第十五話 水無川鈴音 前半

 紅の刃が、俺の目の前で踊る。


 その迅速さは目にも止まらず。閃光の如きそれを、俺は紙一重で受け止め、躱し続ける。


「防御ばっかりじゃ勝てませんよ?」

 終いには、余裕たっぷりにこんな挑発をしてくる始末。


「うるっせえ!」

 俺は力任せに右腕を振るうも、水無川はそれを悠々と躱す。


 右にステップをして爪を回避した水無川を、俺は裏拳で攻撃する。水無川はその拳が掠るほどの距離まで接近し、それを回避し、俺の拳の上に乗る。


「わっ、おっきいですねっ♪」

 水無川が俺の拳から、腕を駆ける。そのまま俺の肩に乗った水無川は、宙返りをしながら俺の肩を降りつつ、左手ではなく右手で俺の首筋をぺちりと叩いた。


「はい今先輩死にましたー」

「うるせえ、斬られてない限り、死んだことにはならねえ……よっ!」

 俺は拳を空中の水無川に繰り出す。


「わっ、あきらめの悪い」


 水無川は瓶から血液を放出し、それを空中で硬化させる。俺の拳はその壁に阻まれ、水無川は着地して即座に足払いを繰り出す。


 俺はそれをバックステップで回避し、拳をもう一度握り直す。


 水無川は血液を回収し、紅の刃を構える。


 双方、突撃。


 漆黒の拳と、紅の鋭刃が、同時に繰り出される。


 黒と紅が交差する。弾く。もう一度繰り出す。黒が押される。


 たとえ同時でも、彼我の得物の差がある。そして、彼我の実力の差がある。


 得物の軽さも速さも、そして力も、圧倒的に水無川が有利だ。


 交わす、弾く、繰り出す、躱す、交わす、弾く。


 俺の拳は届かない。水無川の刃は、俺にどんどん接近している。


 このままでは負ける。そう思った俺は、乾坤一擲の賭けに出る。


 水無川が横薙ぎに繰り出した刃を、大きくバックステップをして回避。


 後ろに移動する俺を、水無川が追撃する。俺は拳をぐっと握り、渾身の力で裏拳を繰り出し地面を殴り飛ばす。


 そして、その反動で、腕を弾かせて速度を乗せ、爪を展開し、水無川を狙う。


「わっ」

 一瞬、水無川が驚く。しかしその直後、水無川は実に楽しそうに笑った。


 水無川が、体を捩る。体を反らせる。その動きはとてもしなやかで、まるで野性の獣だ。


 水無川は俺の爪と爪の間を、まるで高飛びの棒をくぐるかのようにすり抜ける。


 あまりのことに、世界が遅緩する。俺は呆然としながらも、双眸は水無川に引き寄せられる。


 水無川は俺の爪をくぐり抜けてすぐ、体を丸めながら、瓶から血液を放出させて円盤状の足場とする。


 地面からほとんど垂直の方向に固定されたそれに、水無川が着地する。

 そして、水無川がそれを、蹴り横に跳ぶ。


 水無川は、左手に持った刃を振りかぶって、俺の方に飛来した。


 俺は攻撃を放った直後で、隙が出来ている。腕の防御は間に合わない。前後左右、どちらに飛んでも、おそらく捉えられる。


 そして――。


「はい、私の勝ちです」

 水無川の刃が、俺の首筋に触れていた。


「…………ああ、負けたよ、俺の負けだ」

 俺は諦めたような笑みを浮かべながら、小さく息を吐いた。

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