第169話 民家

青木等が撤退をはじめた



その頃



岬皮膚科クリニック



そう袖看板が掲げられた2階建てビル



田舎町の小さな医療施設前に1台の警察車両が止められていた。



シャッターがこじあけられ、ガラスドアは破られ、扉が開かれている。



その中から幾つものライトが漏れ出し、中から声が聞こえてきた。



マツ「そこのシャッター 下ろしとけ」



ガラガラガラガラ



御見内が静かにシャッターをおろした。



それから待合室や診察室などあらゆる部屋の電気が点けられた。



チカチカと今にも切れそうな蛍光灯が複数含まれるものの特に支障は無い



マツ「ここに座れ」



マツが待合室のソファーにポン吉を座らせた。



柊を背負った臼井、小泉を背負う村田に



エレナ「こっちこっち こっちにベッドがあるよ 2人共ここに寝かせて」



奥の部屋から手招きするエレナ



2台の病床が置かれた部屋に瀕しの小泉と脚の傷が深い柊がベッドに寝かされた。



臼井「俺はこれから患部のこれの摘出に専念する エレナさんは柊の出血を見といてくれ」



エレナ「分かりました」



臼井「ちなみに縫合の経験とかあるか?」



エレナ「いえ 勿論ありません」



臼井「だよな」



マツ「俺がやろう」



臼井「おぉ そうか 枝が突き刺さってたからもしかしたら縫合しなきゃならんかもしれん 頼む」



マツ「まかせとけ エレナ とりあえず消毒液と包帯を用意してくれ あとアドナって言う止血剤があったらそれも頼む」



エレナ「分かりました ポン吉さんは?」



マツ「あいつは軽傷だ マキロンでも塗って絆創膏でも貼っておけば大丈夫だ まぁ足の骨が折れてるようだから手の空いた奴に足の固定だけでもさせておけ」



エレナ「はい 分っかりました じゃちょっと探してきます」



マツが頷き袖をまくった



白衣を脱ぎ、臼井も腕をまくり小泉に付着した謎の物質を指で触れた。



固い… やっぱカチ割るしかないか…



臼井「おい 誰かぁ 誰か来てくれ」



村田「どした?」



臼井「悪いがアイスピックみたいな物が欲しい 無ければプラスでもマイナスでも7~8センチ程のドライバーでもいい こいつを割れる物なら何でもいいから探してきて貰えるか」



村田「分かった 他には?」



臼井「トンカチもいる」



村田「了解 他は?」



臼井「後は自分で用意する」



村田「了解」



そして臼井が診察室に向かうと、棚に置かれた医療用の塗り薬やら錠剤、液体の入った瓶などを物色、他にもガーゼやら消毒液、メスやクーパー(剪刀ハサミ)などが片っ端から持ち出された。



