第220話 大蛇

シュ キン キン



チコが繰り出す3連撃な太刀筋



猛禽類の鋭い足爪をイメージした斬刀



通常の振りとはひと味違う速度と力強い太刀を何とかかわし、錫杖で跳ね返したスキャットマンの表情が変わる前に…



次なるモーションへ移行



心の内で叫ばれていた…



2手… 乱斬りの心…



無刀鳥舞…



キンキン キンキンキンキン



先程よりもスピードの乗った斬撃…



精細さには欠くものの縦横無尽な角度から繰り出される乱れ打ちな斬刃の嵐を錫杖で防御しながらたまらずスキャットマンが後退った。



だが…



3手…



追風の心…



華密八守…



追い討ちで踏み込まれ、√の記号にも似た軌道で斬り上げたチコ



この速攻に錫杖で防ぐ間もなく迫る刃を仰け反らして回避



すると∞の太刀筋を描き、巻き斬りで切り返したチコ



完璧ヒットしたと思われたが…



スキャットマンの体躯がいきなり煙と化し、ドロン スキャットマンの残像のみが切り裂かれた。



それでも手を止めぬチコは次なる手を心の中で唱えていた。



4手…



陰陽介錯の心…



そして素早く身を翻し、振り返ると同時に踏み込まれた脚部



猛禽鷲の啄(ついば)み…



誰もおらぬ位置へ刺突の刃が繰り出されるや放たれた先には煙と共に現れたスキャットマンの姿



あたかも出現位置を知ってたかのようにピンポイントでそこへ放たれた切っ先を現れたと同時にまた煙に巻こうとしたスキャットマンが顔をこわばらせていた。



だが… 間に合わず掌でそれを受け止めようとした時



寸前で太刀筋がカーブし半月を描きだした。



なっ…



いきなり軌道を変え、回り込んできたのだ



何…?



そして目を狙ってきた



スキャットマンはまたも顔を反らしギリギリでその刃をかわすや



かわされた刃は既に目前から消え



既に引き戻されていた。



そして既にチコは次なる斬撃態勢をとっていた。



5手…



陰陽介錯の心…



猛禽梟の啄み…



息もつかせぬ5手目が放たれた。



斬首を狙った刃



スキャットマン「ぬっ」



咄嗟に身を屈め、掻い潜ったスキャットマンの毛髪が断ち切られた。



外したにせよ5手目にしてようやく掠め、舞い上がる髪の毛



スキャットマンが身を屈めた状態からカッと瞳孔を見開かせ、錫杖の槍で1突き入れようとするや



6手…



向払いの心… 



嘴(くちばし)…



その突きは下から払いあげられ、次いで叩きつけられ、打ち落とされた。



それから錫杖の柄に沿り刀刃を滑らせたチコ



スキャットマンの顔面目掛け突刃が放たれた。



即座に片手印が結ばれ



身体を細かな砂状に変え、またしてもその場から逃れた。



7手…



だが… それでもチコの足は止まらない…



手も止めず…



心の中で念じられた次なる技の名は



継続されていた。



向詰めの心…



雀のさえずり…



それから誰もいない位置へと駆け出し、刀を振り上げ、チコが飛びかかった。




振り下ろされた一刀から…



キイィィーーーン



接触音が鳴り、何も無い空間から砂が生じると、その砂が人間像のデフォルメを形成



刀を受け止める錫杖が現れ



急速にスキャットマン本体が現れてきた。



馬鹿な… 偶然ではないのか…?



