第3話
「出かけるの?澪音」
「ええ。今日は星がきれいですの」
「雷王には?心配するわよ」
「見当たらないんですの。それにすぐそばですから大丈夫ですわ」
普段あまり使っていない車椅子を使い、外に出ようとする澪音にパラヤが声をかけた。
そばに雷王の姿が見えないこともあり、雷王のことも聞いてきたという感じだ。
彼女のために作られた世界は住人が増えていった。
澪音とタナトスの二人だけのころから比べたら、随分と賑やかになったものである。けれど「クロニクル」を持たないものばかりであるのは仕方ないのだろう。
タナトスにはパラヤという恋人ができ、澪音にも…
「ねえ、澪音はあれでよかったの?」
パラヤの問いかけは少し前のことだろう。
澪音が車椅子を使うようになった出来事のこと。
その問いかけに迷いなく澪音は答える。
「禁忌を犯すことになっても、雷王を助けたいと思ったのは私の意思です。だから後悔などありませんわ」
フワリと笑って澪音は外へと出かけていった。
パラヤは黙ってその後ろ姿を見送った。
足の自由を失ったのは禁忌を犯した代償。
この『箱庭』である世界から出たこと。
またそのために、タナトスによって魔力の素に変換された薄氷色(アイスブルー)の石を使ったこと。
それが澪音の犯した禁忌。
それでも澪音は雷王を救い出したかった。
自分のせいで攫われ、危険にさらしたのだから。
もっと早く自分の気持ちに気づけばよかった。
そう後悔しても遅く、だからこそ禁忌を犯すことになっても良かったのだ。
それほどまでに、澪音にとって雷王は大切な存在になっていた。
木製のベンチへと移り、澪音は空を見上げる。
輝く星が空一面に散らばっていた。
見ることも叶わないと思っていた星空を澪音はこうして見ることができる。
タナトスと出会ったからこそ、叶えられた。
失ったものもあれば、得たものもある。
それでも、いまある幸せを澪音は抱きしめる。
「きれい…」
「澪音!!」
空を見上げていた澪音は、愛おしい人の声で振り返る。
足の自由を失ったことで彼との約束をいくつか果たせなくなってしまった。
それでも彼、雷王は澪音の足になると告げた。
彼の今の夢は何だろう?
そして澪音の夢は何だろう?
互いの選択で叶わない夢も…そして叶う夢も…
「雷王、星がきれいですわ」
澪音の言葉に雷王は苦笑しつつ、同じように空を見上げた。
「ほんにきれいじゃ」
ただ二人揃って空を見上げた。
ここは『澪音の箱庭』。
けれど彼女は小さな檻から抜けだしました。
箱庭であることは変わらずとも、此の世界を彼女は自由に移動出来るのです。
彼、雷王がいる限り。
紡がれ続けるのは『ライブラリー』や『クロニクル』だけではありません。
ただ願わくば、彼らの夢が叶うことを…
切なる夢 彼岸 風桜 @higanzakura
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