第163話 回録

両断されしまった棒…



両手に分かれたその棒を手に美菜萌は茫然とさせた。



美菜萌「あ… ぁ…」



長年使い古した愛用の剣棒が無残にもへし折られてしまったのだ…



明神「何度同じ事を言わせるんだ おまえにも見て貰うと言っただろ そこで大人しくしてろ」



美菜萌は折れた棒を握るその手を震わせ



今にも注射針を打ち込もうとする明神を目にした。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



回顧



軽く飛び上がり、床に叩きつけられた、長棒



まるで踊るように高速回転された棒を自在に操る師範の姿を、美菜萌は言葉もかけずにただジッと見学していた。



アクロバティックかつスピード感あふれる棒の操り



剣道とはまるで違う動き、今まで見た事無い舞いに、美菜萌は一目で魅了されてしまっていた。



「フッ ハッ」



道着である袴の上半身は脱がれ、裸体姿な師範から垂れ落ちる汗



師範から発せられる息継ぎが激しい雨音にも負けず道場内に響き渡り、全身駆使された演舞がピタリと止まり、フィニッシュされた。



パチパチパチパチ



思わず拍手する美菜萌



師範「美菜萌さん?」



息を荒げた師範がその拍手に振り返り美菜萌を目にした。



美菜萌「ご無沙汰しております 師範」



師範はタオルを拾い上げ、拭いながら口にした。



師範「これはこれは美菜萌さん お久しぶりですね こんな夜遅くにどうしましたか?」



美菜萌「すいません 部活で遅くなってしまいまして 通りかかったら電気が点いてたので雨宿りと師範のお顔が見たくてついつい寄っちゃいました」



拭い終え道着を着た師範



師範「そうですか 嬉しいですね 部活にも精を出してるようで 先生も美菜萌さんに会えて嬉しいです しかし凄い雨ですねぇ~」



美菜萌「はい どしゃ降りです おかげでびしょ濡れで」



美菜萌の横に立ち玄関から外の様子を伺う師範が手にする物



竹刀じゃない 長い木の棒



それを目にした美菜萌



美菜萌「師範 さっきのあれって何ですか?」



師範「うん? あぁ~これの事ですか 実は先生数年前から剣道以外の武術も趣味でやってるんですよ」



知らなかった…



美菜萌「へぇ~ 凄い 何て言うんですか今の?」



師範「バーラティア棒術と言います インド発祥の演舞主体な棒を使った武術です」



美菜萌「バーラティアですか… 格好良かったです 私見とれちゃいました。」



激しい雨を目にした師範



師範が替えのタオルを美菜萌に差し出した。



師範「そんなんじゃ風邪ひいてしまいます これ使って下さい」



美菜萌「あ ありがとうございます」



師範「もう夜も遅いですが こうも雨が激しい中帰れとも言えませんね 少し雨足が弱まるまで美菜萌さんも軽くやってみますか?」



美菜萌「え?いいんですか?」



美菜萌は身体を拭きながら目を輝かせた。



師範「勿論です ただし美菜萌さんは中学生ですし 親御さんも心配しますので30分だけやりましょう」



美菜萌「はい ホントですか? やりたいです ありがとうございます」



師範「フフ なら帰りは先生が送りましょう」



師範が道場のある引き戸を開けるや立てかけられた一本の新品な長い木の棒を取り出し、それを美菜萌に手渡した。



師範「さぁ じゃあ早速やってみましょうか」



手にした棒を興味津々に触りまくりクルクルバトンのように振り回す美菜萌



美菜萌「はい ご指導宜しくお願い致します」



師範「まずは回してみましょうか 棒術と言うのは世界各国あらゆる国で盛んに行われています 日本でも流派に分かれて色々ありますし、杖術、槍術も含めればかなりの種類があるんです インドでもシランバムって呼ばれる似たような棒術もあるんです」



