第十一話 転換点 3

 ぬるり、という擬音を付属させたくなるような、そんな動きで巨大な蛇が接近する。


 氷の矢がその尽影に放たれるも、その尽影は完全に見切っているような動きで、それを悠々と回避する。


「御厨ちゃん! 拘束!」

「や、やってます! けど……、効いてる? 効いててこれ⁉」


 そんなやりとりを廣田と御厨がやっている最中にも、蛇型の尽影は接近している。

 ここで蛇に俺と廣田のラインを割られ、後方待機チームに突っ込まれると、作戦の全てが瓦解する。


「出ます!」

「山瀬くん、頼んだ!」

 俺は咄嗟の判断で、武器を構えて蛇型の尽影へと突っ込む。


 蛇型の尽影は、蛇の下半身に人間の上半身を持つ。


 人間の、といっても全くの異形である。両手は蛇の頭と化しており、首から上は蛇の頭がにょろりと二つ伸びている。


「四股の大蛇、ヨマタノオロチってか?」

 なんて俺は軽口を言うが、明らかに手数系の敵なので、相性が悪いことはわかっている。


「っだらああああああああああああああああああああああああ!」

 拳を握り、突撃。二本の頭が、俺に食らいつこうとする。一個目は体をひねって回避し、二個目は地面を蹴って横っ飛びになり、回避。


 俺はそのまま右手を地面に突き立て、抉るように腕を弾かせる。


 宙に浮く。眼下には、蛇型の尽影。

 俺は、右手の爪を展開させて、切り裂こうとする。


 だが、蛇型の尽影は、俺の右側へと体をよじらせて攻撃を回避し、そして――。

 二対の頭を繰り出す。一つは避けたものの、右肩口に牙が突き立ち、激痛が神経を駆け巡る。


「山瀬くん!」

 廣田の大剣が豪風を纏いつつ、蛇型の尽影を切り裂こうとする。尽影は判断素早く俺を放すと、そのまま後方へと退いた。


「大丈夫か!」

「……まあ、なんとか」


 痛いことは痛いし、血も普通に流れているが、毒などの類はなさそうだった。

 蛇型の尽影と俺たちが戦っている間に、雑魚は二組になって左右に展開していた。


「右方の敵は放置、左方に集中。仲田!」


 氷川がそう言うと、今まで待機していた仲田が茂みから飛び出し、雑魚尽影の横面を殴り飛ばす。残った一体の尽影に氷の矢が突き立ち、以下略。


 とりあえず、雑魚はあの三人組任せるとして、俺と廣田は――。


「山瀬くん、こいつとりあえず止めるぞ」

「了解」

 俺と廣田は左右に展開し、蛇型の尽影と相対する。


 尽影は俺たちの中央に移動し、俺たちを待ち構える。その意気やよし。


 とはいえ、先ほどのように突っ込んでも、尽影に迎撃されるであろう。


 そう考えた俺は、小細工を弄する。


 地面に爪を突き立て、一気にすくい上げる。

 砂塵と石礫が巻き上がり、尽影に向かって飛んでいく。


 俺の右腕は、それなりに剛力だ。それで飛ばした礫は、それなりの威力がある。


