第164話 明神

明神「目が見えん」



オイル、ライター、ナイフなどが投げ捨てられ 



あらゆるポケットに手を突っ込み探すがマガジンは見つからず



明神「クソぉ」



弾を使い果たした狙撃銃をも投げ捨てた。



明神「あ~お~~きぃ~ 出て来いや~」



青木「あ~ もうやけっぱちになってら あのおっさんはもう終わりだ 始末する」



青木が拳銃を構えた。



その時



ふとこちらを見つめる視線に気づき、目を合わせた。



涙目の美菜萌と目が合い



美菜萌「もう駄目かと思った 良かった…」



青木「俺もだよ 一発逆転だ」



美菜萌「うん… グスッ」



青木が美菜萌の涙をそっと指で拭った。



そして美菜萌は息を吸い込み、気を取り直した様子で表情を変えると青木と共に顔を覗かせた。



美菜萌「さっきの注射器、あの中にはゾンビ寄生虫の卵が入ってるそうなの」



青木「卵?」



美菜萌「えぇ 人工的にDNAを組み替えた特殊な卵みたいで 体内に入れると力がアップしたり、傷を治す効果があるんだって、しかも自我を失う事もないんだって 明神がそう言ってた」



青木「随分と虫のいいスキルアップ秘薬だな 奴等を駆除する特効薬さえも確立されてない段階なのに そんな都合のいいクスリ… 怪し過ぎる 治験をクリアーしてるとは思えねぇしな」



美菜萌「うん 私もそう思う 上手くなんていきっこないよ… それは明神も恐らく同感だったんでしょう だからあれを青木さんで試そうとしたんだよ」



青木「あぶね~ 実験台なんて御免だぜ まぁ 代わりにテメェーの目ん玉にブチ込んでやったけどな…… それより早く化け物になる前に頭を吹き飛ばさないと…」



すると



「があぁぁああああああ~」



明神の叫び声が上がった。



2人が目を向けるや



頭を抱え、のたうち回り、暴れ出す明神が目に映った。



青木「やべぇ ってか 反応早くねぇ~…」 



明神の両目から異常な量の泡ぶくがたっている。



青木「…ってか何だよあれ…」



美菜萌「青木さん 化け物になって復活しちゃうよ 早く食い止めないと」



青木、美菜萌の前で明神が早くも変化をはじめた。



上下左右に首をカクカク曲げながら、苦しげな声を漏らす明神



明神「うぐ… うぅ う ぐぅ」



目から湧き出す血の混じった泡立ちが顔部を埋め、周囲を走り出した。



ガコ



そして木にぶつかり、倒れると



仰向けに倒れた明神が今度は笑い声をあげはじめた。



明神「ヒッヒヒヒヒィ~シィ キィシシシシ カァー カカカッカッカッカッ」



青木「おいおい イかれはじめた 感染化だ 注射打ってまだ3~4分も経ってねぇのにもうそんなに早く侵されてんのかよ」



美菜萌「やっぱり欠陥品だったんだ 成果も無いのに嘘ついてばらまき、そそのかして人体実験させる、その上、上手くいったやつのDNAを採取して、はいお終い きっとそんな手口なんじゃないかな」



青木「代表ならやり兼ねない 人の命なんかその辺に落ちてる枯れ葉を踏み潰すくらいにしか思ってねぇからな… 感染者になる前に撃ち殺す」



そしてマカロフを手にする青木が幹から飛び出し銃口を向けた時



それは起きた…



ブクブクブク



目から溢れる泡の勢いが止まらず、明神の身体が急激に包み込まれていった。



そして急に水蒸気の様に身体中から泡を噴射



頭や腕、露出するあらゆる皮膚から細かな泡状が吹き出してきた。



そして周囲が霧の様に包まれだした。



何だ…?



今まで見た事の無い現象に青木は戸惑い、危険を感じた。



また陰から覗く美菜萌もこの異様な光景に言葉を失った。



何が起きてる…?



どう見ても通常の感染化じゃない変化…



何がはじまるんだ…?



