死ぬけど君と恋したい
一 雅
一幕
1.「好きな人が出来ました」
「彼女がデキました」
「嘘つけ、ばーか」
「ほら、証拠。この写真見ろよ、シャワー通りのスタバ。二人掛けソファにフラペチーノが二つも」
「では、こちらも証拠品を贈呈」
『ねえねえねえちょっとこれ見てクッソ笑うw
「…………」
「昨日、
「来週の期末テストの範囲で分からんところがあるんだが」
「いやおい、んな強引な話の逸らし方あるか」
「十月から消費税率が10パーセントになりますがどう思います?」
「え、いくの? そのままいく? 誤魔化せると思う?」
「アー、アー、チキュウジン、ホロボス。リアジュウ、バクハツ、シロ」
「いく気なんだ。あたかも宇宙人に洗脳された一被害者としてこの場を乗り切る気なんだ。どさくさに紛れて個人的な恨みを言ってるけど」
「俺だって彼女がほしいんだよチクショー!」
「開き直った!? って、どこ行くんだよ
僕がそう呼び止める頃には、幸四郎はすでに廊下の彼方へと姿を消してしまっていた。
クラス中が飛び出していく彼を見やり、誰かが「また緒方だ」と嘲笑をこぼした。「どうせまた、くだらないことよ。付き合う
「何なんだ、あいつ」
僕も同様の気持ちでひとり呟き、頬杖をついて誰もいない廊下を見詰めていた。
「いわゆる疑似彼女ってやつですかな」
不意に声がかかって、頬杖を崩して後方を見やる。
背後に立っていたのは、幸四郎の恥ずかしい動画を送り付けてきた張本人の村枝だった。顎に手を置いた佇まいは、まるで事件を推理する名探偵の真似事だ。
「ぎじかのじょ?」
振り向きざまに首を傾げて見せると、村枝はフフン、と鼻を鳴らして人差し指を立てる。得意げな笑みだ。
「そ。ほら、インスタとかでもたまにいるじゃん。ランチと称して載せた写真の隅に男の臭いを漂わせる女。一人身のくせに同じプレートを二つ並べて、まるで向かいに誰かがいるように仕掛けるの。リア充アピールとも言うかな」
「本当にいるの、そんなやつ?」
「いたじゃない、さっき」
村枝は立てた人差し指を、今度は廊下の先に向ける。
「まあ、そうだけど」
「ああやって不正でもしないとやっていけないんでしょ。モテない人って」
「あれは特殊なように思うけど。いつかはバレる嘘をついても意味ないよね」
「優越感に浸りたいだけなのよ。もしくは、浅久野くんの悔しがる顔を見たかったとかね」
「とくに羨ましいとも思わないよ」
「だよねー。浅久野くん、そういうことに興味なさそうだし」
「興味……うん、そうだね」
確かに僕はそういうことに無関心だ。無関心でいるように心掛けている。
だから村枝が言うことに間違いはなかった。
「彼女、欲しいって思ったことないの?」
村枝が、不意にそんなことを言ってきた。首を傾げ、サラサラのボブカットが重力に応じて斜めに流れる。
僕はそんな彼女の仕草をしばらく見詰め、回答を考えた。
「最近はないかな」
「昔はあったんだ。いつ?」
「中学の頃まで、だったかな」
「何年生のとき?」
「一年」
「てことは、四年くらい前じゃん。マジかよ思春期の男の子」
村枝の驚きぶりを、僕は少しだけ鬱陶しく思ってしまう。表情には出さないが、この会話はあまり続けたくはない。
「村枝は? いるの、彼氏とか」
だから、話の矛先を変えることにする。
「いないよ。今はいらないし」
「なんだそれ、僕のこと言えないじゃん」
「そだねー」
へへ、と誤魔化し笑いを浮かべる村枝は、一般的に見ても可愛いらしい顔をしていると思う。
目鼻立ちはくっきりとしているし、丸顔には愛嬌があるし、笑ったときに見える八重歯はコンプレックスだと前に言っていたが、それも彼女の魅力のひとつだ。
決してモテない顔をしていないわけではない。平らな胸にも需要は十分ある。
だから、村枝が「今はいらない」と言うのなら、それは事実なのだろうと思えた。もしこれが幸四郎なら、強がりのそれに尽きる話だが。
「べつに、いらない理由があるわけでもないんだけどさ」
訊いてもいないのに、村枝は話を続ける。特別興味があるわけでもなかったが、邪険に扱うこともせず耳を傾ける。
チラ、と黒板上にある壁掛け時計を一瞥する。分針が一限目の開始を告げようとしていた。
「なんか、恋愛ってそういうんじゃないと思うの。いるいらないに関係なく、その瞬間は不意に訪れるものなのよ。だから、恋人がほしいから好きな人を作ったりするのは、なんだか逆のような気がして、うちはあまり積極的になれないのよね」
不意に訪れる、か。
村枝の言葉が頭の中に反芻する。少なくとも僕はその考えに共感を得ていた。
恋愛は、するしないの単純なものではない。僕にもそういう考えがあった。できるできないの複雑なことでもあるだろうし、したいしたくないの感情的な問題でもあるものだと思う。
恋愛はした方がいい、なんて誰かが軽率によく言うけれど、本当にそうなのかと思ってしまう。
人を好きになれない、好きと言えない人がいるこの世の中で、それは本当に価値のあることなのかと。
だから、そんな村枝の自然的な考え方は縛りがなく自由に思えて、好きだった。
チャイム。
クラスメイト達が慌ただしく自席に戻って行く。
人一倍騒々しく教室に戻ってきた幸四郎の姿を確認した村枝も、スカートを揺らして踵を返した。
「ま、それで一生一人身だったら、さすがに寂しいって思っちゃうかもしれないけどねー」
捨てセリフのようにそれだけ言って、村枝は窓側の席へと去って行った。
入れ違いに、幸四郎が隣席につく。
「好きな人が出来ました」
太い眉毛を凛々し気に傾けた幸四郎がそう言うのと、一限目の英語の教師がやってきたのはほぼ同時のタイミングだった。
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