一度ならともかく二度までも… 



何故… 分かった…



出現場所を読まれたスキャットマンは驚きの表情を浮かべ



そしてふとチコと目を合わせた時



チコの目はトロンとしていた 



まるで陶酔しきった人の目だ



その虚ろな目から途端に恐怖を感じたスキャットマン



この小娘との密着は危険



スキャットマンはとにかくこの接近戦から逃れたい一心で動き



お札を接着させた掌をチコへ向け、衝撃波ではじき飛ばそうとした時



8手…



蓮華紋…



スパスパスパスパ



円軌道な刃筋



差し向ける掌の5指がキレイに切り落とされた。



ヒットさせた…



固唾を呑んで見守る江藤の前でスキャットマンの左指がハネられ



ここにきて初めてまともに与えたダメージ、スキャットマンが顔を歪ませる



スキャットマン「うぐ…」



よし チャンスだ… そのまま行けぇ… 



江藤が心の中で叫び、追い打ちの連撃を期待するさなか



突如チコが追撃の手を止め、鬼切羽を円形状に回しはじめた。



その間に第一関節から全ての指を失ったスキャットマンが慌ててドロンし、20メートル先へと逃げた



江藤「クソ」



思わず漏らした言葉



何やってんだチコちゃん… 折角のチャンスを…



そして離れた位置に現れたスキャットマンに目を向け、チコに目を向けた。



太刀がゆっくりと回されている



その動きは滑らかかつ緩やかで優しい輪を描いていた。



どうしたチコちゃん…?



そんな予期せぬチコの行動に江藤は訝しげな表情を浮かべた。



スキャットマン「ぐっ」



スキャットマンが滴り落ちる血を見下ろし、左腕をギュッと握り締め、チコに視線を向けた。



馬鹿な… ここは我がテリトリー内… 私が全てを支配する領域内であるぞ…



しかもあらゆる力を制御してるにも関わらずこの私に手傷を負わせた…



この小娘の底力… どれ程というのか…



別人のようにスイッチの入ったチコを睨みつけ、わななきと痛みから震えだした左手を握り締めたスキャットマン



おのれぇ… 生意気な小娘が…



怒りを露わにしたスキャットマンの長い髪がフワリと浮かび、僧衣が微かになびいた。



しばしこの手傷の回復につとめる…



その間 貴様如きには勿体ないが… お相手して貰え…



スキャットマンが目を閉ざし、念じはじめた。



あいつ何をする気だ…?



スキャットマンとチコへ交互に視線を向ける江藤がいつでも踏み込める態勢でサバイバルナイフを身構えた。



すると



ゴォォー



地鳴りが響き



マグマの中から新たに何かが現れようとしていた。



そして目を開けたスキャットマンの口から



スキャットマン「おいで下さいませ…」



何だ…?



江藤の目にマグマの中から突如飛び出してきた蛇の頭



スキャットマン「…出でよ 大蛇様…」



そしてマグマの海から蛇行し昇天する蛇



マグマの飛沫をあげ、もう1匹が現れてきた。



マグマから飛び出してきた巨大な2匹もの大蛇の姿に江藤は飛び出さんばかりに目を見開いた。



スキャットマン「これをただの大蛇と思うなかれ こちらもかの有名な日本神話の大怪物 ヤマタノオロチ様なるぞ」



江藤「ヤマタノオロチだと…? チッ ふざけ…」



スキャットマン「本来 オロチ様といえば8つの首 8つの尾 胴体は8つの山谷に跨がる程の巨大さ… その想像を絶する伝説的巨躯がゆえ 我が結界内では到底おさまりつかず2つの頭のみでお越し頂いた」



