人がけっこういるらしい。やるじゃん俺。
そのうち俺を模した偶像と祭壇ができた。いややめてそれ。
いったい自分はこの先どうなるか分からない。
分かることは、よくないマイナス感情だと言われるものも、人間に最初から備わったものならば、まったく不要、というわけでもないのだ。
ようは何でも使いようと管理だ。
いわば俺は人類のマイナス面管理職といったところだろう。この役職に甘んじよう。
第一、どうせ何かをつかんでもまた失うんだろ、そうなんだろ神様よう、と空に恨み言をぶつけ、一週間の安寧を得る。
物語の世界に転生したが「なんだ貴様は…ぐわあ!」の1シーンで終わる雑魚門番だった 黒川晶 @rinriririn5
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