第十一話 転換点 1

 一夜明け、日曜の昼前。


 俺は常の如く国尽対に出て、トレーニングをしていた。


 昨日の帰り際、加藤が言った言葉が、頭の中で勝手にリフレインされる。


 俺はどうするべきなのだろうか、と今も迷っていた。


 ダンベルを置いて、水が入ったボトルを手に取る。そのとき、何やら濃い視線に、俺は気づいた。


「…………どうしました?」

 御厨がじっと俺を見ている。


「……何かあった?」

 図星である。俺は目を丸くしたあと、首を横に振った。


「いやいや、そんなことないですって」

「……本当に?」


「……本当に。っていうか、どうしてそんなことを?」

「んー、普段と比べたら、なんていうか上の空って感じだったから。それに」


「それに?」

「昨日の夕方、女の子と一緒にいる君を見たよ」


「ぶふぉっ⁉」

 思わぬ御厨の一言に、俺は思わず水を噴き出してしまう。ついでに気管に入ってむせる。


「……ごほっ、ごほっ。……え、マジですか」

「うん。……なんていうか、真剣といいますか、ただならぬ雰囲気だったね」


「そ、そうですか? そんなことは……」

 俺がそう言って誤魔化そうとし、水を飲むと、御厨が言葉を重ねてくる。


「思うに告白?」

「ぶふぉっ⁉」

 はい図星です。ついでにむせました。二回目。


「当たっちゃったーっ」

 御厨は手を合わせ語尾に『☆』がつきそうな軽さで言う。


「…………クイズじゃないんですから」

「いやまあ、現場見て、で今の君見たら、だいたいはわかるよ」


「……そうですか……」

「まあ、私で良かったら悩み聞くよ? 一応年上だし」

「……そうですね」


 俺はしばし思案し、ゆっくりと口を開く。


 同級生に告白されたこと、尽影と戦っていることを相手は勿論知らないこと、そして、俺と相手は違う世界の住人のような気がしてならないこと。


 違う生き物のような気がする、とは言わなかった。


 御厨はそれらを黙って、時に首肯して聞いていた。

 そして、御厨が口を開く。


「……で、山瀬君はどうしたいの?」

「それが、わからないんです」


「なるほど。じゃあ、ここで二つの選択肢が取れるね。一つは、何も考えず告白をオッケーして、問題は後から考えること」


「……それ、すっごい雑では」

「そうだね、雑とも取れる。けど、当面は丸く収まる。で、もう一つは、告白を断ること」


「……本当に単純な二択ですね」

 俺が半ば呆れて言うと、御厨は微笑みを浮かべた。


「まあ、告白ってつまるところこの二種類しかないからね。で、結局は君自身が決めることなんだ。どうしたいかって」


「……どうしたいか、か」

 俺は自身の心に問う。けれど、その答えは返ってこない。


「多分、まだ見極められてないんじゃないかな……と」

「……そっか。じゃあ、見極められるまで、ゆっくり考えるといいよ」

 御厨はそう言って笑った。


「けどね」

 と御厨は続ける。


「私も好きな人いるんだけど、告白、まだ出来てないんだ」

「……そうなんですか」


「うん。やっぱり、勇気がいるんだよ。だから、踏み出せない。……その子はきっと、勇気をすっごい振り絞って、山瀬くんにそう言ってくれたんだと思う。……それだけは、覚えておいてあげて」


「……わかりました」

 淡々と、そして丁寧に語る御厨の言葉に、俺はただ頷くことしか出来なかった。

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