第172話 生抜

ゾンビの群れのド真ん中で足が止まってしまった2人



立ち往生するさなか御見内が殺人サーブを打ち込んできたその先にジッと視線を向けると



ポン ポンポン



頭上高くボールが放られ



はちきれんばかりに盛り上がる腕の筋肉



「ネェ~~オー スカッド サャーブ」



バコン



再び打ち込まれ、目にも止まらぬ球が御見内の頬わずか2センチ横を通過



背後のゾンビに直撃させ、穴を開けた。



1、2秒反応が遅れ、振り返る村田が穴の開いたゾンビを目にする。



「ンギゃ~ ンギャャ~」



村田「なぁ テニスボールで身体に穴が開いたぞ 何キロ出てんだ?」



焦る村田が御見内に問い掛け



御見内は闇夜の先にいるテニスプレーヤー感染者に目を凝らした。



さっきの幼児といいまた特異…



頻繁しそうな嫌な予感…



干渉と連鎖の嫌な前兆を感じた



「うぅうううううう」 「うわぅうううう」



足の止まった2人に詰め寄るゾンビ共が襲いかかってきた。



ドカッ



村田がすぐさまゾンビの腹部を蹴り込むやドミノ式で倒れ込む



村田「おい どうすんだ? この状況が一番ヤベぇ~ぞ」



「ンギャャ~ ウギャャ~ ンギャ~」



懐で顔を真っ赤にしながら黄昏泣きを続ける赤ん坊に



村田「頼むから泣き止んでくれ…」



迫り来るゾンビの恐怖といつまでも泣きやまぬ赤子に困惑する村田



そして痺れを切らした村田が



村田「おい御見内 聞いてんのか? 代われ 俺がライフルで射殺する」



隣りに着き、赤子を渡してくるや



「フォテーーン ラブ ラブ? ラブ…」



頭上高くトスされたボール



「…ラブラドール…」



隆起された腕の筋肉



御見内「待て 打ってくるぞ しゃがんで」



御見内が咄嗟に村田の腕を掴みながらしゃがみ込んだ



すると



「…レトリバー」



バコン



爽快なスマッシュ音が鳴り



御見内等の丁度真ん前に位置するゾンビの頭に直撃



頭がもぎ取られ、御見内等の頭上をボールが通過していった。



球速295キロ



目に留めるのは不可能に近いスピード



そしてコントロールまで修正してきた



たったいま御見内の頬を掠めた殺人サーブ



次は当てにくる…



あんな球 食らえば即死だ…



だが… 何故にこうもコントロールを…



「ウギャャ~ フギャ ンギャ~」



この赤ん坊の泣き声か…



距離は50メートル



建物は目前だというのに…



どうする…?



