第四話 来襲来援 後半

 聞こえて――。


 聞こえて……?


「……あれ?」

 こなかった。


 見上げると、黒い怪物が固まっていた。


「少年、逃げろ!」

 何やら若々しい男性の声。闇夜に一つの影が舞う。


 怪物が後方へ跳び、直後、俺の目の前に現れるのは一人の影。

 その影は、先ほどまで怪物がいた場所に、二メートルはあろうかという大剣を振り下ろしていた。


「ちっ、逃げられたか。御厨みくりやちゃん、もうちょっと拘束頑張って」

「す、すいません!」

 今度は若い女性の声。少し気弱そうな印象を与える。


「少年の治癒、頼む!」

「わ、わかりました!」


 なんだ? 何が起こっている?

 俺が混乱していると、俺の体がぐい、と後方に引っ張られる。


 後ろを見ると、誰も居なかった。少し離れたところに、女性が一人。

 女性は見えない力で俺を傍に引き寄せ、地面に横たわらせる。


「あ、大丈夫です。今の、私の能力なので。えーと、治療、しますね」

 そう言って女性が俺の傷跡に手をかざす。緑色の淡い光が生じ、温もりが傷から感じられた。傷は、みるみる間に治っていった。


「はい、これで大丈夫ですよ」

 そう言って女性は俺を降ろし、ふんわりと微笑んだ。


「……えっと、あなたたちは?」

「ああ、俺たちは国家尽影対策室こっかじんえいたいさくしつの行動部隊だ」

 俺の質問に大剣の男が返すも、何を言っているのか全然理解できない。


「…………パードゥンなんて?」

「ははっ、すぐには理解できないけれど、理解してもらうしかない」

 そう言って、その男性は爽やかに笑う。


「誠」

 と知らない女性の声がした。大剣の男性が振り返る。


「戻ったか、どうだった?」

「ダメ。逃げられた」

 そう涼やかに言う女性の隣には、もう一人男性がいた。計四人のチームなのだろうか。


「そうか。ありがとう。……とりあえず、撤収するか……っと、その前に」

 リーダー格っぽい男性は何かに気づいたのか、ぴん、と指を立てる。


「名乗りがまだだったな。俺は廣田誠。この行動部隊のリーダーをしている。で、こっちが副リーダーの氷川理子」

「……よろしく」

 涼やかな声の女性が、ぽつりと言う。


「で、こっちが仲田悟で、こっちの君を治療したり助けたりしたのが、御厨陽子だ」


「あ、その節はどうも」

「いやそんな、私は仕事をしただけだし」

 俺が頭を下げると、御厨と呼ばれた女性も頭を下げた。どうやら、腰の低い女性らしい。


「よろしくな、少年。名前は?」

「あ、山瀬向陽、です」

 そう言って廣田は手を伸ばしてくる。俺はとりあえず手を伸ばし、握手を交わした。


「とにかく、今日はありがとうございました。おかげで助かりました」

「そうね、私たちが来ないと、キミ、死んでただろうし」

「……そうですね」

 否定する気はない。けれど、この氷川という人は、なんていうか言い方にトゲがあるような気がする。


「では、俺はここで」

 そう言って俺が去ろうとすると、がっと肩を掴まれた。


「どうしました?」

「いやいやいや、ここで普通帰るか?」

「普通、と言われましても。……帰って映画観たいですし」

 俺はそう言って茂みを指さす。


「あそこで映画やってるのか?」

「いや、レンタルしたDVD、あそこに置いてるので」

「えっ、今時レンタル?」

 たしか……仲田、だっただろうか。その人が、大仰に驚いてみせる。


「ええ、借りに行って帰るって流れが、自分は好きなもので」

「……ふぅん、ま、君の趣味だから、特に何も言わないけど」

「まあまあ、趣味は人それぞれでいいじゃないか」

 廣田が笑顔を浮かべ、俺と仲田の間に立つ。


「けれど、少なくとも今夜、君には帰るという選択肢は与えられないな。嫌が応でも付いてきて貰う」

「……そうですか」


 周囲を見回す。この四人は、おそらく俺よりも手練れだろう。それに俺は疲労しており、十全の状態ではない。抵抗しない方が賢いのは、すぐにわかった。


「一つ聞いて良いですか?」

「ああ、勿論」

「どうして、連行を?」

「簡単な話だ。俺達は国家機関で、公共の安全に奉仕する義務がある。そして君は、あの怪物を……、尽影じんえいを見たろう」

「……それはまあ、見ましたが」


 ジンエイ――その言葉の響きに、俺は聞き覚えがある。あの少女も、そのようなことを言っていた。


「あれは本来、“あってはならないもの”だ。そしてあの怪物に対抗できる、君の右腕、それは“あってはならないチカラ”だ。そんなものを持っている人間を、野放しにしておけるわけないじゃないか」


 確かに、理屈である。いわばいつでも凶器を取り出せるような人間が、ここに五人いるわけだ。それらを、国が管理したいのは理解できる。


 まあ、本当に国家機関なのかはさておき。


 俺はあの少女のことを思い出す。あの少女も、この組織に所属しているのだろうか。

 しかし、その考えは腑に落ちない。彼女は単独行動だったし、それに。


「どうした?」

「ああいえ、別に。……なんていうか、良さそうなチームですね」

 俺がそう言うと、廣田は満面の笑みを浮かべる。


「だろう? 俺の仲間……いや家族だ。最高のチームさ」

 そう迷いなく、何の恥じらいもなく言える廣田は、きっと明るい世界の住民だ。


 なんとなくであるが、彼女は彼らとは水が合わなさそうな気がした。


「ま、立ち話はともかく、ついてきてもらおうか」

 そう言って、廣田は手招きをする。俺はそれに従いつつ、頭の片隅で考える。


 家族、という言葉を耳にしたとき、俺はどのような顔をしていたのだろうか、と。

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