第174話 指令

埼玉県 加須市 とある高等学校校舎



殲滅隊の中継基地として臨時に使用されている学校



明け方までぶっ通しで市街戦を繰り広げた隊員達は一時撤退、宇都宮の第一次殲滅戦を引き上げてきた数百名にも及ぶ部隊はここでわずかながらの休息をとっていた。



校庭には軍事用の輸送トラックが数十台並び、他にも民間バスやトラックなどが規則正しく停車されている。



あらゆる教室内は椅子や机が取っ払われ、敷かれた布団で仮眠をとる隊員達



布団の上で花札を囲み、朝っぱらから寝る間も惜しんで博打に興じる大内やアベバオ達



入念に銃の手入れを行うフィリピン人のメンドゥーザやノートパソコンをいじり新型硫酸弾の開発に勤しむ韓国人のソンク



また運動部の女子更衣室に完備されたシャワー室では湯気がたちこめシャワーで汗を流す千恋



いびきをかいて眠る純や、その隣りでは触手をユラユラ動かしながら静かに眠る江藤と自由時間を与えられた隊員達はそれぞれ疲れを癒やしていた。



そんな休息のひとときを過ごす面々



教室の扉が開かれ大内が姿を現し



大内「おい 純や 江藤~ どこだぁ~」



なにやら2人を探していた。



大内「どこいった… あ」



教室を見渡すや隅っこで寝る2人を発見



大内「ここにいやがったか おい おまえら起きろ」



大内はつま先で純やと江藤の肩をつついた。



大内「2人共起きろ」



純や「う…ぅ… あ? あ 旦那… どうしたの?」



大内「マスターがお呼びだ 2人共すぐに職員室に行け」



純やは寝ぼけ眼で頷いた。



そしてふと目に触れるや



純や「わあ」



江藤「なに?」



江藤から生えた触手に驚き思わず声をあげていた。



純や「だから その気色悪い物仕舞っとけや ビビるだろう」



江藤「無理だから つ~かいい加減慣れようよ」



純や「慣れねぇーよ そんなの…」



ーーーーーーーーーーーーーーーー



「ちこぉ~~ お~~い ちこどこだぁ~~」



長い髪を後ろで縛った長身な男がチコを探し回っていた。



この男の腰にも日本刀が携えられている



関東第2刀刃隊チームリーダー



坂上 勝(まさる)



マサル「チコォ~~」



マサルが女子更衣室に踏み入れると



チコ「なぁ~に~ 今シャワー中 覗いたら斬るわよ」



マサル「雲市(くもいち)さんが話しがあるとよ 出たらすぐに職員室に行け いいな?」



チコ「はぁ~い 了解」



ガラガラ



開かれた職員室内



先生方のデスクには教材や書類などは全て破棄され、代わりに軍用の無線機や通信装置が置かれている。



その各デスクに座った隊員等が無線のやり取りを行っていた。



純やと江藤はその間を通過し、1人の隊員とすれ違い様に



純や「ねえ 岩渕さんは何処です?」



すると無言で校長室を指差し、通り過ぎて行った隊員



純や「あ ありがと」



コンコン



岩渕「入れ」



2人が校長室へ踏み入れると椅子に座った岩渕ともう1人、岩渕の隣りには腕を組む眼帯の男がいた。



左右の腰に2本づつ携帯された刀



一目で分かる ただ者では無い風格を漂わせる男



この男は関東第1刀刃隊の隊長であり関東中から集められた様々な流派の古武道抜刀術、居合い、剣術の道を極めた達人クラスの剣士達を仕切る長(おさ)



腕に自信ありな剣客共を取りまとめるこの男の名は

 


雲市 世空(せっくう)



2人は雲市を目にするや互いに目を合わせた。



純や「御用とは何でしょう?」



何やら書類に目を通しながら岩渕が口にする。



岩渕「純や おまえ 作戦中に遊んでるそうだな?」



純や「え? 遊ぶ? いや そんな事は無いですけど…」



岩渕「俺達の班は確かにならず者ばかりだ だが死者ゼロの無敗を誇っていた我が班も先の大戦で多くの人命を失った それはおまえもよく知ってるだろ?」



純や「えぇ」



岩渕「あの一件から班の奴等は皆規律も統制も受け入れた 一応はチームだ 殲滅中は誰しも真剣に作戦を行っているんだ おまえも遊んでないで真剣にやれ 油断すればいつ向こう側に堕ちるとも限らんぞ」