青木が射撃を行おうにも明神は霧に呑まれ、姿が見えなくなっている



また明神から噴射された泡が広がり、2人に迫ってきた。



青木は慌てて美菜萌の手をとる



青木「何だか変だぞこれ 後ろまで下がろう」



カラン



美菜萌「あ…」



握った拍子に折れた長棒が落ち、目を向ける美菜萌の手が引かれた。



そして2人は後退した。



美菜萌「ねぇ 青木さん 何あれ おかしい…」



青木「分かってる 異常事態だよ」



美菜萌「私今まで何度もランナーやゾンビになり変わってしまった人達を見たことあるけど あんなの初めてみるよ」



青木「me too」



美菜萌「見て こんなにも鳥肌がたってきた」



青木「あぁ」



美菜萌の手をギュッと握り締めると美菜萌も強く握り返してきた。



美菜萌「私こう見えても結構肝っ玉座ってる方なの でも凄く怖くなってきた…」



青木「それ至極当然な反応っしょ」



美菜萌「鳥肌がおさまらないよ」



この子が本気で脅えている…



手から伝わる震えを感じ取った青木は振り返り



青木「大丈夫だよ美菜萌さん 君の事は俺が死んでも守ってみせるからさ」



根拠も自信も無い、ベタで古臭いセリフだが



青木が頭に浮かべ、今言える精一杯の言葉を口にした。



そして美菜萌にとっても…



今まで男性に頼った事の無い美菜萌にとってもこの言葉は何よりも頼もしく、素直に励みとなる言葉として受け止められていた。



美菜萌「うん…」



そしてかがり火の明かりも届かぬ位置まで後退した2人



空中に漂う無数の気泡が連鎖的にはじける度



シルエットも浮かばぬ闇と気泡の先にいる得体の知れない明神の変化(へんげ)に恐怖する青木と美菜萌



青木が体を張って美菜萌の前に立ち、マカロフを両手で構えだした。



さぁ~ 来るなら来い…



その時だ



ブブブブブブゥゥゥ~ン



羽の音…



2人の耳に高速で羽ばたかせる虫特有の羽音が聞こえてきた。



青木「…」



美菜萌「…」



っと同時に泡の霧を突き抜け、何かが伸びてきた。 



ニョロニョロと空中を蛇行しながらこっちに向かってくる物体…



やべぇ~ のが出てきた…



2人は咄嗟に木陰に逃げ込み、顔を覗かせた。



伸びてきたのは2本の触手



2人は分泌物で濡れ濡れな気色悪い触手を目にした。



っと次の瞬間



丸みを帯びた触手の先端部が突然割れ出し、膜が開かれるや



血走る2つの眼球が飛び出てきた。



人間のサイズじゃない…



その眼はハンドボール程の大きさを有(ゆう)していた。



そしてその眼は何やら探す素振りをはじめた。



まばたきまでする不気味な眼が幹の間をすり抜け近づいて来る。



2人は気づかれぬようそっと幹の周りを半回



巨大な眼はキョロキョロしながらそのまま通過し伸びていった。



青木、美菜萌がそれを強張った表情で見送ると



ブウウウウウウ~~ン



強まる羽音、音が移動している事に気づき、青木が振り向くその先から



「あ~お~きぃ~ あおきぃ~~ あ~おいきぃ~~ 」



名を連呼する声が聞こえてきた。



どこからか明神の声が発せられてきたのだ



明神「いい大人がかくれんぼかぁ~~ 俺を鬼扱いするのかぁ~ 俺の給仕係りのくせしてあつかましい野郎め~ ナイフで刺した事、注射器をぶっ刺した事も今なら水に流してやるからすぐにツラ出せぇ~ あと10秒内に出てきたら許してやる さぁ 数えるぞぉ」