美菜萌「へぇ~」



師範「バーラティアの特徴はスピードある回転です」



道場中央に立った2人



師範「ではっ ゆっくりやりますので美菜萌さんも先生の真似をしてみて下さい」



美菜萌「はい」



師範が長棒片手にゆっくり回しはじめた。



それを見様見真似で行う美菜萌



カラン カラン



失敗し何度も棒を落としては拾い、先生の動作を真似た。



カラン カラン



師範「最初から上手く出来る人などいませんよ 剣道と同じです 反復し身体に覚え込ませるのです 何度も何度もやってコツを掴むのです」



美菜萌「はい」



ゆっくり縦に回し、横に回し、斜めに回される棒



こうして30分間の池杉師範による棒術のレクチャーを受けた美菜萌



その後雨足が弱まる事も無く



美菜萌の自宅前に車が止められた。



師範「着きましたよ」



美菜萌「送って頂いてありがとうございます」



師範「い~え お疲れ様でした また道場に遊びに来て下さいね」



美菜萌「はい 是非」



そして扉を開き、一礼した美菜萌



師範が車を走らせようとした



その時



コンコン



窓がノックされた



パワーウィンドウが下ろされ



師範「どうしました?忘れ物ですか?」



美菜萌「あ いえ 師範 さっきの何ですが… 私 バーラティア棒術やりたいです 勿論剣道も好きなんで稽古も部活も絶対手は抜きません ですからこれからも指南して頂けないでしょうか お願いします」



雨の中 頭を下げる美菜萌を数秒程見つめた師範



師範「いけません折角乾いた身体が濡れてしまいますよ そうですね…… じゃあさっきのあの棒は先生からプレゼントしましょうか あれは美菜萌さんの物です」



一瞬でズブ濡れる頭を上げた美菜萌



美菜萌「ホント?」



師範「えぇ 喜んで ただし約束ですよ あくまでメインは剣道です 練習は怠らないように」



美菜萌「はい ありがとうございます」



師範「ではっ 都合のいい日にでも来て下さい 道場で待ってますよ 」



美菜萌「はい やったぁ~ あ おやすみなさい」



目を輝かせ、笑顔で手を振り、見送った美菜萌



こうしてバーラティア棒術なる武道を知った美菜萌



バーラティアに触れ、剣道と共に棒術の道を進んで行く事となる



忙しい部活動 



8月に行われる大きな大会 全国中学生剣道大会に向け練習は過酷さを極めた。



地方大会の団体戦先鋒にレギュラーとして選ばれクタクタになる程の厳しい練習量



そんな忙しい中 美菜萌は夜の道場に通う事になった。



そして師範にバーラティア棒術を習う事となった。



剣道も好きだけどバーラティア棒術も好き…



美菜萌「師範 聞いて下さい 私地方大会の団体戦の先鋒に選ばれたんです 嬉しいです」



師範「それは凄いですね 頑張って下さいよ」



美菜萌「はい」



師範「じゃあ 始めましょうか」



寝る間も惜しみ部活動と平行した棒術の練習



師範「ハッ ハッ」



部活で疲れた身体なのにそれを吹き飛ばす楽しさに…



美菜萌「ハッ フッ ハァ」



次第に虜になっていった…



ひたすら師範の動きを真似



回転、動きも次第にさまになっていった。



美菜萌「師範 地方大会優勝出来ました これで8月に行われる全中大出場に決定です」



師範「お~ それは素晴らしい 来月ですか 気を引き締めてより一層練習に精を出して下さい」



美菜萌「はい 私頑張りますから」



師範「さぁ じゃあ疲れてるでしょうしチャチャっと始めましょう 前回の型と舞いのおさらいから始めましょうか」



師範による特別指導でみるみる上達、師範の動きにも徐々についていけるようになってきた美菜萌



美菜萌「師範 一回戦で敗れちゃいました 私悔しいです」



涙目で結果報告する美菜萌



師範「残念ですね でもその悔しさが大事です その悔しさによって人は成長していくんですから 来年の大会に向けて頑張ればいいんです 悔しさを忘れず気持ちを切り替えましょう」