純や「はぁい」



みんなだって今でも遊んでるよ…



そう言いたげな少々ふてくされた返事をする純や



すると雲市が口を開いた。



雲市「それはおまえだけじゃない 腕は確かだが 長の称号と責任… あの小娘には荷が重すぎるか… 千恋には俺の方から…」



すると



コンコン



チコ「入りま~す」



ノックされチコが入ってきた。



髪も濡れたまま、ブラウスのボタンを閉めながら純や等と目を合わせたチコ



チコ「あれ え…」



そして空気も読まず、濡れたままの髪で2人の隣りに着いた。



雲市「チコ 遅いぞ」



チコ「ごめんなさぁ~い シャワー浴びてたもんで ちょっとこれ持ってて」



純やに日本刀と上着を持たせ



後ろ髪をシュシュで結い、ブラウスに赤いリボンを取り付け、スカートの裾を膝上まで上げはじめたチコ



あまりに空気を察しないチコに純やが小声で口にした。



純や「ちょい チコちゃん」



チコ「ん?」



雲市「チコ おまえはまだ16歳という若さだ しかも女だ にも関わらず3番隊の隊長を任せている それは何故だか分かるか?」



チコ「はい 分かってますよ それはあたしの腕が凄過ぎるからでしょ ありがと」



純やから刀と上着を受け取った。



雲市「そうだ おまえはずば抜けて腕がたつ 胡座流一心抜刀術 その若さでその腕 実力から隊長の器としては申し分ない」



チコ「感謝感激です」



雲市「まだだ …だが 中身が伴って無い おい おまえはいつまでそんな格好をしてるんだ? 何故スカートを上げた? どうしてわざわざリボンをつけた? おまえは高校生じゃない すぐにそのスカートをやめろ」



チコ「だって 短い方が動き易いんだもん」



雲市「ズボンに履き替えろ」



チコ「嫌です この制服可愛いくてお気になんですから… まぁ ブラウスに血がついちゃうと洗濯が大変なんだけど… でもやっぱ嫌 脱ぎません」



あちゃ~~ とんだ跳ねっ返り娘かよ…



顔に手を当て渋い顔する純や



雲市「貴様 隊長である自覚はあるのか? チャラチャラといつまでも学生気分になりおって おまえにオシャレや女らしさなど必要無い」



チコ「あたしの隊のみんなはみんなこの制服可愛いって言ってくれてます」



雲市「チヤホヤされるのも必要ない すぐに戦闘服に着替えて来い」



チコ「絶対 嫌です べ~」



雲市「貴様 俺に刃向かうつもりか」



チコ「やるかぁ~」



両者が互いに刀の鍔(つば)に指が触れた。



すると



岩渕「2人共 やめろ」



岩渕の一声で止められる。



お互い鍔から指が離された。



このゾンビ討伐に対し、一切銃器を使用しない刀刃隊



今まで数えきれない程、ゾンビの群れに襲われ、多勢に囲まれた事もあっただろう…



しかし彼等、彼女等はここにいる



自らの刀と腕のみでこれまで生き残ってきたのだ



この美しき少女も例外でないその1人



いわば接近戦の超エキスパートといえよう



振るった刀身の間に入れば何人(なんぴと)たりとも 生きてはゆけぬ使い手…



岩渕「とにかく純や、胡座 おまえ等2人は特に戦闘時は気を引き締め、自重するように いいな?」



純や「はぃ」



チコ「はぁ~い」



チラッと雲市と目を合わせるやプィとそっぽを向かせたチコ



チコ「フン」



雲市「チッ 生意気なじゃじゃ馬娘め…」



そんな時



江藤「あの~ まさか俺達こんな事の為に呼ばれたんですか?」



1人冷静な江藤が問いかけた。



岩渕「フッ まさか これは軽いお説教だ いいだろう でわこっから本題に入る まずおまえ等3人を呼んだのはおまえ等にある任務がくだったからだ」



純や、江藤、チコが真剣な表情へと変わった。



岩渕「結論から言う おまえ等3人北海道に向かってもらう」



純や「え?」  江藤「…」  チコ「うそぉ!」



チラッと江藤、チコと目を合わせた純や



純や「どうしてです?」



岩渕「不測の事態が生じた じつは先日スクランブル騒ぎが起きた 狙われたのは東京近海に停泊する米軍空母だ 幸い空母に被害は無かったものの自国の戦闘機が2機も撃墜されている…」



純や「…」



江藤「…」



岩渕「空母に被害は無かったと言ったが代わりに管制塔司令にロックオンアラームを刻んでいったそうだ 発射ボタンが押されてれば空母は落ちていた…… これは明らかに挑発と敵意に満ちた行為 交戦の構えを持ってる事に間違い無い…」