美菜萌「青木さん…」



明神「10  9  8…」



カウントダウンするその声が羽音と共に空へ上がって行くのが分かった。



明神「7  6  5…」



周辺を覆っていた濃霧の泡が嘘のように晴れ、2人の目にトーチの火影が見えてきた。



そこに明神の姿は無い…



明神「4  3  2…」



やはり声は上空から聞こえて来た。



2人揃って見上げた。



その時だ…



ブウウウウウウ~~~~~~ン



小刻みに羽を震わせ



シュタ



松明の前に明神が舞い降りてきた。



トンボのような4枚羽を生やし、全身血管が浮き出るおぞましい容姿の明神



両腕は奇形化し、小さな触手達がうようよとうねっているのが見える



明神「…1 タイムアップだ そのへんにいる事は分かってるんだぞ青木」



青木「クソ なんだあれ…?しかも自我が残ってるのか?」



思わず青木の腕にしがみついて来た美菜萌



青木がウィーバースタンスでマカロフの銃口を向け、明神に狙いをつけた瞬間



2人同時に…



背筋にある気配と視線が感じ取られた…



青木が恐る恐る振り返り、美菜萌もつられて振り向いた時



すぐ背後で巨大な目玉がこちらを凝視していた。



そしてその眼が二度程まばたきするや



サイドから流れるようにスライドしてきたもう1つの巨大な眼も現れ、浮遊した。



すると



明神「そこかぁ~ 青木ぃ~ 見つけたぞぉ~」



明神の喚呼が聞こえ



ブウウウウウウ~~~



羽ばたく風で木の葉が撒き散らされ、かがり火を消し去り



舞い上がった。



再び訪れた闇夜の森の中、奇形化した明神が動き出す



後ずさる2人を血走るギョロ目が何もせず静観し、追いてきた。



そして月明かりが差し込む場所まで後退すると



ブウウウウウウ~~~



羽音が近づき



シュタ



青木等の前に明神が降り立ってきた。



明神「あおきぃ~~ こまつかいの分際で手間取らせんなやぁ~~」



2人の前に現れた奇っ怪な容姿



ただれたような皮膚に全身を這うように浮き出た血管、それが脈動している。



また両手はまるで銃口のような筒状の形に変化している。



月の光に照らされたなんともおぞましい姿…



美菜萌「あ…ぁ…」



美菜萌の表情は凍りつき、恐怖でしがみつく腕に力が入る



目の前のモンスターに明神の面影は一切無い



あるのは自我のみ…



4本の羽が収納され



2本の伸びた目玉が戻りながら縮小、元通りにおさめられた。



青木「明神さんでいいんすよね? また随分とハンサムになったじゃないすか」



明神「テメェ~~ ふざけんなや  ヒデェーみてくれになっちまったじゃねぇか  おまえで試すつもりがこんな醜い有り様にしやがって」



見た目は違えど明らかに明神の声



やはり脳を奪われていないのか…?



明神「ただ殺すだけじゃ気がおさまらんぞ どうしてくれようか」



青木「チッ」



美菜萌を庇い、盾となる青木が明神に拳銃を向けた。



明神「馬鹿がぁ そんなん今の俺様には効かねぇーぞ」



青木「ハッタリは止めてよ 頭を吹っ飛ばせばいくら醜いあんたでも死ぬ事は分かってる」



明神「…」



必死な様子で庇おうとする青木、その背後でしがみつき怯えた表情を浮かべる美菜萌を凝視した明神がボソッと口にした。



明神「ほぉ~~ ほぉ~ なるほど… そういった関係か…」



青木「あぁ?」



明神「その女は貴様の女なんだろ?」



眉をピクリとさせ、一瞬の動揺を見せた青木の眼を目にした明神



青木「関係ないっしょ」



明神「やはりそうか おまえを殺すより、その女から殺した方がおまえに遥かにダメージを与えられそうだな」



クソ… この化け物ジジイ…



明神「まずはおまえの目の前でその女を八つ裂きにしてやろうかな」



その言葉で… プチン



醜怪な化け物を前に…



一気に込みあがった感情、それが一気に恐怖を勝った。



美菜萌のしがみつく腕を振り払い、両手でマカロフを握り締めた青木が怒りの表情で口にした。



青木「あぁ~ その通りだ だけどまだ愛の告白もしてねぇ~んだ 俺の恋路をクソ化け物如きが邪魔すんじゃねぇよ」



え…?



はっきりと今の言葉を耳にした美菜萌は一瞬驚きの表情に変わる



やらせるか…



そして青木がトリガーを引こうとした



その時



両腕にいきなり触手が巻きつかれ、前倒しに倒された青木



そしてうつ伏せる身体を無数の触手達に押さえ込まれた。



青木「ぐぅ」



明神「テメェー 誰に向かってそんな口きいてやがる 生意気なぁ~ その女の苦しむ顔を存分に見せてくれるわ」



それと同時に触手が美菜萌も手にも巻き付き、明神の元へと引き寄せられた。

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