バッサリ

小手鞠 京香

バッサリ

「おーおー、またバッサリと思い切ったねえ。失恋かい、嬢ちゃん」


 部屋の隅で三角座りとは、またわかりやすい。鼻水と泣き腫らした目をいっぺんにごしごしと擦って少女は首を振る。


「……ぐすっ、違うわ。私が振ったの」

「それ失恋って言わねえ?」

「失恋は大抵、振られた側が言うものよ……ずずっ、まさかあんなろくでなしだとは思わなかったわ」


 切り口の揃わない黒髪は、美容室に行くことも無く自力で刈り取ったらしい。無造作に放ってあるカッターを見て察した。年頃の娘として、女の命とも言われるそれの扱いがどうかしている。

 いろんな意味でため息を吐かざるを得ない。


「その台詞、おじさん何回か聞いてんだけど。前にも同じこと言ってたよね? 三回くらい聞いたことあるんだけど?」

「冗談も大概にして。七回目よ」

「お前男運悪すぎだろーがよ!」


 思わず叫んでしまう。この娘ときたら、いつも真面目な顔をしてこういうことを言いだす。どうにも掴めないというかなんというか。

 俯いている少女の顔を覗きこんで、口を開く。


「そいで? どーすんの、散らかして。新聞紙くらい敷けよな、ったく」

「おじさんが片付けてくれるのを見てるわ」


 平然と言う少女の頭を軽く叩いてやった。


「俺任せかよ、お前がやれや。てか、捨てるのもったいねえなこりゃ……。結構綺麗だ」

「何よ、取っておくの? 嫌よ、管理が面倒だもの」

「違う。俺はいらねえけど、マニアってのはどこにもいるもんでよ。売れば結構な金になるはずだぜ?」


 そう嘯けば、少女の顔がわかりやすく歪む。きっと苦虫とやらを噛み潰したらこんな顔になるのだろう。


「……私は一応、臓器売買には反対なのだけれど」

「臓器……なのか? これ」

「似たようなものじゃない。人体の一部が売り買いされるなんて理解できないわ」


 首をすくめる少女だが、正直なところ。


「…………おじさんは、目の前の光景の方が理解できねえけどな」

「あら、どうして?」


 平然を保っていたことを褒めてほしいくらいだというのに、少女は当たり前のように首を傾げた。

 改めて、部屋を見回す。少女の傍らに落ちている血まみれのカッターと髪の束。



 そして、



「…………ほんと、バッサリいったよなあ」

「だって、ろくでなしなんだもの」


 少女はやっと立ち上がり、その濁った双眸を覗き込んだ。


「……そうね、売ってみましょう。死んで惚れた女の役に立つというのなら、これも本望だろうし」

「へいへい、仰せのままに」

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バッサリ 小手鞠 京香 @gusta_rdi

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