チコ「…」



江藤「このバイオハザードの大パニック中 そんな事する馬鹿は誰なんです?」



岩渕「ロシアだ」



純や「ロシア?外国ですか?」



岩渕「そうだ そしてこいつが…」



岩渕が今まで目を通していた書類の一部を取り出し、3人の前に放り投げた。



岩渕「そいつがその有事レベルのスクランブル事件を起こした首謀者」



3人が覗いた書類に写る顔写真



隠しカメラで撮影されただろう荒さが目立つ1人のロシア人の顔が載せられていた。



岩渕「ヴェチェラフ・メンデレーフ大佐 傭兵時代 俺もよく耳にした事のある名だ ロシアの軍内では英雄的存在 大物だ」



江藤「すいません 話しがまだよく見えません そのスクランブルとかその何たら大佐 俺等とどう関係が?」



岩渕「大有りだ 情報によるとヴェチェラフがこれからこの国を侵攻しようとしているらしい いやもう既に侵攻されていると言ってもいいか」



純や「え?ロシア軍が日本に攻めてきてるんですか?」



岩渕「不確かな部分も多く、今の所まだ詳細ははっきりとは掴めてないんだがどうやら千歳の空軍基地が何者かにって占領された」



純や「それが そのヴェチェラフ…って奴の仕業って事ですね?」



岩渕「あぁ そうだ」



純や「え でも何で俺等が?」



岩渕「殲滅隊から白兵に長けた者を数人出すよう要請があった それでおまえ達の名があがった」



チコ「え~ あたしも~~ そんな所行くの嫌なんですけど 折角隊長の座も頂いて みんなと仲良くなれたのに…」



雲市「おまえの隊 みんな連れてってもかまわん だから受けろ」



チコ「ホント? 11人全員連れてってもいいんですか?」



雲市「貴重な戦力を削くのは惜しいが仕方ない」



チコ「よっしゃ みんなと一緒なの なら行ってもオーケーよ」



江藤「俺達3人だけ?」



チコ「あたしの部隊の人達もでしょ」



江藤「そうだったね… 矢口さんとかは?」



岩渕「矢口、高林は出せない 運搬や補給は人手が足りてないから無理だ おまえ達だけだ これだけって言いたいのか? おまえなら戦力50人 いや100人くらいはあるんじゃないのか?」



江藤「…」



岩渕「とにかくそうゆう事だ この宇都宮戦が片付き次第 まずは三沢に飛んで貰う そこで北部、東北方面の精鋭と合流しろ」



純や「ふ~~ん 北海道かぁ~」



純やが江藤と目を合わせた。



江藤「だね」



岩渕「どうした?」



純や「いや 北海道にはハサウェイさん達がいるなと思って」



岩渕「ハサウェイ…? あぁ 御見内か… そういえば奴とエレナなら今青森にいるぞ どうやらあいつらも向こうでいざこざがあったようだ ザクトの力を借りたいと要請を受けたぞ」



純や「え? まじすか 初耳っすよ 何で教えてくれないんすか」



岩渕「そん時は手が離せない激戦中だったからな 任務に支障をきたしかねないと思って黙っていた」



江藤「いざこざとは?」



岩渕「こっちも立て込んでて直接取り合う事が出来なかった 確か地元の怪しげな組織とどうとかって… それくらいしか分からん」



純や「ハハ 2人して余計な事に首突っ込んだんだろうな ハサウェイさんらしいよ」 



江藤「もしかするとエレナさんかもよ」



純や「あ~ 話してたら久々に2人に会いたくなってきたわ 行けば会えるかもな」



チコ「ハサウェイ…? エレナ…?外人…?」



首を傾げ、1人キョトンとするチコ



江藤「純やくん 北海道行った事あるの?」



純や「いや」



江藤「どんだけ広いか知ってる?」



純や「いや」



江藤「あれだけ広大な土地だよ 奇跡でも起きない限り会うのは難しいと思うよ」




純や「おまえはあるの?」



江藤「いや」



純や「なんだよそれ 行った事あるぜ的なテイで言うんじゃねぇよ」



岩渕「おまえ等 縁があるかもしれないぞ」



純や「え?」



岩渕「三沢の司令本部は青森にある あいつらも今青森にいるんだからな もしかするともしかする」



純や「そうなんすか? じゃあマジで再会出来るかもな江藤」



江藤「うん」



岩渕「話しは以上だ とにかく今は宇都宮の殲滅戦が最優先だ 早急に一匹残らず奴等を排除しろ 北に出向く前にしくじって落命などしたら許さんからな 気を引き締めろ きっちり任務を遂行してこい 3人共分かったか?」



純や「イエッサー マスター」



江藤「了解」



チコ「オッケーです」



3人キチッと敬礼を行った。



チコ率いる刀刃隊と共に北に向かう事となった純やと江藤



また御見内とエレナも目指すは北



その地で待ち受けるのはヴェチェラフ率いるスペツナズ



厳しい冬の訪れと共に



極寒の世界が…



雪に覆われた大地がこれから火の海包まれようとしている…

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