第32話 骸鬼

エレナが水溜まりに浸かった上着を拾いあげた。



びしょ濡れでもうとても着れたもんじゃない…



そのまま上着を捨て、冷え込む森の中、上半身白のキャミソール1枚



現在気温は4~5℃



うう… さ…寒い… おしっこもしたくなってきたし…



エレナの唇は震えだし、鳥肌をたて、芯から冷え込み身体が身震いを起こした。



腕を必死にさすりながら倒れた黒フードを見下ろすや背後から何かが迫って来る…



そんな気配が感じられた。



新手か…?



エレナは凍えそうな寒さを耐え、白い霧状の息を吐きながら立射態勢で素早くその方向にトンプソンを身構えた。



今は寒いなんて言ってられない…



さぁ… 次… カモンよ…



耳を澄まし、視線の先へと警戒、エレナはその場でジッと待機し、敵を待ち伏せた。



射殺した黒フードが落としたマグライトの一線の光が見えるがその先は漆黒の闇が広がる



森閑する暗い森の中、梟の鳴き声も風も無いシーンと静けさに包まれた完全眠れる森



ドクドクと己の脈動を感じ取れる程それは静まり、平行してみるみる気温が低下する凍てつく山の中で



エレナの耳にある音が舞い込んで来た。



それは電気的に拡声された音



シュコー シュー シュコー



何かが吐き出される排気音だ



病院で酸素マスクをつけた人が呼吸時にするあの排気音に似ている。



この音はそれよりもっと増幅され、大きな音を出してるように思えた



そんな呼吸音が暗闇の先から勢いよくこっちへ向かって接近して来るのだ。



来た…



一瞬にして寒気も忘れるエレナに緊張が走り、トリガーへ添える指に力が籠もった。



小細工無しに正攻法で真っ正面からやって来るその敵影に狙いを澄まし



気配も消さずに堂々突っ込んで来る敵に抜かりない万全な態勢で挑むエレナ



命知らずなただの馬鹿か…?



的になりたい訳…



いくら真っ暗な夜とて大胆に自己アピールし過ぎよ…



これなら100%外す事は無いわ…



シュコー シュー シュコー



音は近づき



そして闇の先からマグライトの光の一線を浴びた音の主が照らし出された。



こいつ…さっきのあいつか…



バカデカい大鎌に黒い外套を纏ったまるであいつ…



デスサイズを両手に握り締め、ガスマスクを装着した、あの死神が突っ込んで来る姿が映し出された。



エレナvsユキオ



大鎌と言えば死神 死神と言えば大鎌



誰もが一目で分かるアレゴリーのシンボルなる武器を携え、ガスマスク死神野郎が無謀なまでに突っ込んで来た。



さぁ いらっしゃい 寒いんだから早く終わらせたいの…



穴だらけにしてあげる…



エレナはキリッと目つきを変え、速射に転じようとするや



死神野郎がいきなり直角に曲がり、森の中へと姿を消した。



ガサッ ガザ ササ ガサガサガザ



シュコー シュコー



死神の通過を教える葉の揺れと不気味な排気音が暗闇から聞こえ



エレナは音に応じ、トンプソンを周囲へと向けた。



どこへ消えた… おしっこ漏れちゃうじゃない… 出て来い ゴーストフェイス野郎…



ササッ  ガサッ



シュコー シュー シュコー



後ろへ周り込む音で、エレナはゆっくりとその場から数歩後退した。



視覚に頼れない今…立ち止まってばかりだといずれは位置がバレ、背後から襲われる危険がある…



かと言って動きまわるのもまたしかり…



ガサッ  ササッ



円軌道でエレナの周りを旋回するユキオ



エレナは耳だけを頼りにユキオの距離や位置取りを掴もうとするのだが、当然この視界不明瞭な夜の中での動き回り



月夜も届かぬ森の中で正確に捕捉するなど皆無に等しかった。



全然見えない… どうしよう… 数撃ちゃあ当たるでぶっ放すか?



だけど…見えないのは向こうも同じ…お互い様ね…



無駄にグルグル回って勝手に疲弊した



その時が好機よ…



エレナは焦らずにチャンスをうかがった。



しかし… 



ガサッ ガサッ ガサッ



シュコー シュコー



キョロキョロ見回す白黒に映るエレナの映像



木々の合間を疾走するユキオの目にはエレナの横顔がハッキリと捉えられていた。



へへ…動揺が隠しきれてませんね…



モノクロの映像としてしっかりとエレナの位置が捉えられていた。



へへへ… 生憎こちとら丸見えですぞ… お姉さん…



ガスマスクの片方の眼部に内蔵されたナイトヴィジョン(赤外線スコープ)で暗闇もなんのその、手にとるように把握されていた。



さぁーて そろそろ身体も温まってまいりましたし…準備運動終わります…



個人的な恨みはありやせんが…閣下に贈呈しなければなりやせんのでね…



いざ…この鎌の餌食になって貰いますよ…



長く湾曲された大鎌の刃が光り



死神野郎ユキオが襲い来る



直前



背後からある声が近づいて来た



カサ ガサガサ 



うぅぅぅぅううう  うあうあぅぅうう あ~うぅぅぅぅう



呻き声



それは背後のみならず周辺から聞こえてきた。



それは1つや2つじゃない…



無数の森をさまよいし辛苦の発声音



それがゆっくりと着実に近づいて来る



およよ… 気づきませんでした…



これはこれは鈍足なゾンビ御一行とは…



今宵 楽しくなって参りましたね…



同じくしてそれはエレナの耳にも届いていた。



マジすか…?お呼びでないんだけど…私めっちゃ寒いし、早くおトイレ行きたいんだけど…



招かざる乱入者 ゾンビ等の出現にエレナは顔をしかめた。



そこらじゅうから音を聞きつけ、人肉の匂いを嗅ぎつけた奴等が集まってくる。



日を跨ごうとしている真夜中の森の中で三つ巴が勃発



エレナvsユキオvsゾンビ御一行の乱戦へと繋がる

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