 蛇型の尽影はとぐろを巻いてそれを防御する。


 が、俺の本当の狙いは別にある。


 砂煙に紛れて、突っ込む。


 相手もそれは察知していたらしく、迎撃に二対の腕を繰り出す。


 俺は前に跳び、地面に腕を突き立て、さらにもう一度腕の力で飛び宙返りする。


 頭上を蛇の頭二つが通り過ぎていくのがわかった。


 俺は蛇の足元に着地する。見上げると、二つの頭、四つの瞳が俺を睥睨している。


 そして、おそらく俺の後方からは左右の腕から伸びた頭が俺を追って来ているだろう。


「廣田さん!」

「応よ!」


 俺が廣田を呼ぶと、廣田は蛇の後方から横薙ぎに大剣を繰り出す。蛇は体を伏せつつ、俺に食らいつこうとする。防御と攻撃を、一手に繰り出したわけだ。


 瞬間、俺はこの敵に一撃を与える術を思いつく。


 俺は後方へと一気に倒れ込み、そのまま右手の拳を握る。

 再び、腕の方の頭が俺を掠める。今度は文字通り目鼻の先であった。


 俺はその一瞬に肝を冷やしながらも、自身の選択が間違っていないことを確信する。

 右拳の甲で、地面を殴る。


 体が跳ね起きる。


 地面を殴った反動を保ったまま、俺は右拳を繰り出す。


 俺が放った拳は、蛇の胴体にクリーンヒットした。ばきばき、めちゃめちゃ、と何かが折れて潰れる音が耳の裏に響く。


 蛇は体をくの字にして吹っ飛んでいき、大木に当たって止まった。


 俺と廣田は、ここが好機と言わんばかりに突っ込む。


 蛇が体勢を立て直し、今度は尾を大きく横に振って攻撃を繰り出す。


 大質量の尾をなんとか避けると、今度は蛇が俺たちに向かって突っ込んできた。


 蛇の後方には、一体の尽影が立っている。先ほどからずっと、何もしていない尽影。


 俺はその尽影を見て、何か奇妙なものを感じるが、それよりもまずはこの蛇への対処が肝要だ。


 蛇が四つの頭を二組に分けて、俺たちに繰り出す。俺と廣田は左右に展開して回避し、俺はそのまま爪を繰り出して蛇の頭を切り飛ばした。


「おっ、コーヨー君やるな! これは俺も負けてられ……」

 廣田が大剣を振りかぶり、振り下ろそうとする。間違いなく蛇の頭を切り捨てるであろうといった状況。


 そこで、その異変は起こった。


「―――――――――――ッ!」


 先ほどまで何もしていなかった尽影が、突如口を開き、声を発する。

 それは声と言っていいのかわからないほどに、甲高く、大きく、そして耳障りだった。


 俺は慌てて耳をふさぐ。廣田は――。


 廣田は、俺よりもその尽影に近い場所にいた。その廣田は今、ぐらり、と地面に向かって倒れつつある。


 何があったのか、と思って見ると、廣田の耳から血が流れ出していた。


 耳をやられたのか。いや、気絶している!

 そう判断した俺は、廣田を救援すべく走る。


 けれど、距離が遠い。廣田に、蛇の頭が襲いかかる。これは不味い……!


