第六話 温かい日常 後半
ホームルームが終わり、帰宅しようと――。
「山瀬」
したところ、田中に声をかけられた。すぐ隣には、加藤も立っている。
「何だ?」
「今日ヒマ?」
「…………そこまでヒマじゃないけど」
夜になったら国家尽影対策室に行かなきゃだし。
「そこまでってことは、ちょっとはヒマ?」
「まあ、うん。少しは時間あるけど」
「わかった。じゃあ、帰りに寄り道してこっか」
「この前みたいにカラオケか?」
俺がそう言うと、田中は首を横に振る。
「いや、今日は普通に寄り道。マクドとか行ってダラダラする」
「……ダラダラするなら、ここでも出来ないか?」
「まあ、ここでも良いけど……、それだといつもと変わりがないじゃん」
「……そんなものなのか?」
「うん、そんなものだよ」
田中は首肯して、にっと笑う。
「わかった。じゃあ、付き合うよ」
「さんきゅ。……アンタ、つきあい良くなった?」
「……かもな。じゃあ、行くか」
俺は荷物を持って立ち上がり、教室の外へと向かう。
「サトコ、ちょっと」
俺の後ろで、田中が加藤に何やら耳打ちをしていた。
○
俺たちは駅前のファストフード店に来ていた。
俺はハンバーガーのセットを、田中と加藤はシェイクを注文。俺に対し、「育ち盛りか」と田中が突っ込みを入れてきたが、無視しておいた。
「山瀬くんって、どんな映画を見るの?」
三人で雑談をしていると、加藤がそんなことを尋ねてくる。
「基本洋画かな。邦画も見るけど。どうして?」
「え、いや、ちょっと気になって」
「あー、なるほど……」
そう返したけれど、何がなるほどなのか、自分でも理解していない。
「アクション系とか多いよ。見ててスカッとするし」
とはいえ、最近はそこまででもないのだが。
どうしても見ている間、どうやってこの攻撃回避しようかとか、あの一撃痛そうとか、今の俺なら死んでるなとか、自身の戦いに結び付けて考えてしまうのだ。
「あ、そうなんだ。アクション系……アクション系か……」
加藤はそう言ってスマートフォンを操作し始める。加藤はそうしながら、「あ、これは知ってる」、「これは見たことある」、などと独りごちる。
「どうした?」
「あ、いや、えーと、そのー、わ、私も映画好きで!」
「え、そうなんだ」
同好の士が思わぬところにいた喜びで、思わず弾んだ声で反応してしまう。もっとも、加藤の口調は少し怪しいけれど。
「山瀬くん、このシリーズ見た?」
加藤がそう言ってスマートフォンを見せてくる。画面には、某有名アクション大作シリーズの画像があった。ヒーローが集まって巨悪に立ち向かう、という内容のものだ。
無論、俺はそれを見たことがある。何なら今のところシリーズ制覇している。
「観てるよ。加藤も?」
「あ、うん。私も、ちょっとね」
そう言って加藤はシリーズの中でも有名どころのタイトルを挙げる。
「えっと、ここら辺なら観たことがある」
本当に有名どころだけだな、と思いつつ俺は黙って加藤の話を聞く。
「確かこれ、今度最新作するんだよね?」
「あーするよ。けど……」
と俺はここで口ごもる。
シリーズものの宿命として、シリーズが長くなるにつれて展開が複雑になり、各作品を追わなければならない。
加藤が追えているのは、本当に触りの部分だけだ。……おそらく、地上波でやっているのを観たとかではなかろうか。
けれど、今度の作品はそれ以外の作品をも追わないと、面白さが充分に理解できないのではなかろうか、という懸念がある。
「けど?」
加藤が少し不安げな表情を浮かべる。
「えーと、ちょっと待ってな」
俺はスマートフォンを操作し、シリーズ作品の画像を収集する。ここら辺を観れば追える、と加藤に見せて教えた。
「こ、こんなにあるんだ……」
加藤の表情が凍る。そうだよなあ、一般人にそこまで追えっていうのは酷だよなあ。
「う、うん。観るよ。観るから……その」
加藤が頬を赤らめ、一度俯き、ゆっくりと上目遣いでこちらを見てくる。その一連の動作に、なんというか違和感のようなものを覚える。
その違和感はきっと、感情の波が起こしているのだろうな、と思った。なんとなく、の経験則からだが。
「今度、えーと映画、観に行かない?」
「………………………………うん?」
予想していなかった加藤の一言に、思考が停止する。
「今度、映画を……えっと、みんなで! うん、みんなで見に行こうよ!」
加藤が顔を赤らめつつ、勢いをつけて提案する。加藤の横で田中がため息をついた。
「えと、うん、日曜日の昼とかだったら大丈夫だけど」
俺は加藤にそう返す。
「そ、そう? じゃ、じゃあ、そうしよ! 真理もそれでいい?」
「いいよー。……サトコ、あとで話あるから」
「あはは……」
田中がジト目で加藤を見、加藤はバツが悪そうに頭を掻いた。
「ということで、今度の日曜日……よろしくね?」
加藤が首を傾げ、微笑む。漆黒の髪が柔らかく揺れた。
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