ポン吉「いててて もうちょっと優しくやってよ」



三ツ葉「動かないで下さい」



上着が脱がされ、傷口の処置を行う三ツ葉



村田「固定するのここ置いとくぞ 後包帯もな」



村田が骨折した箇所を固定する為の添え木と包帯をソファーに置いた。



三ツ葉「ありがとうございます」



村田「参ったな 何処探してもここにはアイスピックも工具も何もねぇ~」



御見内「工具?」



村田「小泉に貼りついたあれを削るのに使いたいらしんだが ドライバー1本ねぇーわ」



御見内「向かいの民家にならあるかも 俺が探して来るよ」



小さなペンライトを手に取り



村田「頼んだ」



御見内がシャッターに手を掛けるや



村田「御見内 車のエンジン音を聞きつけた奴等が活発になってる恐れがある 気をつけろよ」



御見内「あぁ 急いで取ってくる」



ガラガラガラガラ



シャッターが上げられ、外に出た。



気温もみるみる下がり、白い吐息が目立つ肌寒い夜の町



道路脇に立つ数本の街灯がチラホラと自動センサーで明かりを点している。



御見内は一車線の一般道を左右見渡しながら横切った。



犬の遠吠えが聞こえるのみで静かな夜道を渡り、歩道から再度辺りを見渡した。



周囲に奴等は見当たらない



向かいには畑が広がり、沿道には潰れた店らしき建物が二軒見られた。



また畑の中には農家らしき家屋が一軒、他にも畑に囲まれた一般的民家が二軒ほど見られた。



御見内は左右に目を配りながら農道を歩み、一軒の民家へと向かった。



サブマシンガンや弓は病院に置いてきて手ぶらな状態、手首に巻きつけた紐を解き小槍を掴んだ御見内が民家の門前に立った。



ペンライトで照らした先



庭には三輪車やカラーボール、水鉄砲やフラフープなどが散乱し子供がいたであろう形跡が見られた。



御見内は注意深く門を開き、その庭へ踏み入れる



居間の窓はスライド式の雨戸が締められ、またもう1部屋の窓には板が打ちつけられ、バリケードが施されてある



板には無数の血の手形がこびりつき



以前何かしら襲撃を受けたのだろう痕跡と思われる



ここから部屋の中をうかがう事は出来ない



電灯の明かりが届かぬ真っ暗な中



月あかりとペンライトを頼りに庭に視線を配った。



奴等はいない



奴等の声や気配も無い



それから御見内は玄関へと向かいノブを掴んだ



ガチャガチャガチャ



だがドアには鍵が掛けられていた。



戸締まりは万全か…



御見内はそのまま家の裏手へと周り込む



砂利の敷かれた人1人通れる程の細い通路を通り、台所があるであろう勝手口前に立った。



曇りガラスの扉にも木製の板が幾本か打ちつけられバリケードの処置が施されてあった。



ここもか…



御見内はダメもとでそのノブを掴み、捻るや、その扉は容易に開いた。



開いている…



そしてゆっくりとドアを開き中を覗いた。



その瞬間



うぅぅう~~~~ うわぅううう~~



中から鳴き声が聞こえてきた。



御見内「ハァ~~」



御見内は深い溜め息をついた。



やれやれ… いるのかよ… 面倒だな…



少し離れた右隣りの民家に目を向け、次いで左側の農家にも目を向けた。



隣りの家でも探すか… 



そのまま勝手口の扉を閉めかけたが…



いや… でも散策してる時間も無い…



それに何処行ったって奴等はいるんだ… どこも同じだしな…



まぁ いいか… 感染者はいなそうだし…



普通の人ならまず奴等がいない家を探すだろう…



だが御見内は思い留まり、ドアを開けた。



そして気だるい表情で勝手口からそのまま侵入し、目を閉ざした。



キツい腐敗臭が鼻を襲う中



耳を澄ました。



ギシッ ギシ



「うぅぅう~~ぅ」 「うううぅぉぅうう」 「あぁ~ あぁぁ~~あ」



ゾンビが… 1… 2  3体…



1階に2体… 1体は2階かな…



声や足音からかなり正確に数を割り出す事が出来る御見内の技能



奴等がうじゃうじゃ密集する東京の大都会を生き抜く上で身につき、培われた特殊技能と言えるサバイバル術の一つだ



ギシッ ギシッ



「うぅぅう~~」



軋む音をたて、廊下を歩く音がこちらへ近づいて来た。



御見内はペンライトを消し、食器の水切りカゴに差し込まれた一本の家庭用包丁をすかさず抜き取った。



そして入口付近の壁際で待ち伏せた。



ギシッ キシ



「うあぁぁ~~」



肉の腐った悪臭が近づくにつれ強まり、御見内の鼻についた。



右手に小槍、左手に包丁を構える御見内



ギシッ ギシッ



ジャラジャラジャラ



音を鳴らし



