第176話 報告

5階



台所のシンク内には湯が張られていただろう赤子用のベビーバスが置かれている。



すっかり冷めきり水となるバスの隣りには乳幼児用の石鹸やバスタオル、中身が少し残ったままのほ乳瓶から固形タイプのミルクの紙屑、その箱、使用済みの紙オムツなどが散らばり



小型の丸テーブルにはまだ封も切られぬまま、または値札がついたままのベビー服やよだれ掛けなどが重ねて置かれていた。



七海「スゥー スゥー」



遼太郎「スゥー スゥー」



エレナ「スゥー スゥー スゥー」



奥の部屋から3つの寝息が聞こえて来た



悪戦苦闘の末ようやく寝かしつけに成功したのだろう



スヤスヤ眠る遼太郎を挟み、世話につきっきりな七海とエレナも横になるや疲れてそのまま眠ってしまっていた。



一方 その隣りの一室では…



早織「きゃはははは~ もう一回やってぇ~」



湯気が立ち込める風呂場から響かせる早織の楽しげな笑い声



美菜萌「えぃ」



お湯鉄砲で顔にひっかけられた早織が喜んでいる



早織「ハハハハハハ どうやってやんのぉ~」



美菜萌「フフフフ」



只今 美菜萌と湯船につかって遊んでいる最中



2人でバスタイムを楽しんでいた。



また 同時に3階のある一室では…



サァーーー



シャワー音が鳴る風呂場



熱いシャワーを頭からかぶる御見内の姿があった。



ひたすらシャワーを浴び、微動だにしない御見内



顔は俯き、ただじっとシャワーを頭からかぶり続けていた。



俯くその顔は苦悩に満ちていた



1人も救えなかった…



食肉工場のように無惨にぶら下げられてた人達



激しい拷問を受け苦しんでいた人達



四肢を切り落とされ、冴子のオモチャにされていた若者たち



御見内は助けを乞うていただろう人達の事を頭に浮かべていた。



俺は一体あそこに何をしに行ったんだ…?



救出どころか逆に多くの仲間を失う羽目に…



みんな救い出すとか偉そうな事言って… このザマとは…



全部俺のせいだ…



ガン



拳を壁に一叩した



シャワーを浴び続ける御見内の後ろ姿



首、胸、脚部を伝う湯が御見内の目から流れた涙も一緒に流していた



後悔や重責の念に今にも押し潰されそうな御見内は全てを洗い流そうといつまでも熱いシャワーを浴び続けた。



1階 ラウンジ 21時



窓ガラスには明かりが漏れぬようしっかりカーテンが取り付けられ、館内暖房が効かせられていた。



そんなロビーに続々と集まってきたメンバー



態度デカく脚を組み、両腕を広げてソファーに座る村田



他にも石田や佐田、臼井もソファーに座っている



各人適当にソファーや椅子に座り込んでいた。



少し皆から離れたソファーに腰掛けている青木



マツと何やら話している美菜萌にばかり目を向けていると



チーーン



降りてきた御見内を目にした。



青木は御見内を目で追った。



なんだか覇気の無い俯いた表情…



すぐにいつもと様子が違う事に気付いたが言葉をかける事も無くただ視線を向けていた。



なんだあいつ… シケたツラなんかしやがって…



そして静かにソファーに座り込んだ御見内を眺めるやタバコに火を点けた。



青木「フゥ~~」



チーーン



すると



今度は松葉杖をついた半田がロビーにやってきた。



美菜萌がすぐに駆けつけ、ソファーまで手を貸し座らせる。



そんな光景をタバコを吸いながら眺めていると



チーーン



今度はしっかり軍服を着衣した麻島と海原がやってきた。



海原は空いてる席へと着き



マツ、美菜萌の前に立った麻島



麻島「もう宜しいですか?」



マツ「おい エレナと七海はどうした?」



美菜萌「遼太郎くんの世話が忙しいからパスとの事です」



マツ「そうか ではっ あとは全員は集まってる お先にどうぞ」



麻島は軽く会釈するや皆の前に立ち

一声を発した。



麻島「今作戦… 失敗に終わった…」



作戦失敗…



分かってはいたものの改めて突きつけられた事実に…



麻島から発せられた言葉にこの場の空気が一瞬にして変わった。



麻島「敗因はロシア特殊部隊 スペツナズの襲撃によるものだ スペツナズの侵攻はあらかじめ予期はされていた… にも関わらず人命救出はおろか多くの戦死者を出す結果となってしまった…」