迂闊に前へ出れず、足踏みする御見内へ



村田「あんなの受けたらお陀仏だ 御見内 早く代われ もう音がどうとか言ってらんねぇ 奴諸共俺がこいつらを掃討すっから」



そして座り込む2人にゾンビが迫ってきた。



「うあぁあああああ」



村田「クソ」



シュ



グサッ



眉間に矢が突き刺さり倒れ込んだゾンビ



御見内「……」



2人の周囲に集まり、そろそろ完全に囲まれそうだ



そんな中 まだ考え込む御見内の肩を掴み、村田が語気を強めた。



「ウギャャ~ フギァァ~~」



村田「御見内 モタモタすんな さっさと代われ」



村田が赤子のお守りを催促し、手渡そうとした。



すると



御見内がその手首を掴み口にした。



御見内「奴はその赤ん坊の泣き声目掛けて打ってきてる 村田さんは俺が出た2、3秒後に動いて 大きく左に周り込みながらでいいや」 



村田「何言ってんだおまえ」



御見内「奴が打つ寸前は注意してよ ゾンビを盾にするなりして回避の方よろしく」



村田「は? 何する気だ? いいから代われよ」



そう言い残し御見内がいきなり前に飛び出た。



村田「おぃ おい…! あいつシカト&自分勝手かよ… クソったれが」



押し付けられギャンギャン泣き喚く赤子を大事に抱え、ヤケになった表情で小言を吐き捨てる村田



村田「クソ」



そして村田も数秒後に飛び出した。



ポン ポンポン



サーブ前のプレショットルーティーンで一丁前にリズムを刻む感染者



「ドリームはグランドスラム出場… スス… スラム街… スス… スラム街といえばスライム スライムと言えばスラムドッグ スラムドッグと言えばスラムダンク」



次球の殺人サーブを打ち込もうとする感染者の不気味な目玉がサイドへと動かされた。



それは赤子の泣き声がする方向にだ



そして



身体がズラされ、ボールが天高く放られた。



「ダァ~~~ンク」



「シュート」



バコン



村田が歩道まで飛び出し、直進しようとした途端



ビュン



頭上スレスレを駆け抜けていった弾道



村田「わぁ」



村田は思わず腰が引け、膝を落とした。



すると



バコン



再びスマッシュ音が鳴り



ありえない角度からカーブを描き村田の肩をボールが掠めた。



微かに打球が触れ、足を滑らせる。



変な角度から曲折、通過していった打球



そう 球には回転がくわえられていた



強力なスピンが掛けられたツイストサーブだ



しかもそれは人間業ではありえないレベルのカーブ



しかも変化球がかかっているにも関わらずスピードは180キロ



しかもこの暗闇の中だ…



村田は視認はおろか訳も分からず通過後のボールに目を向ける事しか出来なかった。



ただ1つ 今分かるのは己が標的にされてるって事…



村田はよろけた反動で足を滑らし、赤子を落としそうになるも何とか踏ん張った。



赤子をしっかり抱き直し、直進し始めた。



「うぅうううううう」



目の前に畑から歩道に出てきた農夫ゾンビの姿



村田はその農夫ゾンビを寸前でかわし、道路に飛び出た時だ



「…バーベキュー大会で使用する生贄の素材が決まった え~ 現在保育園に通う成田康道くん 5歳 この子供に決定した 早速だが明日両親の承諾の有無を確認してこい 年一の町内会行事の為だから快く了承するとは思うが万が一断られたらその場で両親は殺していい その場でガキを攫って来い  ただし子供達の前でバラ(解体)すんだからその子供は無傷でやるように」