鬼の次は大蛇… かよ…



マグマの中から2つの首だけを伸ばした蛇共が身をくねらせ、先端が二股に分かれし不気味な舌を頻繁に出し入れしながらチコと江藤を見下ろした。



またスキャットマンがあぐらを組むと身体が浮きあがり、多頭蛇の後方まで逃げて行く



スキャットマン「私はしばしこの傷の治療を施す 続きがしたいのならしばし大蛇様にお相手して貰え」 



チッ この大蛇はヤバいぞ…



さっきの鬼とは桁違いでしょ…



ねぇ この召喚獣を蹴散したい…



またまかせるよ…



江藤が再度感染開始の合図を頭の中で念じた。



スキャットマン「ハハハ おぬし等スサノオになれるか見ものだな 退治できるかな」



そして江藤の目玉が乱雑に動き、再度感染化がはじまろうと同時に



シュ



鬼切羽がサイドへ振られ、刀が止められた。



江藤さん… ここも手を出さないで頂戴…



無言ながらそんな意思表示の込もった制止



江藤はそれを見るなり感染化を中断させた。



江藤「チコちゃん 1人でやろうっての? でも流石に1人じゃ無理だよ 簡単に人を呑み込むデカさなんだよ」



チコ「…」



江藤が馬鹿デカイ多頭蛇達を見上げ



やっぱ駄目だ… あんなの1人で相手したらチコちゃんが食われる…



江藤「ピンチになれば助太刀する約束だよ 加勢す…」



すると



チコ「止めて 邪魔しないで」



江藤「…」



チコから浴びせられた一声に江藤が口を噤ませた。



チコ「1人でいけますから…」



次の瞬間



見下ろす2頭の蛇が襲いかかってきた。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



3つのバトルが繰り広げられる真っ只中



静かにリビングの窓が開かれ、外に出た山口



辺りを警戒し、次いで出てきたのは榊原をおぶさる吉田、早織を抱っこする青木と続いた。



屋敷から退却をはかるエスケープ隊の面々だ



続いて佐田、妻の手を引く臼井、柊の母親の9名が外に出てきた。



山口が懐から方位磁石と地図を取り出し、地図を広げた。



山口「来た方角はどっちだ?」



青木「あっちだよ 早織ちゃん重いな 歩こうか」



早織「うん」



青木「ヘリの待機場所ってどこ?」



山口が地図を指しながら説明を行う



山口「降下ポイントがここだ ここから北に1キロから2キロ程北にある大きな国道で待機している ここだ」



青木「幹線道か ならここを斜めに突っ切っていけば でもやっぱ3~4キロは歩くね」



吉田「無線が使えれば呼び寄せられるのにな…」



山口「あぁ 連絡がつかない以上 直接歩いて行くしかない 山中を3~4キロか…」



山口、青木、吉田が早織や負傷する榊原、いつ産まれるかもしれぬお腹の大きな妊婦にそれぞれ目を向けた。



山口「道なき険しい道中を引き連れて行くには厳しいな…」



青木「同感」



吉田「特に臼井さんの奥さんは安静状態にしてないと 足場が確保されてない山の中を歩かせるなんてもってのほかっす せめてちゃんとしたルートで行くしかないですね」



青木「いや 母体によくない 怪我人も小さい子もいるし 俺が目的地まで走るよ そしてヘリを連れてくる」



山口「1人じゃ危険だ 俺も行く」



吉田「えぇ? 2人して行っちゃうんですか?」



山口「30分以内に必ずヘリを連れて戻ってくる その間 佐田と2人でみんなを頼むぞ」



吉田「う… 分かりやした 何だか心細いな 早く頼み…」



その時だ



臼井「みんなぁ~~ つ… 妻がぁ…」



大きな呼び声をあげた臼井



山口「どうした?」



臼井の胸に倒れ込み、抱きかかえられた臼井の奥様が急に苦しみはじめた。



臼井の手が血の混じった水に濡れ、取り囲む皆に動揺しながら見せるや



山口「破水か…」



青ざめた顔で山口が口にした。



またもう1つ…



青木の耳に聞こえて来た声…



「うぅぅぅ……」



目が鋭くなり辺りに目を向けた。



森の中から…



そこら中から



やっぱりな…



そう来ると思ってたよ…



不気味な奴等の声が聞こえてきた。



山口、吉田、佐田、早織にもその声が聞こえ周囲に目を配った。



早織「いっぱい声が聞こえてきたよ~」



早織が怯えた表情で青木の脚にしがみつく



青木「おいでなすったようだ」



吉田「どうすんですか?」



山口「中に避難してバリケードを組め、俺達が戻るまで持ちこたえるんだ」



すると



「うぅ…」



臼井「すぐに病院に連れてってやるからな しっかりしろ 頑張れ なぁ頼む 子供が産まれそうだぁ 早く妻を病院に連れてってくれ」



動揺しまくる臼井を目にした青木



青木「待って山口さん マジで早く病院に連れて行かないとヤバいよ 病院まではどれくらいかかるの?」



山口「ザクトが管理する病院は東京にある」 



佐田「東京? 遠くない 近場にどっかないんですか?」



山口「あぁ 残念だが… こっから東京までの移送になるだろう 早く見積もっても2時間弱はかかる」



吉田「まじ? そんなにかかるの? その間に産まれちゃうっしょ」



すると柊の母親が妊婦のスカートに手を突っ込ませ破水を調べた。



「旦那さん うろたえないの 大丈夫よ 破水したからってすぐには産まれないから 多分これは早期破水よ よくある事だからパニックにならない どんなに早くても3時間から4時間は平気だから 今は気をしっかり持つ事 いいわね?」