村田「…」



麻島「我々の惨敗だ」



青木「…」



麻島「我がザクトは分隊長2名をはじめ40名近い同志を失ってしまった レジスタンスの皆さんもしかりだ 多くの仲間を失ってしまった」



海原「…」



麻島「まずはこの場を借り、勇敢にも散っていって仲間達に哀悼の意を表し 1分間の黙祷を行いたいと思う 皆 目を閉じてくれ」



目が閉ざされ



麻島「もくとぉーー」



それから1分間の黙祷が捧げられた。



静まり返ったロビーに各人それぞれ仲間の顔を思い浮かべ祈りが捧げられた。



麻島「止め」



そしてマツに目を向け後ずさるや今度はマツが前に出た。



マツ「ふぅ~ 麻島隊長の言う通り確かに私達は今作戦で多くの仲間を失ってしまった だがな… 相手は世界屈指の特殊部隊 あのスペツナズなんだ 本来私達は全滅しててもおかしくない程の相手だ その侵攻してきたスペツナズは全滅、ここにいる者は生き残った つまり撃退に成功している 奴等を見事に退けたんだ ここは胸を張るべき勝利と取ろうじゃないか」



御見内「…」



マツ「それに… まだ戦いは終わってない 山吹が残っている」



半田「…」



マツ「色々な問題が浮上してきた今 単なる田舎町の揉め事じゃなくなった今 これからこのメンバーで山吹の組織と決着をつける新たな作戦を決行しなければならない…」



青木「…」



マツ「仲間の死を無駄に出来ない戦いが待ってるんだ」



臼井「…」 佐田「…」 中野「…」



マツ「従って… 今この場をもって気持ちを切り替えろ」



俯く御見内、煙りを吐く青木、態度デカくソファーに座る村田などなど一同顔付きが一変



マツの喝により一気にロビーの空気が変わった。



マツ「奴等の主要である廃病院、下水処理場 この2つのメインどころは壊滅した っとなれば残すはあると言われているもう2箇所の場所だ 山吹はそこにいる これからその2箇所を突き止める」



すると



半田「すいません その件で私の方から情報があります」



挙手され立ち上がった半田



松葉杖をつき、ぎこちない足取りで前に出てきた。



すかさず美菜萌が手を貸し、手を引かれ皆の前に立った半田



半田「この件でこれから私の掴んだ情報全てを皆さんにお話しします」



包帯だらけの男が松葉杖一本で直立、よろける半田を美菜萌が慌てて手を貸し、支えた。



美菜萌「大丈夫ですよ 支えてますからこのままお話し下さい」



半田「ごめん 美菜ちゃん」



半田「察しの通り奴等の潜伏場所は全部で4箇所あります その内の2箇所はすでにご存じの監禁、洗脳の間と実験や研究 拷問に使用されていた間です この2カ所は既に壊滅させたと聞きました ですがもう2箇所あります 1箇所目は怪しげな儀式が執り行われてる間で 通称サタナキアと呼ばれている場所があります」



儀式… サタナキア…



床を見詰める御見内の目が見開いた。



半田「サタナキアとはヨーロッパに伝わるルシファーに仕えし上級悪魔の1人の名前です ここでは山吹により生贄と称した多くの者が毎日のように残忍な手口、酷い方法で殺害され続けています」



マツ「毎日だと…?」



半田「儀礼の方法は床に描かれた大きな魔法陣に生贄を座らせ、聞いた事の無い言葉、俗に言う呪文ってやつです。 それを唱えたのち なるべく長く、出来るだけ苦しませながらノコギリで首を切り落としていくんです」



