国では、収穫の季節に緑人鬼が群れをなして襲ってくるのが常だった。

 刈り入れの済んだ作物は、冬の食料として倉庫にたくわえられる。森林で放牧される家畜は、実りの秋に丸々と肥え太る。それらを略奪しにくるのだ。

 緑人鬼りょくじんきの襲撃は毎年の恒例行事で、ときに退け、ときには破られた。侵入を許せば、冬を越せず餓死する農民も出た。税収にも影響するから、領主にとっても悩みの種だった。

 悩みの種、といえば例年、戦力がそろわないのだが、今年は特に不足しているという。

 被害を受ける地方はもちろん、近隣の各領主にも派兵の義務が課されていた。これが外征だったら、領主は功に応じて土地を得られるし、兵士は略奪の恩恵にあずかることができる。自分の領地ならば死活問題だろう。だがよそを守ったところで、出兵の費用がかさむばかりだ。

 だから、なにかにつけて領主たちは援軍を出ししぶり、故意に遅れさせることが多かった。派兵の拒否や遅延に対する制裁があるわけでもない。国王にそれだけの力や権威がないのだ。

 事情は、ろう国で似たような経験を持つバロシャムにも理解できた。しかし、

「そうおっしゃいましても、私には兵がおりませんが」

 彼が流浪の身であることは、ボワダンも察していよう。

「いやいや、けいの助太刀ならば百騎の援軍にもあたいします。それに、あの女剣闘士がいるではありませんか」

 まじめくさった顔つきだが、どこまで本気なのかはわからない。いずれにせよ、重ねて断ることはいまの立場からしてもできなかった。

 ボワダンはバロシャムを待たせ、彼を前線に送るために必要な書類を整えた。ふと、紙の上にすべるペンの音が止まり、ボワダンが顔を上げた。

「卿の名前ですが……どちらがよろしいかな?バロシャムか、ジフィトーか」

 何食わぬ顔をしながら、やはり知っていたらしい。バロシャムはたずねた。

「あちらに、私の顔を知っていそうな者はいますか」

 ボワダンはあごに手を当てて考えた。

「さて、名前だけならともかく、卿とくつわを並べた者はおりますまい」

「では偽名のほうでお願いします」

 バロシャムはつづりを伝えた。

 ボワダンは「まあ、字が読める者も何人かはいるでしょう」とおどけた表情を作ると、完成した書類を器用に巻き、封蝋ふうろうに印章を押した。



 バロシャムは部下たち五人を連れて出発した。

 予定戦場の方角は北東、馬で丸二日の距離に位置する小高い平地。ボワダンの話によれば、本隊はすでに到着しており、築陣も済ませている頃合いだそうだ。

 町を出てしばらく行くと、街道は枝分かれした。片方は町を訪れるときに通った道だった。一行はもう片方へ進んだ。

 街道の両側には畑地が続いていた。耕作地はすでに刈り入れを終え、休耕地では種きが始まっている。緑人鬼はこのあたりまで来ないのだろうか。それとも毎年のことで慣れっこになっているのだろうか。

 身軽な六騎は、目的地までまっすぐ伸びる街道を、夜も徹する強行軍で駈けた。道中、獣や山賊に襲われることもなかった。二度の休憩をはさみ、次の日の朝には到着した。

 夏が戻ってきたような強い陽射しに照りつけられ、なだらかな丘は濃い影を落とし、波のように連なっていた。ところどころに木立も見られた。

 牧草地として利用されているようだった。土地が痩せていて、育つ作物も限られるのだろう。つまり、略奪者の目標は背後の穀倉地帯であり、よう撃軍はそれを手前で食い止めるのが目的だということだ。

 バロシャムは丘に登り、矮人わいじん族の従者から遠眼鏡とおめがねを受け取った。普通は手に入らない品だ。偵察を重視する性格がうかがえた。

 一帯の傾斜はゆるやかで、高低差はあまりなかった。半帝里ほど先で、森が平原の終わりを宣言していた。緑人鬼たちはその森を通って侵入するものと思われた。

 東に目を向けると、すでに小り合いがあったらしく、逃げ遅れた緑人鬼を追い回す兵士たちが点在していた。それも数えるばかりだから、敵の本隊はまだ到着していないと考えてよさそうだった。

 そのさらに南に、友軍が居を構えているとおぼしき、小さな集落があった。

「なにかわかって?」

 斑点交じりの白毛にまたがり、肩にタカを止まらせた長耳族の女が声をかけた。舟形帽をかぶり、弓を背負っている。左腕は肩まで革製の籠手こてにおおわれていた。

「面白いものはないが、むこうに本隊が駐屯しているようだ。行こう」

 と答え、バロシャムは進路を変えた。長耳族の女と矮人族の従者も後を追う。

 三人に遅れまいと栗毛の脇腹を蹴ったのが、男のような服装をした、茶色い髪の女。くらに支持架をあつらえて、槍を水平に積んでいた。そのうしろに二頭の小馬が続く。ひとりは小人族の従者、もうひとりは彼と同じくらいの背丈をした小柄な女だった。



※一帝里:約4キロメートル

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