司令部とはいっても、十人足らずの将校とそのお付きが入っただけで、部屋はいっぱいになった。

 ようやく全員がそろったのを確認して、コンタルディは開会を宣言した。会議をもよおしたり地図を用意したりするところを見ると、若き総司令官は未熟なだけで、無能というわけではなさそうだった。

 バロシャムの懸念けねんも杞憂だったようで、彼は斥候を出していた。先ほど騒ぎを治めた、眠そうな目の男が偵察の結果を報告した。

 緑人鬼りょくじんきの本隊がやってくるのは明日の午前中。数は三百。

 友軍は千人あまりだが、その大部分が陣地造営や物資調達に携わる後方勤務だから、武器を取るのは実質一、二割程度か。一方、緑人鬼の軍はあまり非戦闘員をかかえないので、数の上ではほぼ互角だと考えられた。

 緑人鬼は勇猛で、体格にも勝る。こちらは、対抗するとしたら装甲と機動力だが、騎兵が少ない。

 作戦は、遊撃隊が側面から敵を撹乱かくらんし、その間に本隊が中央突破する、というごく一般的なものだった。毎年同じことをくり返して、決まりきった手順なのに違いない。会議をとどこおりなく進めるためには、むしろ説明を省略したほうがよさそうなくらいだった。

 しかし、肝心の遊撃隊に名乗りを上げる者が出なかった。

 機動性を活かし、少人数で突撃する遊撃要員には、熟練が求められるし危険も伴う。そもそもそれだけの騎兵をそろえている部隊がないのかもしれなかった。

 また緑人鬼相手では、いくら敵将を討ち取ろうと、雑兵の首を集めようと軍功もたいして認められなかった。よう撃軍の大半は傭兵のようだから、利がなければ士気も上がらない。といって、利が出るいくさなら、領主も傭兵ではなく家臣をつかわそうというものだ。

「兵が足らん。いくさは数だ」と、太った将校が名言でも吐いたような口ぶりでいった。

「毎年、この倍は集まるぞ。もっと用意できなかったのか」

 暗に、総司令官の責任を指摘しているようだった。批判されたコンタルディは、どこどこの誰々が来るはずだが遅れていて、連絡もない、というようなことをもごもごつぶやいた。

「おらんのだからしかたなかろう。それよりもこの人数でできることを考えんか」

 禿げ上がった将校が、かんの強そうな声で横車を入れた。主張はもっともだが、その実は人に逆らいたがるへそ曲がり、といったふう。

「できることなんかありゃせん。それとも貴公になにかいい策があるのか」

「それを全員で考えろ、といっておるのだ」

 ドレ老は腕組みをしたまま、ふたりの間で視線をいったりきたりさせ、そのたびにうなずいたが、発言をする気はなさそうだった。

 どうやら、この場でいちばん力を持っているのはこの曲者ふたりらしかった。その割にふたりとも、遊撃隊の選出についてはふれない。

 ボワダンがバロシャムを送ったほんとうの理由は、これなのかもしれなかった。

「まあまあ、マデリュー閣下もフーデ閣下も落ちついて」

 コンタルディが冷や汗まみれの顔で仲裁に入った。

「長引いてまいりましたし、いかがでしょう、みなさんこのへんで、一服入れるというのは」

 これ以上長引いては困ると思ったのか、バロシャムが顔を上げた。

「遊撃の任、よければ私が引き受けましょう」



 それまでバロシャムの存在に気づきもしなかった会議の参加者たちが、一斉に振り返った。

「見ない顔だな。貴公、名前は」と太った将校マデリューがあごをしゃくるようにいった。

「ジフィトー」

「主君は。領地はどこだ」

「あるじはいない。放浪の身だ」

 それを聞いたマデリューは見下したように鼻を鳴らした。

「部隊は。何人連れてきた」

「私を入れて六人」

 マデリューは高笑いした。フーデや、ほかの将校たちまでつられて失笑した。もっとも、笑った中にも、率いる兵が十人を下回る者は少なくないはずだが。

 バロシャムは満場の嘲笑など耳に入らなかったような顔つきで総司令官を見た。

「ほかに、名乗り出る者はいないようですな」

 座は静まり返った。眠そうな目の男が、コンタルディに耳打ちした。コンタルディは、聞いた内容をそのままくり返すように伝えた。

「えーと、ジフィトーどの。六人はさすがに少なすぎる。当家から、騎兵を二、歩兵を六、出しましょう。

 ……失礼。ということで、みなさん、よろしいでしょうか」



 会議は終わり、マデリューもフーデもバロシャムを無視するように立ち去った。コンタルディは笑顔とおべっかでお歴々を送り出した後、ナタンに用事をいいつけている。

 バロシャムが待ちくたびれていると、その腕を眠そうな目の男がつかんだ。彼は人さし指を立て、にやりと笑ってバロシャムを連れ出した。

 まだ暗くなってはいないが、日は傾きかけていた。夕食の用意を始めている者もいたが、大半の兵士は昼間と同じように、ひまをもてあまし、苛立いらだっていた。それが伝染したかのように、若い農夫が牧羊犬の脇腹を蹴りつけた。

 眠そうな目の男は、一本だけ生えているカエデの木の下で足を止め、バロシャムにナッツをさし出した。

「申し遅れました。私はオッターといいます」

 受け取ったナッツをバロシャムが口に入れると、オッターも自分のぶんをポケットから取り出してかじった。

「先ほどはありがとうございます。あるじも面目を保ちました」

 オッターはコンタルディの家臣らしかった。会議や地図も、彼が裏で入れ知恵をしていたのに違いない。

「礼をいうのはこちらのほうだ」

「増援のことですか。誰も出ないようだったら、私が引き受けることになっていましたから」

 コンタルディは本隊をべることに専念し、遊撃隊はできるだけ他家に任せたかったのだろう。

「苦労しておられるようだな」

「私より、若殿のほうがね。いくさに出るのもまだ二度目なんです。頼りないでしょうが、なにとぞお引き立てください」

 ふたつ目のナッツをほおばり、しばし黙り込んだ後、バロシャムは思い出したようにいった。

「六人ぶんの兵糧ひょうろうを分けていただけまいか。それと戦馬を二頭」

 移動用の馬と、戦場で駆る馬は使い分ける。受ける訓練も違う。

 今回は急ぎだったので、用意が間に合わなかった。アネモネは慣れた愛馬にしか乗らないし、サイプリスは徒歩で出撃するから、必要なのはバロシャムとキャメリアだけだ。戦馬貸与の件は書類にも記されていたのだが、もちろんそのことにはふれなかった。

「お安い御用です。明朝までには届けさせましょう。野営はどちらに?」

 コンタルディでなく、オッターに頼んだのは正解だったようだ。場所を聞くと、オッターは「助太刀も私が参りますので、よろしくお願いします」と告げ、去った。

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