真横にいる美菜萌はそれを聞いた途端吐き気を覚え、口を押さえた。



またボソッと口にした麻島



麻島「卑劣な…」



半田「結局の所 残虐を繰り返す儀式の真意を突き止める事は出来ませんでした ただ… 山吹は生贄の血を魔法陣に注ぎ込む事で何らかの力を高めているように思えます」



すると



村田「ヘィ ちょっと よろしいすか」



手を挙げた村田



半田「あ はい」



村田「その儀式とか生贄とか何らかんら言う前にまずその山吹って奴の素姓を教えてくれねぇーかな 俺達ザクトの人間はスペツナズ、人形、作戦の概要以外は無知なんだ まずは肝心要(かなめ)なそいつの正体を教えてくれよ」



麻島「おい村田 おまえ ちゃんと座れ」



麻島が態度デカくソファーにもたれる村田を見るなり注意した。



村田「へいへい」



半田「それは失礼しました 既に存じているものだとばかり… 敵対する組織のアタマである山吹という男はある魔術を扱います その男は魔術師です」



村田「ちょっと待ってくれ 今魔術って言った? 魔術ってあの魔術…?」



半田「はい そうです 信じられないとは思いますが」



村田「ハッ あんたマジで言ってんの? 魔術って… ハハハハ そりゃ~ いくら何でもなぁ~」



村田が隣りに座る倉敷へ小馬鹿にした笑いを浮かべながら同意を求めた



半田「はい 信じろって言う方が無理なのは百も承知です ですがこれは本当の話しなんです」



村田「まだ百歩ゆずって超能力とかなら信じてやってもいいけどよ~ 魔術ってハハハハハハ 真面目な顔して何を…」



半田「茶化すのは止めて下さい 今真面目に話してます」



半田の真剣な表情と強い口調



村田「…」



それを目にした途端村田は茶化すのを止めた。



半田「信仰の形式や内容からして山吹が行っているのは、欧米では盛んに活動されているといわれている邪教 サタニズム… 悪魔崇拝の信者だと思われます」



村田「サタニズム?」



半田の背後に映し出されたある巨大なイメージ



影となる山吹の姿がヤギの頭をした悪魔の象徴バフォメットへとデフォルメされた。



半田「そして悪魔信仰に伴い山吹が扱う魔術というのが黒魔術です 悪魔と契約し不思議な力を引き出す闇の力、また悪霊を呼び出し使役する魔の妖術です」



口調や様子から半田が到底ふざけてるとは思えない



ただ真面目な顔してあまりにもぶっ飛んだ話しを進めるその内容に村田はザクトのメンバーに目を向け、馬鹿馬鹿しいと言いたげな意思表示を送った



それを目にした半田が村田に向けて語気を強めた。



半田「村田さん しっかり聞いて下さい 勿論私だって最初は疑ってました そんなファンタジーかオカルト地味た話し ですが実際にサタナキアへ潜入した際に その儀式をこの目で見たんです 分からない… あれが本当に魔術なのか?トリックだったのか…? でもトリックとは思えないあまりにリアル… 不思議な力を披露してました」



村田「じゃあ聞くが その不思議な力とは具体的に何なんだ?」



半田「山吹は儀式を執り行う際 必ず呪文を唱えます その詠唱時に床に描かれた魔法陣が青い炎のように発光するんです」



海原「光る…?」



半田「また山吹はある一冊の書物を常に手にしています 肌身離さず手にしているその古びた魔導書、山吹が唱える度 その開かれた書から眩い光が放ち、黒い靄(もや)のような、煙りのようなものが飛び出してくるんです」



青木がポケット灰皿に吸い殻を押し込み懐に仕舞い込んだ



村田「それだけ? そんなの手の込んだライトアップだろ それにちょっと訓練を積んだマジシャンならその程度の不思議な現象、簡単に出来る」



半田「えぇ もしかしたらそうかもしれません ですがまだあります ではっ もし奴がゾンビを操作出来るとしたらどうです? 奴の本業はネクロマンスと呼ばれる最もタブーとされる分野の魔術です」