臼井「は… はい…」



「10年前まで大きな病院の産婦人科に勤めてた私が言うんだから間違いない でも陣痛は始まったから早く病院に連れていかないといけないのは確か」



青木「ヘリを呼んで戻った所で建物が奴等に包囲されてたら救出が困難になる しかも緊急事態だ  ねぇ こうなったらこのままみんなも連れて行こう」



山口「連れてく? 正気か? 歩ける状態じゃないのは見て分かるだろ…負傷者だって子供だっている中ゾンビだらけの森を連れてはいけない」



青木「危険は承知してる でも一刻を争うんだ 俺達で護衛しよう ここに置いて行くくらいなら一緒に連れてった方がまだマシだよ」



明らかに無謀な提案をしてきた青木に山口が吉田と佐田へ視線を向けた。



吉田はすぐに首を横に振り



吉田「ムチャです 賛成出来ない」



佐田「俺も… だいちどうやって妊婦さんを運ぶのさ? 担いでくのか?」



青木「あそこにあれがある」



青木が庭園を指差し、植木の間に置かれたある物を差し示した。



吉田「あれって… よく見えない」



青木「リヤカーだよ あれを使おう 妊婦さんをそれに乗せて運ぶんだ」



山口「山の中どうやってリヤカーで運ぶんだ」



青木「山の中を突っ切るのは無理だね だからショートカットは諦めてちゃんとした道から攻める しばしのタイムロスはあるけど 走れば大丈夫だ」



吉田「無茶だって こっちは榊原さんをおぶってんだよ…」



「あぁ~ ううぅぅう」 「うぅうううぅ~~」



森から響くうめき声が近づいてきた。



吉田「あやや 迫って来た…」



青木「もうグチグチ言ってる間に奴等に囲まれちまうぞ どうすんだ?この案やるの?やらないの?」



山口「どう考えても無謀な作戦だ 上手くいく保証はあるんだろうな?」



青木「保証…? あるよ っていうかやるしかないだろう やろう」



青木の目を見つめ、間を空けた山口の口から



山口「……分かった やろう」



吉田「え?」



青木「よしきた 今とってくる」



吉田「ちょっと山口さん 無茶ですって あいつの無茶苦茶な作戦にのっかって全員…」



山口「おまえはしっかり榊原を運ぶ事だけに集中してろ、佐田さん あんたはその子を頼む」



佐田「クソ もうやるしかないか…」



佐田が早織を抱き抱えた。



山口「っで 肝心の荷車…は」



臼井「当然 私が引く」



「後ろから私が奥そんの様子を看ながらサポートするわ」



山口「よし」



山口が頷いた。



そして青木がリヤカーを引いて戻ってきた。



雨水や落ち葉が急いで取り除かれ、臼井が軍用の上着を脱いでそこに敷いた。



臼井「そっとだ」



「うぅ…」



「頑張ってね 奥さん」



そして更に衣服が脱がれ、それを妻にかけた臼井…



上半身Tシャツのみでたちまち鳥肌が立つがそんな事はお構いなく、真剣な目つきへと変えた。



そしてハンドルが握られ、持ち上げられた車体



「旦那さん 振動は大敵よ なるべく揺らさないよう注意を払う事」



臼井「分かってます 準備オーケーだ」



妻… そして… これから産まれてくる我が子を絶対に守る…



もはや恐怖を超越した形相を浮かべる臼井を目にした一同は一瞬唖然とさせた。



青木「臼井さん… 産まれてくる子って男の子? 女の子?」



臼井「女の子だ」



青木「そっか… 女の子か… パパになるんだ… なんか羨ましいね」



青木の眼光が鋭くなり



青木「山口さん 悪いけど 俺達は死のうが… これから産まれてくるその子を死なせちゃいけないんだ  守り抜くよ いい?」



山口「フッ 一般人が誰にものを言ってんだ? 当たり前な事をいうな」



死の森に蠢く亡者共から皆を守り抜け…



こちらは決死の防衛&脱出劇がはじまる

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