美菜萌「はい師範 私来年こそは頑張りますから」



師範「はい その意気です よし なら早速始めましょうか」



師範「ハッ セイ ヤァ」



美菜萌「ハッ ハッ ハァ」



師範には及ばないにしろ数ヶ月たらずでスピーディーな棒捌きを早くも会得していた。



そして時間は流れ



師範「いいですね じゃあそろそろ組み打ちに入りましょうか」



美菜萌「はい」



カン カン カン カン



月日は流れていった



学校生活、部活動、美菜萌自身の成長と共にバーラティア棒術の腕もみるみる上達



師範「美菜萌さん 今日からはバーラティアに限らずあらゆる棒術、杖術、槍術の構えや型、動きなども取り入れて、組み込んでいきたいと思います」



美菜萌「はい 宜しくお願いします」



更に時は流れ



2年に上がった美菜萌は夏の全中大で個人戦にも選抜 個人戦で3回戦、団体戦で4回戦の成績をおさめる



そして 更に一年が過ぎ 3年に上がった美菜萌は全中大個人戦準優勝、団体戦で3位の成績をおさめた。



そして卒業後



美菜萌は一般で高校へと進学



高校でも剣道部に入部した。



今度は全国高等学校総合体育大会 通称インターハイや全国女子剣道大会などの大きな大会を目標に稽古に打ち込む、その裏では同様に継続されるバーラティアの練習



竹刀を振り、手垢や汗が染み込んだ長棒を振り回す日々は続いた。



多感で思春期真っ只中な少女はオシャレや恋愛、流行りも我慢しひたすら2つの武道に夢中になっていく



部活動が早々に終わったある日



美菜萌は剣道部の同級生達とファストフード店でお茶していた。



mixi、Twitter、Facebookなどが流行っていた時代



ジュースを飲みながら携帯をいじり



「マイミク1500人に越えたよ 足跡がスゲェ~」



制服を着ればごく普通なJKの美菜萌は久し振りのアフタースクールを3人の友達達とポテトやハンバーガーを食べながら談笑していた。



「ねぇ みんなこれからどうする?まだ帰ら無いでしょ? カラオケでも行く?」



「お~ いいね 行く行く」



「あ! ねぇ ちょっと待って これから合コン的な感じで遊ばないかって入ってきたんだけど?」



「え? まじ?まじ? 誰から?」



「青むつ高の3年生の八木先輩知ってる?」



「知ってる知ってる 八木さんって 中学で剣道ですげぇー有名だった人じゃん 大会でも何回か試合見た事あるし ノンコの知り合いなの?」



「うちの中学の時の先輩が同じ高校で一回だけ一緒に遊んだ事あって、そこからちょこちょこmixi、Twitterとかメールのやり取りとかしてるんだ」



「あんた うちらに隠れてコソコソそんな有名人と ズルいぞ」



「でもそれ行きたい」



「え~ なら私も行きたい あの先輩超カッコいいじゃん っで何対何だって?」



「はい はい ちょっと待った待った そうがっつくな さかりのついた子猫共め」



ティロン~



「来たよ 来たよ んと4、4だって バッチしじゃん ソッコーオーケーしちゃうよ?」



すると



美菜萌「ごめん ノンコ 私これから用事あってちょっといけないわ」



「え? 嘘でしょ美菜 何 用事って? まさか男…それはないか まさかバイトとか?」



美菜萌「ううん… 違うけど ちょっと行かないといけない所があって」



「折角の合コンのお誘いだよ 勿体ない しかもあのカッコいい八木先輩だよ それに美菜が来ないと1人欠けちゃうじゃん 一緒に来てよ~」



美菜萌「ごめんね 私いなくても 4、3できっと楽しめるよ」



「ちょっと待って 今メールで八木先輩から美菜を連れて来るようご指名が入ったんだけど」



美菜萌「え?」



「何で名指し あんたも知り合い?」



美菜萌は首を横に振った。



「知らないと思うけどあんた他校の男子から結構モテんだよ 大会とかで よその男子の剣道部員によくあんたの名前聞かれたりするんだから」



美菜萌「そうなの?知らなかった…」



「美菜はツラだけは美形だから」



美菜萌「ツラだけって何よ」