吉川「え! ネクロマンスってもしかしてゾンビを自由自在に操れるあれの事ですか?」



半田「はい」



海原「それを山吹って奴が行えるのか?」



半田「そうです 逆に聞きたいですがゾンビ化した相手にマジックが通用しますかね?」



海原「ゾンビを操るって… 嘘だろ…」 



村田「それを見たのか?」



半田「はい 実際に… 儀式の最中この目ではっきりと見ました」



驚愕の内容にザクトサイドが一気にザワついた。



麻島「この事はご存知でしたか?」



マツ「えぇ まぁ」



美菜萌「…」



思わずマツ、美菜萌に問いかける麻島



そして数秒間の沈黙に包まれたのち



村田「なぁ じゃあもう一個聞くがゾンビを意のままに動かせるなら少なくともこの青森県内のゾンビを利用し従えればいいじゃねぇか なんで野放しにされてんだ?」



半田「いくら山吹でも一度に複数や広範囲は無理なのか… せいぜい1~2体が精一杯 しかも一時的に操作する程度が限界なのか… その辺はすいません… わかりません」



海原「っにしても それがマジならとんでもないヤローだな 魔法を使う相手って… どう戦闘すりゃいいんだ…」



動揺を見せるザクト隊員達、フロアー内が再び静けさに包まれた。



ありゃりゃ 話しが逸れた上… だんまりかい…



この雰囲気に見かねた青木が立ち上がり、言葉を発しようとした直前



御見内「もう1つ俺からも質問していいですか?」



沈黙を破り、御見内が口を開いていた。



青木は座り込み



半田「どうぞ」



御見内「奴は俺達と変わらぬ人間ですよね?」



半田「はい もしかしたら悪魔に憑かれてるのかもしれませんが肉体的には変わりないかと 断言します 同じ人間です」



御見内「それを聞いて安心した なら さほど問題ない」



顔を上げた御見内がキリッとした顔付きで明言する



半田「…」



御見内「奴の頭に一発撃ち込めば終わるんだ 倒せる」



自らの額に人差し指を押し付け口にした。



半田「えぇ その通りです ですがそれも簡単ではないかもしれません 山吹の取り巻きは曲者揃いなんですから あのマル兄弟を倒したって事は大金星ですが他にもゴロゴロいます 例えばジャメヴと呼ばれている…」



御見内「あ そいつですか そいつなら既に倒してますよ」



半田「え? ジャメヴを… ではっ 他にはスピットファ…」



御見内「あ そいつも消えてる 他にもゼビウスって名前だったかな? そいつも死んでるし 他にも変なコード名の奴がいたが片付いてます」



半田「え? あの連中もですか… え なら若竹って男は…」



御見内「そいつも既に済みです」



美菜萌「え!」



マツ「何?」



その答えにはマツと美菜萌も驚きの表情を浮かべた。



マツ「御見内 おまえあの若竹を倒したのか?」



御見内「はい 研究所に踏み込んだ時やり合いました カリの達人なのでかなり追い込まれましたが何とかギリギリで」



美菜萌「あの若竹を… 凄いです御見内さん」



マツ「あぁ 驚きだ 奴には俺と美菜萌の2人がかりでも手を焼いた相手だったんだぞ」



半田「待って下さい じゃあ明神は…?」



間髪入れず一斉に口にされた。



麻島「半田さん そいつならオーケーだ」



美菜萌「えぇ 隊長達と一緒に倒してます」 



海原「あぁ そいつはもう死んでる」



すると最後尾からも



青木「すんませぇ~ん ちなみにアイビスももう済みだぜぇ~」



半田「なら魁(さきがき)は?」



美菜萌「鉤爪の男ですね それなら私が倒しました」



半田「なら ユキオは?」



美菜萌「ガスマスクに大きな鎌持った男 それもエレナさんによって」



名を挙げる奴挙げる度に次々敵の曲者が倒されてる事実を知った半田は戸惑いを見せた。



御見内「他は誰が残ってます? 知ってる限り名を挙げてくれますか」



半田「そうですねぇ  じゃあ万頭は?」



御見内「そいつはまだです」



半田「じゃあ あとは冴子にスキャットマン、チャッキー…」



御見内「全部まだです」



ここにきてようやく未処理の名があがってきた



御見内「あとの奴等はまだですね 他には?」



残すは…山吹をはじめ…



冴子…



半田「私の知る限りではこれで全てかと」



御見内「そうですか… ならその曲者ってやらも残すは片手で納まる数ですね」



スキャットマン…



御見内が指を4本折り曲げながら口にした。



万頭…



御見内「山吹の話しはそのへんにしてそろそろ本筋に戻りましょう」



チャッキー…



御見内「奴等の残りのアジトの正確な場所を教えて下さい」

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