ゾンビが入口に垂れた木製ビーズのヒモのれんをくぐり抜け姿を現すや



横から飛び出した御見内が即座に血まみれのエプロンを掴み、静かに引き倒した。



そして前屈みに倒れ込んだ主婦ゾンビに



ズブ



後頭部に包丁を刺し込んだ



包丁の突き刺さったゾンビは呻き声を止め



一撃でゾンビが仕留められた。



鼻がもげそうな激烈な死臭を放つ主婦ゾンビの死体には目もくれず、御見内はキッチン内の捜索をはじめた。



流しの引き戸にはしゃもじや菜箸、おたまにピーラー、戸棚には植物油、サラダボール、土鍋からフライパン、ケトルなどなどが収納されているが目的の物は見当たらない



また向かいの鏡面キャビネットの引き出しを探すがスプーンやフォーク、箸などがあるのみでアイスピックらしき物は見つからなかった。



無いな…



そして御見内がキャビネットを開くと同時に傾いていた数枚の皿が崩れ落ち



ガシャン バリーーン



皿が大きな音をたてて割れた。



しまった…



御見内はすぐさま聞き耳をたてた



「うあぁああああ」



ギシッ キシ



ゴロゴロ ガコン バシッ バコン



案の定 即座に音に反応を示した奴等



2階から転げ落ちる音がし



コツ ゴン ゴン



何かが床板を突く音がしてきた。



「うぅぅううう」



2体揃ってこのキッチンにやって来る。



御見内はゆっくりと小型テーブルの後ろへ回り込んだ



「ああああぁ」



衣服が擦れ、微かに引きずる音、階段から転がり落ちた奴はズリ這いで向かって来る



カツ カツ ゴン



ほぼ正面に立ち、小槍を握り、身構える御見内の眼前に



暖簾をくぐってゾンビがつらを出した。



紺の着物姿に杖をついたジジイのゾンビだ



左手はちぎれ、また顔の一部も食いちぎられなくなっている。



こいつも主婦ゾンビ同様かなり腐敗が進行し、猛烈な臭いを撒き散らしていた。



「うぅぅう あぁぁ あああああ」



ジジイゾンビは御見内を見るなり久々の食料を前にしてか… いきなり興奮しはじめた。



傾げた首を振り子にし、目を大きく見開き、杖を振り回し、御見内に襲いかかってきた。



っと同時に



ガン



蹴り押されたテーブルが接触、ジジイゾンビの接近は阻まれ、よろけた。



その間テーブルに飛び移った御見内



手にはステンレス製の湯沸かしポットが握られていた。



小槍が臭くなる… こいつで十分だ…



次の瞬間



バチコン



ジジイゾンビの頭頂に叩きつけられた。



ゾンビの頭は潰れ、またも一撃で沈めた。



それから御見内は脳みその一部がこびりついたポットを握ったまま台所から飛び出した。



「うぅぅうわぁぁぁあ~~」



そして這いつくばって向かって来るゾンビに逆に向かって行った。



この家の息子だろうか…



中学生らしき学ラン姿のゾンビ



両脚が太もも辺りから欠損し腕のみで匍匐前進して来るゾンビに…



バコン



近づくなり力いっぱいポットを振り下ろした。



「うぅぅ… うぅ…」



頭部が大きくへこむがまだ生きている



すると



バコン



すぐさま2発目が振り下ろされた。



頭は完全にカチ割られ、ひれ伏した中学生ゾンビから永遠に呻き声があがる事はなくなった。



ふ~ 一丁あがり…



これでもうこの家は安全だな…



御見内はポットを投げ捨て、何事もなかったかのようにジジイゾンビをまたぎ、台所に戻っていった。



月明かりがよく差し込むキッチン



だがやっぱり暗い事に変わりはない



もうこの家にゾンビはいない事だし



安全は確保された事だし…



御見内は迷わずに照明スイッチを入れた。



そして明るくなったキッチンでアイスピック探しを再開させた。



あらゆる棚や引き出しが掻き出され、隈無く探すもののやはりアイスピックは出てこない



どうやらこの家にアイスピックなる物は無さそうだ…




なら工具箱は…



流石にどの家庭にもドライバーの1本や2本くらいはある筈



キッチンをあとに、リビングへと向かった。



再び死体を跨ぎ、リビングに入るや明かりを点け、部屋を見渡した。



リビングは随分と荒れた形跡が見られる



リビング中に散乱した絵本やオモチャの数々



壁には血のついたひっかき傷が見られ



カーテンはビリビリに破かれている



またガラステーブルは粉々に割られ、ソファーにも大量にこびりつく血痕などが見られた。



何かしら大暴れした痕跡



ゾンビ化した誰かが部屋で暴れ、家族を襲撃したのだろう…



そんな予想がすぐにつく程の荒っぷりだ



そんな荒れまくった部屋へ足を踏み入れるなり、御見内はある一冊の落ちた絵本を拾いあげ、おもむろにページをめくった。



