第33話 横槍

森の中の枯れた灌木エリア



その一帯の枯れ木や落ち葉が積み重なり、敷き詰められた土壌が急に盛り上がりをみせた。



そして土の中からある1本の土まみれな腕が飛び出してきた。



伸ばされた腕、硬直化した5本の指が強引に動かされ



微生物の分解影響を受ける後期の腐乱化した遺体が土から這い出てきた。



次いで腐った肉塊の激烈な悪臭と共に頭部が土の中から現れ



ウウウウウゥゥゥゥ



未練の残った悲痛な呻き声をあげ、両腕で這い上がる



無論ここに墓地などはない…



こいつは何かしらのトラブルに巻き込まれ山中に生き埋めにされた行方不明者らしき死体だ



そいつがゾンビとなり、数ヶ月の時間をかけ、やっとこ地表へと這い上がってきたのだ



遺体には見た事も無いような大小なる線虫が住み着き、巣となる肉塊を餌にしている。



目玉は食い尽くされ、口の中からは数十匹もの線虫が顔を覗かす死に身が完全に地上へと這い出した。



うぅぅぅぅううぅぅぅぅう~



ガサ ガサ



またそのウォーカーの横を足を引きずらせながら通過するもう一つの腐乱死体



両目はウジ虫に覆われ、口中にも大量にわいた歩く亡骸



その亡骸が歩く度ボトボトとウジ虫を落とし、歩行している。



ううぅぅぅぅう



その後ろにも その後ろにも



新鮮な生きた人肉を求め



目眩を起こす程の強烈な腐乱ガスを撒き散らす生ける屍達がそのミッドナイトな晩餐パーティー会場へといざなわれ、目的地を目指し、参列していた。



そんな無数の屍人共が接近する中



その首サクッと頂きやす…



木々の間からデスサイズを振り構えたユキオが飛び出し



エレナを襲った。



ブン



だが



虎空を刈り取り、空振りしたデスサイズの一振



エレナは尻餅をつけながら倒れ込み、それを避けていた。



これは故意に避けたと言うよりも、反射的に身体が動き、偶然かわしたと言った方が合点がいくだろう



運良くよけたエレナは咄嗟に動作した。



コナクソ…



尻をつけたままトンプソンを素早く前方へ構え



ぶっ放したのだ。



パパパパパパ



銃火の光に照らされユキオの姿態が映る



そのユキオが素早く木の陰へと隠れた。



その直後、木の幹へ点線の銃痕が刻まれていく



逃がさない…



エレナはすぐに起き上がり、機関銃を身構えながら、木の裏へと周り込んだ



その瞬間



頂きますです…



ブンッ



またしても木陰から振り抜かれた大振りな鋭き刃がエレナのこめかみ目掛け飛んで来た。



エレナはすかさず引き金を一度引き、発砲。



パァーン



刈刃と鉄柄を繋ぐ口金部に当て、斬撃の刃を弾いた。



衝撃でデスサイズが弾かれると、エレナはそのまま踏み込み、体当たり



肩での当て身でユキオに押し当てた。



姿勢を崩し、よろめいたユキオが数歩さがると



再射撃態勢でエレナがユキオに銃口を定めた。



直後



ブンッ



風圧を浴び、斜め下から鎌が銃身へとスイングされ



トミーガンが回転しながら手元から離れ、地に落ちた。



しまった…



シュコー シュコー



ほほ…でわっ 遠慮なくその生首頂くざんす…



シュコー  シュコー



ユキオが大鎌を振り構え、エレナの首を刈り取る一撃を放った。



こんな所で終われない…



エレナ様を舐めるな…



首をハネられるその土壇場で



エレナは首を反らしながら自ら両脚を跳ねて浮かし、自ら背中から倒れ込んだ



そしてスカされた鎌の刃が木の幹に深く突き刺さって動きを止めた。



シュコー シュコー



ガスマスクの奥で目の色を変えたユキオ



完全に貰ったと思ったんですがね…この暗闇で何たる天賦… 運がいい…



すぐに幹から刃を引き抜き、柄を両手で掴み、頭上まで大鎌を振り上げた時



シュコー シュー



ナイトヴィジョンに映されたモノクロ映像には…



ユキオがガスマスクの奥で眉をしかめた。



エレナ「チェキラ(よ~く覚えておけ)…シュコシュコうっさいのよ…死神野郎…」



ぐ…



エレナ「あんたの負けよ」



いつの間にか銃口が向けられ、トリガーが引かれた。



パァーン



ユキオの頭部が銃撃の反動で跳ばされ地面に背を着けた。



命中…



エレナは一瞬脱力し、トンプソンを腹に置くや泥にまみれた髪を摘まみながら深い息を吐いた。



手応えあった… それにしても…



も~ さっき温泉入ったばっかなのに…泥だらけじゃん…



う~ しかも激寒 こんな所にいつまでもいたら凍えちゃう…



ゾンビが集まって来る前にさっさと撤収しなくちゃ…



エレナは手探りで幹に触れ、立ち上がると暗闇の先を見下ろした。



ガスマスクの排気音は止み



そこに倒れてるだろうユキオにだ



確実に顔部に命中させた…



この至近距離からまともに受けただろうユキオに命は無いと確信を得たエレナは枝や木を頼りに悪路へ向かって歩き出す。



その矢先に…



シュコー シュコー



エレナの背後から再びあの排気音が聞こえてきた。



ガスマスク眼部に直撃した筈の弾丸



特殊な強化ガラスか何かでできてるのだろう…



その弾丸は貫通する事無くガラス部分に挟まり、被弾を免れていた。



ナイトヴィジョン装置が内蔵されたディスプレイにはノイズが走り、暗視機能は故障したものの…



ユキオはいまだ健在…



それを証明するようにあの呼吸音が復活し、背後から聞こえてきた。



え…?



