第十七話 決別 1

 俺と水無川は、あの公園にやって来ていた。


 時刻は深夜二時。こんな時間にこの公園を歩くものは、ほとんどいない。

 いるのは、俺たち操者か、尽影か、あるいは運の悪い一般市民か。


「さて先輩、覚悟のほどは」

 水無川がポンチョを着込み、問う。


「それなり、だな」

「それなり、て」

 ポンチョのフードから垣間見える水無川の目が、細められた。


「答えは出てないよ。覚悟も決まり切ってはいない。……戦うしかない」

「……なるほど。……とりあえず、今日で決着をつけましょうか」

「…………そうだな。これ以上、悩むのもしんどい」

「そうですね。悩むってことは、精神消耗しますもんね」

「…………ああ」

 俺は水無川をじっと見る。


「どうしました?」

「いや、水無川にも悩みってあるんだなーと」

「うわっ、非道い。そんな馬鹿に見えます?」

「いや、そういうわけじゃないんだ。なんていうか、水無川は常人とは違った地平にいるというか、だから悩みとかはとっくに置き去っているのかと」

 俺がそう問うと、水無川は小さく笑い声を漏らす。


「そんなことはありません。感情を持つということは、悩むことと直結してますからね」


                  〇


 公園の奥にある森にたどり着く。


 周囲の空気は、異様な圧迫感を帯びていた。


 それはこの前の戦いでもなかったような、そんな重苦しさ。


 おそらく、この前の戦いによって襲撃を警戒するようになったのだろうか。


「どう仕掛ける?」

「そうですね。……まあ、長引くのもアレですし、単刀直入ならぬ、と行きましょう。先輩、少し遅れて付いてきてください」


 水無川はそう言い残し、素早く森の奥へと突入する。水無川は、そのまま空中に血液を散布し、足場とする。


 ととととっ、という軽い足取りの音が聞こえてきそうな、軽快かつ迅速な動きで水無川は宙を駆ける。


 その姿を見て、俺もスタートを切った。水無川が上なら、俺は下から。


「先輩、いましたっ!」

 水無川が叫び、紅の刃先を森の奥へと向ける。


 俺はその刃が指す先を見る。巨大な蛇の尽影と、人型の尽影が二体――その中には、御厨を刺した者もいる。そして――。


「……加藤、いや、尽影、“歌姫”っ……!」


 一番奥に陣取るは、漆黒の姿をしつつも、漆黒の黒髪をたなびかせる一体の尽影。

 俺の友人であり、。俺の敵になったそいつ。


「加藤!」


 俺は大声で呼びかける。歌姫は、俺の声が聞こえたのか、小首を傾げて返す。


 尽影に表情などないけれど、今、歌姫は笑っているような気がした。


 その笑みは、嘲笑か、侮蔑の笑みか、あるいは歓喜か。わからない。


 そんなことは今、どうだっていい。ただ、戦う。それしかない。


「さて、行きますよ」

 水無川がぽつりとそう言い、空中に血液の足場を展開する。


 水無川はそれを天地逆の態勢から、地上に向かって蹴る。水無川は地上に向かって猛加速し、人型の尽影二体の前に着地した。


 両手刃の尽影が、刃を煌めかせ水無川に斬りかかる。水無川は挟み込むように繰り出された斬撃を、その場で跳躍し、身を捻らせて回避した。


「遅いですね」

 水無川は回避しつつ紅の刃を煌めかせ、両手刃を残らず切断した。支えを失った黒い刃が、回転しながら夜を跳び、とすっ、という音を鳴らして地に突き刺さる。


 水無川は落下しつつ、その尽影の首を切り飛ばす。一体、始末完了。


 水無川が地上に向けて突撃してから、恐らく数秒と経過していない、電光石火の早業である。圧巻の一言しかない。


 着地した水無川は、俺に視線を向けて目を細める。それはまるで、『先輩、後ろ頼みますよ』と言っているように、俺には思えた。


 俺は水無川の近くへ猛スピードで突っ込み、水無川を襲おうとしたもう一体の人型尽影による攻撃を防御した。


 この人型尽影は、右腕が槍のように尖っており、長い。

 槍使い、と名付けた。


 俺は槍使いの槍を腕で払い、そのまま懐に潜る。左拳を握り、槍使いの顎を殴り飛ばす。

 槍使いがふらつく。そこを右手で狩ってやろうと思ったが――。


「……蛇っ!」

 蛇の尽影の、両腕の双頭による攻撃が俺を待っていた。俺は迷わず地面を蹴って後退する。蛇の双頭が、宙を噛んだ。


 槍使いは態勢を立て直し、退く俺に追撃を加えようとする。


「ちょっと調子に乗りすぎですよ」

 水無川の声がしたと思ったら、赤い壁が目の前に展開した。槍使いの槍は、水無川の壁に阻まれて止まっている。


「水無川っ! すまん!」

「これくらいお安いご用です。さて、これはサービスですよ」

 水無川は壁を乗り越え、槍使いの頭に紅の刃を突き立てる。槍使いががたりと倒れて、黒い液体と化した。


 水無川は、この一瞬で二体の尽影を即座に倒した。わかっていたことだが、水無川は尋常じゃなく強い。


 この強さの源は、一体何なのだろうか? そんな疑問すら覚えてしまうほどに、笑ってしまうほどに強い。


 水無川はそのまま蛇と相対する。俺も態勢を立て直し、蛇に立ち向かう。


 蛇はこの前に受けた負傷を完治させ、万全の状態であった。


 誰かに治療されたとしか思えない回復具合。……俺は、それに心当たりがある。

 御厨の能力であった。


「……返して貰うぞ」

 俺は思わずそう呟きを漏らし、蛇に突撃する。水無川も俺の動きに協同して、行動を開始した。

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