「ねぇ そうゆう事だから美菜連れてかないとシラけちゃうし お願い 一緒に来て」



美菜萌「ホント駄目なんだ ごめんね」



「なんだよ美菜 ノリ悪過ぎじゃん この期に及んで合コンより大事な用事ってなんなの 人には言えない事」



美菜萌「そんな事ないんだけど」



ティロン



「あ!しょうがないから美菜抜きで4、3でもいいってさ」



「ホント 良かった~」



「私服に着替えて 18時半南むつ駅の改札前集合、酒も飲むぞ~ だって」 



現在時刻は17時を回っている



「やべぇ 早く帰って着替えないと間に合わないぞ」



急いで片付けはじめ



美菜萌「ごめんね 参加出来なくて」



「裏切り者のあんたには上手くいったとしても教えてやんないから」



美菜萌「フフ じゃあ明日結果教えてね」



「ほれ 小梅、沙知絵 時間ないぞ 戦闘服に着替えないといけないんだ 急ぐぞ」



「じゃあ美菜 また明日ね バイバーイ」



笑顔で手を振り、見送る美菜萌



本当は私も一緒に行きたかった…



でも今日は19時に道場に行かないといけない…



師範と約束してるから…



美菜萌を通り過ぎて行く一組のカップル



手を繋ぎ、楽しそうに会話を弾ませる他校の生徒の後ろ姿を目で追った



幸せそうに笑顔で話す彼女の横顔をジッと見つめる美菜萌は



美菜萌「フゥ~」



軽く息を吐き、稽古袴などが入ったバックパックを背負なおして歩き出した。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



美菜萌vs明神



明神が首根っこに注射針を刺そうと、ふと顔を覗かせた時だ



明神「青木…?」



うつ伏せるこの男が青木だと知った明神は身体をひっくり返して見下ろした。



やはり青木だ… 何でおまえがここにいる…



驚きの表情を見せた明神



何故おまえがあの女とつるんでいるんだ…



明神が美菜萌へ視線を預け、一瞬余所見し、再度青木を見下ろした。



その瞬間



青木の両眼がいきなりパッチリと開かれるや



ズブ



突然左目にプッシュダガーナイフが刺し込まれた。



明神「ぐぉおお」



根元まで完璧入った刃



眼球が潰された。



突如意識を取り戻した青木は起き上がりざまに明神の手からこぼれ落ちた注射器を空中キャッチし、今度はそれをもう片方の眼に押し込んだ。



明神「ぐわぁあああ」



針も根本まで押し込まれ、そのままポンプが押し込まれると、中の液体が明神の体内へ注入された。



明神「ぐわぁああ 目がぁ~ 目が見えん」



片目から大量に血を流し、もう片目には注射器が突き刺されたまま両目を失った明神は身悶え、バタつかせた。



その隙に四つん這いで退避した青木は美菜萌の元に駆け寄る。



青木「ふっ ふっ」



美菜萌「青木さん」



青木は駆け寄るやすぐさま美菜萌と一緒に木の陰に避難した。



っと同時に…



怒り狂った明神が目に刺さる注射器を抜き、投げ捨てるや



明神「あおきぃ~ 何さらしてくれとんじゃ~」



タァーーーン タァーーーン タァーーーン タタタタタタタタタタタタ



四方へ無差別乱射を行いはじめた。



単発からフル連射に変えられ無作為に撃ち込まれる弾丸



タタタタタタタタ ガチガチ カチャカチ タタタタタタタタタタタタタタタタ



視力を失った明神はでたらめに撃ちまくる



その間 木の盾に身を隠している2人



美菜萌の身体を覆うように、身を伏せ、闇雲に放たれる乱射をジッと耐え凌ぐ青木



青木「イかれちまったな明神さん 今両目を奪ったから… もうスナイパーは引退だ」



タタタタタタタタ ガチガチ カチャ タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ



明神「あぁ~おぉ~きぃ~~~」



怒号が響き



カチッ ガチガチガチガチ



全弾撃ち尽くした。


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