 俺の全身から汗が噴き出した瞬間、気絶している廣田がふわりと浮いて飛ぶ。蛇の大牙が廣田を掠めるも、廣田は無傷だ。


 こんな真似が出来るのは、一人しかいない。御厨だ。


 俺は御厨に続くべく、廣田の下に向かい、大牙の二撃目を受け止め、蛇を殴り飛ばした。


 蛇と距離を取ることに成功した俺は、戦況を分析する。


 主力である廣田が負傷した今、国尽対チームの戦力は激減しているだろう。作戦は瓦解したと考えて良い。


 となると、取るべき手段は撤退。


 廣田を救出したあと、氷川と御厨に渡す。その後、俺と仲田が殿を務めつつ、氷川と御厨に廣田を運んでもらうのが一番だ。


 俺が今やるべきは、この場に留まり、撤退の支援をすることだろう。


 まずは、目の前にいる尽影と戦うしかない。苦しい戦いになるだろうが、覚悟を決めろ。


「御厨さんっ! もう大丈夫ですから!」


 俺はそう言って、背後を見る。


 そして。


「…………は?」


 俺は、言葉を失った。


 御厨が俺の目に映っている。


 そしてその御厨の胸には、尽影の歪な刃が突き刺さっていた。


 尽影が刃を抜き、御厨が口から血を吐き出し、地面に崩れる。


「…………っ」

 御厨はうつ伏せのまま何かを言おうとしているようだが、聞き取れない。俺は落ちて転がった廣田を担ぎ、御厨たちの下へと向かう。


 戦線はここに崩壊した。俺と廣田が退いたことにより、蛇が突っ込んでくる。仲田が残る尽影を押さえているうちに、氷川が蛇に一矢与え、足止めさせる。


「……御厨さんッ!」

 思わず、声が大きくなってしまう。


「……山瀬、くん。ありがと、廣田さん……を」

 御厨はその胸を、その口元を、彼女の生命の源たる血で真っ赤に染めて、微笑む。


「もう、いいですから! 今から治療しますから!」

 あの日、水無川が俺にやってくれたように。そう思い、俺は自身の腕を爪で切り裂き血を吹き出させる。赤い飛沫が、御厨に降りかかる。


 だが。


「……御厨さん?」

 御厨は動くことなく、そこに倒れていた。


 いや、まさか。そう思った俺は御厨を仰向けにし、脈拍を確認する。呼吸を確認する。その二つとも、止まっている。

 御厨の下には、真っ赤な池が広がっていた。


「……………………嘘だろ」


 瞬間、静謐が、この戦場を包んだような気がした。


 一切が、御厨の死を俺に教えていた。御厨を抱える俺の黒に、御厨から漏れ出した赤が静かに流れ落ちている。熱を孕んだ赤い池が、冷たい地面と同化していく。


 馬鹿な、と思っていると、後頭部を何者かに思い切り強打され、吹き飛ぶ。土が口の中に入り、歯を食いしばるとざりっ、という音がした。叩かれたときの感触から、大蛇が俺に復讐をしたのだろうと察した。


「山瀬! 撤退するよ!」

 氷川がそう言ったあと、歯を食いしばって氷の矢を連射し壁を貼る。無論、その壁はすぐに壊されるだろう。


「山瀬! 廣田を担いでついてこい!」

 一足先に撤退を開始した仲田が、そう言って走り去る。


「……いや、御厨さんが! 御厨さんがまだ!」

 俺は地面に転がっている、御厨だったものを一瞥し、彼らに言う。


「無理だから! 置いていく!」

 氷川はそう言い放ち、氷の矢を再び発し、さらに撤退。


 氷川の判断は、冷静で的確。この場においては、全くもって正しい。

 俺はその判断を受け入れたくないという感情の熱に酔いつつも、それを受け入れる。

 受け入れなければ、更に死ぬ。


「……………………そんな。……まだ、早すぎるでしょう」

 俺は御厨の骸を見ながら、ぽつりと漏らす。直後、氷の壁が崩壊し、尽影たちが湧き出てくる。


 俺は背中を向け、廣田を担いで走り去る。御厨を、ただそこに置いて。


 しばらく走る。尽影が追ってくる気配はない。


 背後を、見る。


 いくつかの黒が、肉に群がっていた。


                  ○


 帰りのバンはひたすらに静かだった。


 誰もが、俺も含めひたすらに黙っていた。


 タイヤがアスファルトを蹴り、時折跳ねる音が、ただ耳に残る。


 俺はただ、あのとき何か出来なかったかを考える。考えても何一つ名案は浮かばないのだが、それで済ませてしまうのは、まるで言い訳をしているようで嫌だった。


 国尽対に帰ると、東条が出迎えてくれた。事情を知っているらしい東条は、俺たちへのフォローを入れたあと、御厨へ追悼の意を述べていた。


 それで、解散。数日は休みになった。


 後日、ミーティングでチームの立て直しを図るという話をしていたような気がするが、どうにも聞き流してしまう。


 夜が明けて、朝が来る。


「…………今日は学校いいか」


 聞き慣れた目覚まし時計の音で目を覚ました俺は、枕に顔を埋めて二度寝をする態勢に入る。


 昨日の今日、知り合いが尽影に喰われたというショックは、癒えていない。


 たとえ異形の腕を持っていたとしても、俺は無力に近くて。


 世話になった人を守れなかった俺は、ただ、無力に呻く。

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