みすぼらしい農家、穀物を貯蔵する倉庫、家畜小屋などが点々と建つ小さな集落は、全部を合わせても十数家族といったところだった。

 どの家にも、刃物でえぐられたような跡が残されていた。どの傷も古く、今年つけられたものはまだないようだった。壁やへいの色が違うところは、去年かおととし修理をしたのに違いない。

 集落と牧草地をへだてるように石が積まれていたが、防壁の用には低すぎた。農家で収容できない雑兵たちが寝泊りしたり、物資を置いたりするための天幕がいくつも、庭先や空き地に張ってあった。

 目に入る人影は、兵士たちのものばかりだった。彼らは些細なことで口論するか、地べたに座り込んで雑談するか、賭けごとに興じるかして時間をつぶしていた。のき下に立小便をしている者もいた。

 この集落の本来の住民たちは、たまに現れたかと思えば、息をひそめて足早に通り過ぎ、雑用に追われるふりをしていた。外に出ないように言い聞かせられているのだろう、子供の姿はなかったが、赤ん坊の泣き声だけがした。

 その中を通り抜ける、若い女や異種族交じりの一行は、兵士たちの奇異の目にさらされたが、バロシャムの視線に威圧され、はやし立てる者も近寄ろうとする者もいなかった。

 集落で最も大きいと思われる農家に、形ばかりの歩哨が立っていた。誰何すいかすることさえしなかったので、バロシャムのほうから声をかけた。ここが司令部だった。



 ほかの者を外で待たせ、バロシャムは扉を叩いた。反応がなかったので、声をかけながらもう一度叩くと、少年が顔をのぞかせた。身なりからして農民ではないから、おそらく従者だろう。

 少年従者は、主人はいま忙しい、と返事をした。ここに着いてからいちばんまともな応対だった。バロシャムは彼に偽名と、ボワダンからつかわされたことを告げた。しばらくして、ふたたび少年従者が現れ、扉を開いた。

 彼の主人は、従者自身ととおも違わない、年若い貴族だった。すねたような表情で窓の外を眺めていたが、来客に気がついて笑顔を作り、腕を広げて出迎えた。

「これは閣下、遠路はるばるお越しくださり、感謝の念にえません。私はコンタルディ。本作戦の総指揮を任されています」

 コンタルディはバロシャムの手を握ったまま、少しの間を置き、困惑したような笑みを浮かべて問うた。

「失礼。えーと、ときに閣下、お名前はなんでしたっけね」

「ジフィトーです。ここに、ボワダン閣下からの書類が」

 といいかけたのを、コンタルディが途中でさえぎった。

「えーと、失礼。ちょっとお待ちいただけますか。ナタン!ナタン!」

 鼠を見つけた猫のように姿をくらましていた先ほどの少年従者が、あわてて戻ってきた。

「ドレどのを呼んできてくれ。大急ぎでな」

 ナタンは命令を理解したのかしていないのかわからないような顔で、部屋を飛び出した。それを見届けてから、コンタルディはまたもや困惑したような笑顔でいった。

「失礼。ちょっとその……総責任者とはいうものの、ご覧のとおりの若輩でして。なにかにつけて、まあ、その、相談役といいますか……そう、後見人。つまり、その後見人の意見を聞くことにしているんですよ。なにしろうるさいんでね」

 弁解の半分は聞き流して、バロシャムはたずねた。

「私の部下はどこで待たせておけばいいですかな」

「ん?ああ、えーと……そうですね、どこでも好きな天幕をお使いくださって結構ですよ。なにしろ屋根のあるところはもう全部ふさがっちゃいまして。お歴々が集まってるもんですから」

「では、とりあえずその指示を伝えてきます」

 駐留地の空気に慣れているキャメリアはともかく、気まぐれなアネモネがもめごとの種にならないはずはない。それでなくても、血の気の多い兵士は女たちにちょっかいをかけるに決まっていた。

 バロシャムは外に出て、少し離れた場所で野営の準備をするよう、部下たちに命じた。騒動を起こさない程度に離れた場所で。

 司令部に戻ると、コンタルディが質問をしてきた。

「それで思い出しましたがジフィトー閣下、兵は何人ほどお連れで?」

「私を入れて六人。ふたりは従者ですから、戦闘要員は四人です」

 コンタルディは目をぱちくりさせた。

「六人?六十人の間違いでは?」

「いや、六人です」

「えーと、失礼ですが、ジフィトーどのはどちらの領主にお仕えでしたっけね」

「あるじはおりません」

 それを聞いた若き総司令官は、なぜか宙を見つめ、両手を背後で組み、背伸びをし、背伸びをやめて、にっこりとうなずいた。

「うん、六人。六人ですね。おっしゃるとおりです。ボワダン閣下のおすみつきだ、間違いありません」

 そこへ、ナタンがドレを連れて戻ってきた。

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