突如 斜め後ろから突っ込んで来た感染者



感染者が村田の背中にしがみついてきた。



両手を塞がれた状態で背後を取られた村田



村田「ヤロ」



感染者はしがみつくなり口をあんぐりと開けた。



村田は即座に上体を屈め、身体を捻らせながら背負い投げの要領で自ら倒れ込んだ



ドカッ



そして感染者をクッションがわりかつアスファルトへ叩きつけ、手が外れるや反動で起きあがった。



次の瞬間



ポンポン ポン



ボールを弾ませたあの音が村田の耳に届いてきた。



「俺っちこそテニス界のプリンス テニスのエンペラーこと桜木はなみちだぜぇ~ リバウンドを制する者こそテニスを制する だぜ」 



テニスボールが10メートル近く空に上げられる



「…見ててくれよマコっちゃん キメるぜ スペクタル~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」



この長き語文を超早口でまくしたてた感染者がサーブ態勢に入った。



打ってくる……



赤子を抱きしめたまま村田が暗闇を見据えたその先にぼんやり映るシルエットが捉えられた。



そして慌てて回避行動に移ろうとした その時だ



ガシッ



村田の足首が急に掴まれた。



なっ…



村田が振り返るとそこには匍匐(ほふく)した感染者が足を掴んでいた。



「ゲヘヘ ガキ一匹血祭りのはらわた引きずり出しイベント楽しみだなぁ~~」



村田はすぐに足払い、前方に目を向けた。



「…ジャーイロ~~~~」



感染者がラケットを叩く寸前のフォームの影



回避に間に合わない…



懐抱された今だ泣き止まぬ赤ん坊の泣き声も遠のきで掻き消される程



茫然と身を固めた村田が目の前の影に注視した。



だが…



爽快なあのスマッシュ音は鳴らず



ポン ポン ポン ポンポンポポポ



代わりに地面を跳ねるボールの音のみが聞こえてきた。



村田が目を凝らした先



ラケットを握りし隆起した筋肉



その振り上げられた腕はロックされ



また側頭部には刃物が深々と刺し込まれていた。



感染者のいびつで不気味な目はたちまち白眼を剥き、その背後にはあの御見内の姿



感染者の手からラケットが離れ



カラン



ラケットの落下音が鳴り響いた。



暗闇に紛れ、背後から周り込んだ御見内が羽交い絞め



テニスプレーヤーの特異感染者にトドメを刺していたのだ



ドサッ



すぐさま感染者を投げ捨てた御見内



御見内「村田さん 来い」



その声にハッとさせた村田が走りだした。



街灯の明かりに皮膚科の看板、自分等が乗ってきた警察車両が照らされ、村田がシャッター前まで辿り着くや、既にシャッターに手を掛け、手招きする御見内



ガラガラ



御見内がシャッターをほんの少しだけ上げた。



御見内「先に入って」



村田が寝そべり、ゴロゴロ転がりながらイン



次いで御見内も転がりながらシャッターを潜り抜け中へと入った。



そしてシャッターを閉めようと御見内が手を伸ばすや



ガン ガンガンガン



シャッターに激しくぶつかる音がなり響いた。



そして そいつが急にしゃがみ込み



中に顔を突っ込ませてきた。



感染者が中を覗いてきた。



「…バーベキュー大会が待ち遠しくて待ち遠しくて待ち遠しくて待ち遠しくたまらない 人間の肉はさぞかし美味いんだろうなぁ~ 生きた子供の解体ショーも早く子供達の喜ぶ顔が見たくて見たくて食べさせたくて、解剖したくて、切り裂いて、切り刻んで、くり抜いて、引き裂いて、チョン切って、ブッ刺して、ブッたぎって 細切れにして」



何を言ってるのか分からない早口で独り言を喚く感染者



わずかな隙間から充血させたそのキチガイな目が御見内、村田と目を合わせた。



その感染者がシャッターに手を掛けるやこじ開け、同時に入り込もうとしてきた。



御見内は両手で開かれるシャッターを押さえ込んだ



「ンギャャ~ ンギャャ ウギャャ~」



院内に響く泣き声、物音、喚き声にポン吉や三ツ葉、奥の部屋からマツやエレナが驚きの表情で顔を覗かせ、それぞれの目にゾンビが入り込もうとしている光景を目にした。



御見内「手…手を貸せ…」



村田「持ってろ」



三ツ葉「え え…」



急に赤ちゃんを渡され戸惑う三ツ葉



村田が三ツ葉へ赤子を預けるやダッシュし



スライディングで滑り込んだ



そして



ドカッ



感染者の顔面にヒット



たじろいだ感染者に続けざま



ドカッ ドカッ



何度も顔面を蹴りつけた。



感染者は外に押し出され、シャッターから手が離されるや



御見内、村田が強引にシャッターを下ろした



ガラガラガラ



完全にシャッターは下ろされ



村田がロックを掛けた。



御見内「ふぅ~」



深い息を吐き、シャッターにもたれた御見内



ガンガン ガン



「うぅうううう」 「うぅう ううう」



シャッター越しに殴打する音や集まって来る足音、呻き声が聞こえてきた。



村田もシャッターにもたれた。



村田「命辛々戻れたはいいが… どうすんだ 結局 ゾンビが集(たか)ってきてんじゃねえかよ」



御見内「朝まで物音たてずに大人しくジッとしてれば諦めて解散してくれるかもしれない まぁ とりあえずここで様子を見よう」



村田「大人しく? つ~かそれ… あの王子様に言ってくれよ」



「ンギャャ~ オギァァ~」



四苦八苦する三ツ葉の胸で泣き続ける赤子を指差した村田



村田「おまえ あんなベイビー引き受けたはいいが これからどうすんだよ? 誰が育てんだ?」



御見内「……ああするしかなかった」



エレナ「何の騒ぎ…」



奥からきたエレナが赤子を目にするや



エレナ「赤ちゃん? 貸して」



三ツ葉「あ… あ はい」



見ず知らずの赤ん坊を抱き、あやし始めたエレナ



「ンギャャ~ オギァァ~ ンギャャ~」



エレナ「ん~ はい はい はいはい」



無骨なヤロー共とは違い、手慣れたあやしで優しく赤ん坊を揺するエレナが



エレナ「お尻がちょっと気持ち悪いのかなぁ~ おしめ変えましょ~ねぇ~」



そしてエレナが赤子を抱えたまま2階へと上がって行った。



それを一部始終見ていた2人



村田「あ~ 案外大丈夫かもな…」



御見内「あぁ 意外だな… 知らなかった…」



赤ん坊を救出、無事ゾンビの群れから2人は生還を果たした…



そしてこの病院で一夜を過ごす事となる。

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