第十一話 転換点 2
昼の世界はひたすらに長閑で、夜の世界はひたすらに殺伐としている。
今日も今日とて、俺は戦いに身を投じていた。
今日の相手は、蛇型の尽影を中心とする群れ。総数はおそらく十匹程度であろうか。
「山瀬くん、よく押さえてくれた、B地点まで退くぞ!」
「了解!」
廣田の指示に従う。あの日以来、廣田とはあまり口をきかなくなっていたが、それでも戦いとなると、二人とも命が懸かっているため、ちゃんと連携はしている。
今日の作戦は、俺と廣田が尽影の群れを攻撃し、その後撤退。
待ち受けている氷川、御厨が遠距離攻撃で俺たちを支援し尽影の足を止めたところで、仲田を加えた近接組三人で反攻に出るという作戦だった。
今のところ、作戦は順調。奇襲で尽影を二体潰し、撤退中に三体は潰した。残りは半分。
蛇型の尽影は、少し警戒心が強いのか、雑魚に追撃を先行させ、自分は状況を見つつ進撃するという強かさを持っている。厄介そうだな、と俺は感じていた。
B地点まで戦いつつ、退くのはそれなりに骨が折れる。一言に尽影といっても、各々で個性というか、特徴があるのだ。遅いやつもいれば、速いやつもいる。
俺の能力はその特性上、一発の攻撃力はそれなりにあるのだが、小回りが利かないという難点がある。
故に、手数で押してくるタイプの尽影は苦手なのだ……そう、今俺が戦っている尽影のように。
俺の目の前にいるのは、人型の尽影であった。人としての原型を残している上に、サイズもそこまで大きくないので、雑魚なのだろう。
けれど、両手が刃のように鋭く、それを用いて連撃を放ってくる。俺は防御が間に合わず、何度か間一髪でその攻撃を避けている始末だった。
仲田のような得物だと、この手の相手は楽なのだろうな、と隣の芝は青く見える状態でそんなことを考えたりする。
ちなみに、廣田の得物も俺と同様、小回りが利かない。とはいえ、廣田は衝撃波を発散できるので、接近されてもそれで吹き飛ばし、間合いを取り直すことができるが。
刃が頬を掠める。冷や汗が吹き出て、口角を思わずつり上げる。
何度も経験している夜に、何度も感じるそれの存在。
死。
たった今、俺は死と隣り合わせだった。
再び刃を避ける。慌てて距離を取り、撤退する。
俺がここで死んだら、俺を知っている人はどう思うのだろうか。
廣田はほくそ笑みそうな気がする。氷川と仲田は、特に何も無さそうだ。
御厨は……たぶん、悲しんでくれる。
田中は、おそらく落ち込んでくれるような気がする。ちょっとしたら、明るく振る舞うのだろうけれど。
加藤は……加藤はどうだろうか。
俺がここで消えたら、加藤の心に何か傷跡が残るだろうか。
ああ、とここで俺は気づく。
この期に及んでそんなことを考えているということは、俺の中で加藤の存在が大きくなっているというわけで。
「……告白、オッケーするか」
ぽつりと、そんな言葉が漏れる。直後、敵の攻撃が俺の腹を掠めた。あと数センチ深く踏み込まれていたら、たぶん死んでいただろうな。
俺はあの雨の日から、何度死にかけているのだろうか。
感覚が次第に鈍磨しているのか、それともあの雨の日が鮮烈だったのか。
あの日のことだけは、よく覚えている。
そういえば、水無川は、俺が死んだらどう思うのだろうか。
たぶん、小さく笑って「あらら、死んじゃったんですか」ぐらいの軽さで流しそうな気がする。
その軽さに、俺は得も言われない共感を、心のどこかで覚えていた。
たぶん。いやきっと。
俺と水無川は同種の人間のように思えた。
あいつは話さないけれど、この影の戦いに敢えて一人で身を投じるということは、あいつにも何かがあるのだろう。
刃を避ける。返す刃を受け止める。
俺の命を断ち切ろうとする敵に、反撃の拳を喰らわせる。尽影は後方へと吹っ飛んでいき、俺は退却を続行する。
○
地点Bに到着する。俺と廣田は振り返って武器を構え、追撃してくる尽影を待つ。
そして、奴らは現れた。
遠目でも巨大だとわかる、蛇型の尽影。その足元には、四体の尽影が付き従うように歩いている。
「#########################!」
蛇型の尽影が、叫ぶ。それはきっと命令だったのだろう。四体の尽影が俺たちめがけて突っ込んできた。
廣田は武器を構え彼らを待ち受け、そして。
「今だっ!」
と叫ぶ。
瞬間、氷の一矢が超高速で俺たちの横を掠め、尽影の群れへと突っ込む。
氷の矢は、先ほど俺が戦っていた両手刃の尽影に突き刺さり、尽影を凍らせる。
直後、その尽影は宙を浮き、まるで絞られたぞうきんのように体をひねらせ、割れた。御厨だ。
氷の矢はもう一体の尽影を射貫き、そしてその尽影も、同様に割られる。
残り、三体。もう一体、と行きたいところで、蛇型の尽影が動いた。
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