第十四話 再会 前半

 もう何もしたくなかった。


 俺はただ、寝ていたかった。


 何のための戦いだ。何のための犠牲だ。


 御厨は何のために死んだ。


 そして、加藤。

 お前があの日かけてくれた言葉は、何だったんだ?


 お前が尽影で、人に仇なす怪物ならば、なぜ俺に近づいた。


 俺はお前を、どうすればいい?


 お前は俺を、どうするつもりだ?


 失望と混乱がひたすらに渦巻く。自室の空気が、今日はやけに重たく感じられた。


 雨がぽつぽつと、地面を叩く音が聞こえてくる。その音は次第に強くなり、やがて土砂降りに。ああ、この気分にはおあつらえ向きな天気だな、と思う。


 そんなとき、ぴんぽーん、とインターホンの音が鳴る。その音に、俺はびくりと体を震わせた。


 体を起き上がらせて、インターホンの画面を見る。そこには田中がいる。


「……なんだ、田中か」

『なんだとはなんだ。このサボり魔め』

「あはは、サボり魔なあ」


 言われてみればその通りで、反論する気もないのだが、一応俺にも事情というものがあるのを斟酌して欲しい。


「で、どうしたの?」

『いや、なんか元気なさそうだったから、差し入れに来たよ』


「……そうか」

 田中の無邪気な発言が、俺の心にすっと入り込む。傷の痛みを、少し和らげてくれる。俺は小学生以来の友人に感謝しつつ、玄関に向かった。


「…………なんだ、これ」

 玄関まであと数メートルというところで、俺は強烈な感覚により、足を止める。


 それは一言で言えば異物感。現実と現実の間に、何かが強引に入り込んだような、そんな気がする。


 その異物感は、圧倒的なプレッシャーにも似ていた。全身の血が、逆流し、渦巻く。


 俺は息を殺し、ドアスコープから外を見る。


 田中がいる。そして。


 加藤が、いた。


 加藤は俺の視線に気づいたのか、ドアの方を見て、柔らかく笑う。


 それは何度も見た加藤の笑みであった。けれど今、その笑みは、まるで借り物のように思えた。


 獲物を喰らうための擬態、加藤の正体を見た俺は、そうとしか思えなかった。


 血の気が引く。


 どうして加藤がここに? ああ、田中が連れてきたのか。


 加藤は田中を食べないのか? どうしてだ? 利用するため?


 というか、これからどうすればいい? 俺は加藤を自室に入れるのか?


 御厨の死の光景が、脳裏にフラッシュバックする。


 加藤は、俺を喰いに来たのではないか? そう考えると、ぞっとした。


「田中っ!」

「な、なに⁉」


「今日は早く帰ってくれ! 今すぐ! 暗くなる前に!」

「は? な、なんでよ?」


 田中の疑問に答えを返すこともなく、俺は玄関先に置いてある靴をつかみ取り、自室のリビングへと走りながら履き、そして。


 窓を荒々しく開き、豪雨の中へと飛び出した。

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