第九話 組織

「……水無川ぁ、てめえ、また俺たちの獲物を横取りにっ……」

 廣田が俺たちの近くにやってきたと思いきや、開口一番、そんなことを言い出した。


「横取り?」

「ああ、ムカつくぜ。……俺たちだけで狩れば、査定が上がるのによ」


 水無川が首を傾げ、廣田が嘆息する。俺はその話を横で聞きつつ、そんなシステムになっているということを、今更ながら知った。


 なんていうか、今の一言で廣田の人間としての器の程度がわかった。あと、中間管理職ポジションの悲哀も。


「それは残念でした……と言いたいところですが」

 水無川が悪戯っぽく笑い、俺を指さす。


「今回は私と、先輩の協同撃破ですから。横取り、ってわけじゃないですよ」

「……山瀬くん、そうなのか?」

「え、まあ、はい、たぶん」

 水無川の言うとおりかもしれないが、比重はたぶん、水無川が八あるいは九ぐらいあるだろう。


「そうか、ならまあ、最悪ってわけじゃねえが……、水無川」

 廣田が水無川に詰め寄る。


「お前、今更どんな面下げて、俺たちの前に現れた?」

「今更も何も、私はただ、獲物を狩りに来ただけですし」

 水無川はそう返し、「それに」と続ける。表情は微笑だが、目が笑っていない。


「私が来なかったら、壊滅とまではいかなくても、それなりの被害は出ていたんじゃないですか?」

「……………………」

 廣田は水無川を見下ろしながら、憎々しげに目を鋭くする。


「お礼なんて別に言われたくはないですけど、どちらかというと文句よりもお礼を言われる立場だと思うんですけど」

「…………知るか、お前が勝手に来ただけだろう」

「あら、そうですか。じゃあ、私はここで。それでは、ヘタレの指揮官どの」


 水無川は手をひらりと振って、廣田に背を向け、この場を去ろうとする。廣田は舌打ちをして、「撤収だ!」と荒々しく言った。


 さて、俺である。俺は水無川に窮地を救ってもらった恩がある。それも、今日だけじゃなくて、以前も含め、二回。

 そう思うと、足が動いていた。


「水無川っ!」

 黒いレインポンチョを目がけ走り、追いつく。


「あ、先輩、どうしたんですか?」

 水無川はレインポンチョのフードを脱ぐ。その首には、汗に濡れた髪が張り付いていた。


「いや、どうしたっていうか……その、何だ」

 俺は頭を下げる。


「助かった。今日もそうだし、この前のもそうだ」

「いいんですよ、別に。私がやりたくてやったことですし」

 水無川は笑って頭を振る。


「……それよりも先輩」

 水無川は微笑を浮かべ、俺に問う。


「そこ、居心地いいですか?」

「そこ? ……国尽対のことか?」

「まあ、そこもそうですけど。どうです?」


 そこも、ってことは他にも候補があるのだろうか。考えてみて思い浮かばなかったので、国尽対に限って話をすることにする。


「……どうだろうな」

「というと」

「正直、わからないよ」


 仲間だなんだ、と言われたが、果たしてそうだろうか。


 友情とか愛情とか、信頼とか親愛とか、そんな言葉をそっくりそのまま飲み込めるほど、俺の思考回路は素直に出来ていなかった。


 例えどれだけ深い関係であろうと、容易く破綻するのを、俺はよく知っている。


「居心地は、……悪くない。良くもないけど。ただ」

「ただ?」

 どこに居ても感じる、一つのことがある。


「……異物感がある」

「……なるほど。安心しました」


「安心?」

 水無川は髪をかき分け、妖艶な微笑を浮かべる。


「ええ。先輩が仲間だ友情だ、なんて盛り上がる人間なら……。助けた甲斐、ありませんから」

 軽やかに言う水無川だが、その奥底にはぞっとする冷たい何かが潜んでいる気がする。


「……それは、そのような人間がお嫌いであるとも捉えられますが」

「どうとでも。とにかく、先輩と私が、同じ色であることに、少し、安心しました。私の見る目は間違っていなかった」


