第十二話 仇敵 後半

 最初はレンタルビデオ店に行くつもりであった。

 けれど、気分になれない。


 気がつけば、俺は電車に乗り込み、とある場所に向かっていた。

 駅を降りて、しばらく歩く。


 駅を離れれば離れるほど、人通りがどんどん少なくなっていく。


 虫の音や、風の音ばかりが耳に聞こえる。人の話す声も、足音も、聞こえない。


 ただ、自分の歩みばかりが、耳に届く。


 到着する。


 俺が向かっていた先は、公園。


 俺は、御厨が死んだ場所にやってきていた。


 何の意味もない行為だということは、わかっている。けれど、自分の足が、どうしてか知らないが、ここに向かっていたのだ。


 昨日の戦いがあった場所。そこは、あれほどの激戦があったにも関わらず、何事もなかったように、平然としている。


 抉れた地面は、平らになっていた。俺が爪を突き立てたあとも、今は残っていない。


 俺たちの戦いは、どこにも残らない。御厨は死んだわけだが、遺体が発見されない上に、国尽対の性質上、行方不明という扱いになるだろう。


 そして、いつの日か、尽影の繭として現れる。


 理解していたが、それにしても、と思う。


 俺たちの扱いは、実に悪い。死んでも、名誉も何もない。最初から、無かったものとして扱われる。


 何のために戦い、何のために死ぬのか、という疑問を浮かべざるを得ない。


 御厨は、死んだ。


 何のために尽影との戦いに身を投じ、そして尽影に屠られたのだろうか。国尽対のメンツ以外は、御厨の戦いを知らないし、知るよしもない。


 御厨の柔らかい笑みを思い出す。御厨がかけてくれた言葉を思い出す。


 少なくとも俺の知る限り、御厨は善人だった。国尽対の中で、俺に優しく接してくれた人だった。


 御厨はこの影の戦いに身を投じなかったら、どのような人生を送れたのだろうか。


 少なくとも、俺のような“なり損ない”とは違い、御厨は一人の人間として幸せな生を謳歌出来ただろう。


 今さらいくら考えたところで、どうしようもないのはわかっている。

 けれど。


「……………………すいません、でした」

 俺は、ただ御厨に詫びたかった。


 俺がもう少し強ければ、なんて青い後悔をしてしまうほどに、俺は御厨に恩義を感じていたのだな、とこの状況になって気づく。


 俺は実に馬鹿だった。


                  ○


「…………あれは」

 帰ろうとして、闇夜にうごめく大きな影を俺の双眸は捉える。


 見まごうはずはない。あれは、“蛇”だ。


 仇敵の姿に、俺は緊張する。


 二日連続、あいつはこの一帯にいる。どうやら、この周辺をねぐらにしているらしい。


 俺は能力を起動させ、ゆっくりとあいつに近づく。


 隙があれば、一撃で屠ってやるという意思を込めて。


 敵は手負いだ。不可能ではあるまい。

 そう思い、接近する。


 そして俺は、思わず足を止めた。

「…………あれは」


 人影が、そこにはあった。


 尽影ではない。なぜならば、黒一色ではなく、色彩豊かな姿だからだ。


 まさか獲物か。そう思い、飛び出しそうになるも、ここで俺は一つおかしなことに気づく。


 尽影たちは、まるでその人影を守るように侍っている。


 あれがひょっとして『人の姿をした尽影』なのだろうか。


 そして、ここ一帯の群れの主は、ひょっとして蛇ではなく、あの尽影なのだろうか。


 疑問は尽きない。確かめるために、俺は接近する。


 その人影は真っ黒な長髪を持っていた。月光に照らされる手足は真っ白で、おそらく美人なのだろう、と思った。


 そこで、その人影が俺の方を見る。俺は思わず茂みに隠れるように身をかがめて、立ち止まる。


 その尽影の顔を見た瞬間、俺は思考停止し、固まる。


「……………………嘘、だろ」

 俺はその人影に見覚えがあった。鮮明に、強烈に。


「……………………何でお前がここにいるんだよ」


 数日前のことを思い出す。


 あの笑顔は、なんだったんだ。あの言葉は、どういう意図で言ったんだ。

 教えてくれ。


「加藤……」

 加藤が、まさしく加藤の姿をした何かが、俺の視線の先にいた。


 あれは人か、尽影か。確かめようとする。


 加藤の背中から、黒い瘴気が漏れ出たと思ったら、それは加藤を包み込む。


 瞬く間に、加藤は真っ黒な姿となった。尽影、それは間違いない。


 そしてその尽影は、あの日、群れの一番奥にいて、音波攻撃を放った尽影であった。


 加藤は、真っ黒な姿のまま、家臣のように傅く周囲の尽影たちに、手をさしのべる。


 するとどうだろうか。蛇の傷は癒え、切り落とした首がまた伸びてきた。他の尽影も同様、傷ついた箇所が癒えている。


 回復能力。俺は、あの能力に救われたことがある。


「……………………御厨さんのだ」

 おそらく、加藤は御厨を食べ、その能力を吸収したのだろう。


 頭の中は混乱している。


 加藤がどうして尽影になっているのか。いつから尽影なのか。御厨の能力をコピーしたのは、どこからどこまでなのだろうか。


 そして――。


 俺はこいつらに勝てるのだろうか。


 ひたすらに息を殺し、尽影の群れが去るのを待つ。

 やがて彼らはここから立ち去り、俺は強い無力感の中、深く息を吐き出すのだった。

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