これはあきらかに幼児が読む絵本



そして御見内の脳裏によぎった



そういえば庭には小さな三輪車やオモチャが… あった…



この家には…



小さな子供がいる…



御見内がそっと手から絵本を放し、垂直落下



瞬時に目つきが鋭くなり、神経が研ぎ澄まされた。



そして絵本が床へ落ちたと同時に…



ガシャ~



大きな破壊音が鳴り響いてきた。



それはドアがブチ破られる音だ



ガシャ~ パリィーン



「マァンマ~」



血筋が浮き上がる異常に見開いた両目玉をカメレオンの様に不規則に動かす



特異な反応…



「マァンマァ~ ハァーヨー マァ~マー ハーヨー」



左手にバスのミニカー、右手に消防車のミニカーを手にした1歳から2歳程の幼児が風呂場から脱衣場に足を踏み入れた。



「マァンマンマァ~ ハーヨー マァ~マ ハーヨー」



そのフレーズを繰り返し連呼し



風呂場から幼き子供の感染者が姿を現した。



「マァァァ~マァァァ~」



それから叫び声をあげドタドタと廊下を走り出す



来る…



迂闊だった… まさか感染者がいるとは…



窓際の隅まで後ずさり打根を逆手にファイティングポーズを取った御見内



ドタドタ



おもちゃの車を振り回し、紙おむつのみをつけた裸状態の幼児



ヨタヨタ走りで廊下を駆け抜け、リビングをそのまま通過していく姿を目にした。



すると



すぐに引き返し、幼児が顔を覗かせてきた。



「マアンマァ~~ ォハーよ~~」



目玉が異常な動きをしている…



まさか…… この特徴的異様な目玉の動き…



このチビっ子感染者…



特異か…



チッ… マジかよ…



厄介な奴に出くわした…



ゾンビとは違い危険レベルは跳ね上がる



幼児の体格とて油断は出来ない



御見内は険しい表情で幼児の特異感染者を警戒、戦闘態勢を維持し出方をうかがった。



「マァーマー へぇーり~~ ハァーヨー へぇーり マアンマァンまぁ~~」



ポンポン(お腹)を擦り、お腹が空いた事をアピールしはじめた。



「あ~ ほんほん」



ヨタヨタ足で部屋に入ってきた幼児感染者が床に落ちた絵本を発見するなりオモチャの車を投げ捨て、急に座り込んだ



そして絵本にかじりつくかのように読みはじめた。



「あ~ ガスュパール く~ろ し~ろ」



襲いかかって来ると思いきや意表を突いた行動に御見内は戸惑いを見せる



お気に入りだったのだろう絵本のページをめくり、夢中になるさなか



今なら逃げるチャンス…



特異感染者相手に戦闘より遁逃(とんとう)を選んだ御見内が脱出を図ろうとするのだが…



窓は雨戸が閉められ、逃走経路は目の前の入口のみ



入口付近には幼児感染者が絵本を見ながら座り込んでいる



「マァーマー ガスュパール… かぁ~い~」



御見内の存在を忘れ、絵本のページをめくる感染者の隙をうかがいながらゆっくり移動をはじめた。



打根を構え、いつ襲いかかってこられても対応出来る姿勢で慎重に足を運んで行く



壁際を伝い、音を殺し、わずかに2~3メートル横につけた。



幼児の横顔から視線を離さず緊迫する御見内



「あ! シャルル~ ルイーズュ」



そして…



絵本のキャラクターを指さし、夢中になる幼児に気づかれる事無く御見内が横を抜けた。



それから息さえも殺し、忍び足で後ずさるや廊下に出た。



成功だ…



ふぅー



ホッとさせ軽く息継ぎした御見内がそのまま正面玄関へと向かった。



「マァーマー あ! リィ~サァ あ!シャルル~」



部屋から聞こえてくる感染者の声を耳にしながら鍵のロックを解除、静かにチェーンを外し、ノブを掴んだ



その時だ



ピ~~ンポ~~~



室内に鳴り響いてきたチャイム



ピ~ンピーンピポピポピポ~~~ン



それから連打され、鳴りまくったチャイム音



マジか…



曇りガラスの先に見える人集りの輪郭が御見内の目に止まった。



無論 人じゃない…



御見内がソッと覗き穴から外の様子を探った瞬間



御見内の瞳が微かに拡張、愕然とさせた。



玄関前に複数のゾンビや感染者がつっ立ってるのだ



次の瞬間



「はぁ~~い マァ~~ンマンマァ~~」



チャイム音に呼応し幼児感染者が廊下へと飛び出してきた。



突如の訪問者…



そして 視線を交えた先には特異化した幼児の感染者が目の前に現れた。



御見内「…」



バトル以外の選択肢は無くなった

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