第十二話 仇敵 前半

 携帯の着信音で目が覚めた。

 アラーム、ではない。


 滅多に来ない着信。田中からだった。


「……もしもし」

『おっ、サボり魔出てきた』


「……切るぞ」

『いやいやいや、ちょっと待ってってば!』


「……どうしたんだよ」

『いや、今日さ、サトコも山瀬も休みで、ヒマなんだよ~』


「お前コミュ強なんだから、他のやつらとつるめばいいじゃないか」

『あのね、グループのメンツが休んでるから、その日だけ他のグループに入れて、なんてこと、さすがに私でもできんよ』


「……そんなもんか」

『そんなものです。根暗でぼっちな山瀬君にはわからないかもしれませんが』


「……切っていいか」

『嘘! 冗談だってば!』

 電話越しに、田中の慌てた様子が目に浮かぶようで、俺は微かに笑みを浮かべる。


『とりま、昼休み中だけでも電話付き合ってよ』

「……昼休み?」


 スマートフォンを一度耳元から離し、現在時刻を確認すると、画面には十二時二十分、と表示されていた。昼休みの時間だ。


『頼むよ~。ぼっちで寂しいんだって』

「……しかたないな……」

 俺はスマートフォンのスピーカーフォンをオンにし、ベッドに転がしておいた。


『しかしアレだね山瀬、よくこんな状況でいつも耐えられるね』

「……それは褒めてるのかけなしてるのか」


『受け手の心の綺麗さ加減によりますね』

「じゃあ貶してるってカウントするわ」


『わーお、ダーティーマインド』

「怪しい英語を使うな」

 俺がそう突っ込むと、田中は小さく笑い声をあげた。


「それに、最近はそこまででもねえよ」

『最近は? ……あ、もしかして私たち』

 見てる相手もいないのに、俺は頷いてしまう。


「……まあ、そういうことだ」

『あらま、殊勝な態度を取れるようになったんだね』

「……………………その上から目線、気に入らないなあ……」

 俺はそう漏らすも、内心は別段不愉快ではない。


『そういえばさ』

 と田中が話を切り出す。


「どうした」

『映画のあと、サトコとどうだったの?』

「どうだったって……」

 あの日のことを思い出す。――告白、それが脳裏に大きく浮かんだ。


「まあ、色々と……色々とあったよ。うん」

『色々、ねえ……』

 田中は含意のありそうな言葉を返す。おそらく、田中は今頃ほくそ笑んでいるのだろう。


「加藤から聞いてないのか?」

『んー、何が?』


「…………色々、だ」

 田中は本当に知らないのか、それとも、知っていて俺をおちょくっているのか、どちらなのだろうか。


『まあいいや。……楽しかった?』

 そう問われた俺は、あの日起こった一連のことを思い出し、田中に返す。


「ああ、楽しかったよ。それは、間違いない」

『そっか、ならよかった』

 田中がそう言った直後、予鈴の音が聞こえてくる。


『あ、そろそろ戻らなきゃ』

「……戻るって、教室にいるんじゃないのか?」

『いいや違うよ。屋上でソロ飯してる。いや、電話飯?』

「そこはどうでもいいだろ」

『えへへ、違いないね。ま、とりあえず楽しかったよ山瀬、あんがと』

「……別に構わない。気にすんな」


『どうも。あ、最後に一つ』

 田中はそう言って、小さく息を吸う。


『サトコのこと、よろしく』

 そう言って、電話は切れた。


「…………知ってるだろ、お前」

 誰に聞こえるわけでもない言葉を、俺はぽつりと漏らす。


 っていうか、よろしくって、お前はお父さんか。

 そんなことを思ったりもした。


                  ○


 三度、目覚める。

 部屋の中は真っ暗になっていた。どうして? と一瞬思うも、その答えは簡単だ。


 夜、だからだ。


 現在時刻を確認する。午後十時過ぎ。……目を疑った。


 やはり疲れていたのだろうか、と思うも、それにしても眠り過ぎである。


 睡眠は記憶を整理してくれるという。…………御厨の最期も、ほんの少しであるが、その細部がおぼろげに成りつつあった。


 それは良いことなのか、悪いことなのかわからないけれど、生きていくということは、そういうことなのかもしれない。


 さすがに、今から四度寝は、目が覚めていて出来そうにない。

 俺は服を着替えて、夜の街に出ることにした。

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