「……なあ、俺と水無川って、あの橋が初対面……だよな?」

「そうですね。初対面、はそうです。でも、私はもうちょっと前から先輩のことを知ってましたよ」


「それは、学校で?」

「秘密です」

 水無川は右手の人差し指を立てて、口元に添い当てる。


「最後に一つ、先輩」

「どうした?」

「そこ、あまり長居しない方がいいですよ」


                   ○ 


 帰りのバンの空気は、実に悪かった。

 無理もない。リーダーの廣田がすこぶる不機嫌なのだ。


「……御厨ちゃん、どうしてもっと早く増援気づけなかったの」

「それは……その」

「索敵、って言ったじゃん。それできなかったからあんなことになったんじゃん」

「……すいません」


 車内は重苦しい空気に包まれる。仲田は窓の外を見つつ時折スマートフォンをいじり、氷川は退屈そうにあくびをしていた。


「それに、山瀬くんも」

「……俺ですか」


「ああ、君だ。御厨ちゃんを支援して戦線外れただろ。それでこっちの戦線崩れたじゃん」

「……はあ、でも、御厨さん、苦戦してそうだったので」


「大丈夫だって。少し耐えたら、俺たちが敵を倒して助けに行くつもりだったんだから。勝手に行動しないでくれる?」


 どこがだ。

 あのとき、御厨さんの相手はあの“アシナガグモ”、動きが早く、御厨さんの能力では捕捉するのは難しい、相性の悪い相手だ。


 それを考慮してないであろう発言に、いや考慮していたとしても、なんだこいつ、と思わざるを得ない物言いだった。腹が立つ。


「勝手に行動もクソも、指示、途中からなかったと思いますが」

「……何?」


 俺の反論に、廣田が顔を歪める。普段見せる快活な顔は、今この場において一切見えなかった。


「増援が来たあと、廣田さん、雑に指示出して自分はただ戦闘を続行してばかりじゃなかったですか。明らか、テンパった感じで」


「……山瀬君、それ以上は」

 御厨が俺を制止するが、それを聞く気は毛頭ない。


「…………舐めてるの、お前」

「さて、どうですかね。少なくとも、今のあなたは尊敬するに値しないと思っていますが」


 俺がそう言った直後、視界が激しく揺れ、頬から痛みが広がる。殴られたのだ、ということを理解した。


「……俺たちのやってることは、命の取り合いだ。戦場で上の人間の言うことを聞けないならば、こうやって聞かせるしかない」


 廣田がわかったような口をきく。俺はそれを聞きつつ、鼻からゆっくりと流れ落ちる血を拭いた。


                  ○


 国尽対に到着したあと、東条の二言三言の説教のあと、各自退散となった。


「……山瀬君、ごめんね」

「……いや、別に謝られることじゃないですし」

 俺が俺の意思でそうしただけのことだ。誰のためでもない。


 俺はあのとき、頭に来ていた。廣田という男が、人当たりが良く快活に見せかけて、その内側に秘める醜さや卑怯に、無性に腹を立てていたのだ。


 そりゃあ、わかる。あのとき、廣田が御厨にくどくどと説教のような文句を黙って聞いていた方が、殴られずに済んだし、目の敵にもされなかっただろうし。


 さらに言えば、俺の行動のせいで、御厨に対する風当たりを強くさせた感もあるし。

 考えれば考えるほど、愚策だったとは思うけれど。


 俺の言葉に、御厨は頭を振って返す。


「結果、私は君に助けられたから、いいの。謝られるのが嫌だったら、感謝させて」


 御厨はそう言って、俺の手を握る。御厨の手の熱が、否応なしに伝わってきて、普段とは違って俺は少し反応に困ってしまう。


「山瀬君、ありがとう」

「…………どう、いたしまして」

 俺は御厨から少し目を逸らし、ぺこりと頭を下げた。

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