エレナはその音に気づき、背後を振り返った。



暗闇にうっすら見える人影



ユキオが大鎌を振り構えた。



残念でしたね… 狙うならちゃんと頭を狙うべきでっせ… 負けはやっぱりおまえの方だす…



ユキオが不敵な笑みを浮かべながら大鎌を振りかぶった。



手ぶらでは帰れないんでね…



シュコー  シュコー



献上の為にもその首どうしても必要なんですよ…



ごめん あそばせ…



完全不意を突かれたエレナ



凶刃が襲い来る



だが…大鎌が振られるその寸前に…



ユキオが刃を振りかざす瞬時、ある者が突如横から現れ、それが阻害された。



突然側面から現れたそいつに…



ユキオがしがみつかれたのだ



なんだ…?



エレナ同様虚を衝かれたユキオに襲いかかって来たのは1体のアンデッドだった



足音さえも殺し、いつの間にかゾンビが忍び寄ってきていたのだ…



その場でのしかかり、押し倒されたユキオに覆い被さるアンデッド



チョークバッグを背負い、腰のスリングにはカラビナやらヌンチャクやらエイト環、ソロエイドからミニハーケン、シャントやビレイ器など万全な装備が施され、金具がジャラジャラと音をたてていた。



断崖絶壁を求め山を訪れただろう元ロッククライマー(登攀者)らしきアンデッドがユキオに被さり、グラウンドポジションでの揉み合いが行われた。



ユキオ「シュー うおぉぉー ストーカーかぁ 邪魔だぁー シュコー」



その間にハッとさせたエレナ



気づけば周囲にも、もう2、3体のゾンビ等が接近していた。



枯れ木や落ち葉を踏みしめる音もたてず、呻き声もあげず、静かに接近してきたサイレンサーのゾンビバージョン達



この地ではこいつ等の事をこう呼んでいる



クリムゾンストーカー(血塗られしつきまとう者)…と



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ZACT東北方面隊 ゾンビ、感染者種類別データベースより抜粋



クリムゾンストーカー(関東では主にサイレンサーと呼ばれている)



識別番号A3055XXT 



種類 ゾンビ(またの呼称アンデッド、ウォーカー)



個体数 不明 目撃件数から関東およそ20体 東北地方全域およそ400体 北海道およそ100体と推定



NBCZ災害(核、生物、化学、ゾンビ) 危険視レベル5段階中3レベル



通常のゾンビに比べ極めて攻撃的で好戦的、感染者(ランナー)のサイレンサーに酷似し、食欲を満たすといった行為とは異なり主に人間殺害のみを目的とした行為に及ぶ傾向がある、西での目撃例は無し、関東では稀に目撃されている、特に東北地方や北海道で広く分布し、目撃件数が多い事からして主な出現ポイントは東北地方全域となっている。



見た目での判別は非常に難しく、特徴として通常のゾンビの様な本能的奇声や呻き声はあげず、また人肉を食すといった行為は基本行わない、一番の特徴として狙いをつけた人物に対しストーキング行為に及ぶ習性がある、その場から逃げても隠れても何処までも執拗に追尾して来る異常な習性が特に危険視されている。



この種によって多くのコミュニティーが全滅に陥ったケースが頻繁している為、対処方としてこの種と遭遇、交戦した場合は必ず駆逐する事が軍関係者全ての隊員等の責務とされている…etc.



ーーーーーーーーーーーーーーーー



視界ゼロな暗闇の中 エレナが悪路へ出たと同時に木々から飛び出て来た1体のゾンビ



そのゾンビに背後から肩を掴まれた。



にゃろー…



エレナは素早く上体を下げながらその手を振り解き、振り返りざまに右肘をゾンビの顔面へと叩き込んだ



それからトンプソンの銃床部で頬をそのまま殴りつけた。



バコォ



力任せな殴打でひっぱたかれたゾンビが幹に激突し、倒れたと同時に



バイビー…



トミーガンが構えられ、発砲された。



パァーン



頭が吹き飛ばされ



深更に木霊す銃声、木の幹にべっとり大脳半球の一部がバラまかれ、こびりついた。



そして横たわり沈黙する1体のストーカーが幹からずり落ちた。



まだ来る…



エレナは森の中へと銃口を向け、次を待ち構えた。



その間…



シュコー  シュー



跨がり襲いかかるストーカーと激しい揉み合いを続けるユキオ



噛みつこうとするストーカーを必死に両手で下から押さえ込み、防いでいた。



そんな格闘が繰り広げられる中



終始無言で覆い被さるストーカーがザック横に収納されたある物を取り出す仕草を始めた。



カチャカチャと音のみが鳴り、何か仕掛けようとしている…



ユキオも片手を伸ばし、デスサイズを手探りした。



地面をまさぐり



そして指先に触れた



のだが、あと数センチ程届かない…



必死にストーカーを押さえながら手を伸ばすユキオが身体を微妙にズラしデスサイズを見事にキャッチ成功。



ストーカーがザックから取り出した物



それは雪山登山でよく使用される物



ピッケル(砕氷斧)だ



ストーカーはそのピッケルを握り締め、振りかぶった



その時



ザクッ



腕を振り上げたままストーカーの動きが一瞬にして止まった。



大きく湾曲した鋭い刃物が脳天深く突き刺さり、ストーカーよりも早くユキオが先制の刺撃を繰り出していたのだ



クライマーのゾンビはソッコー沈黙し、ただの死体と化した。



ユキオはストーカーの脳天からその大鎌を引き抜き、口にした。



ユキオ「シュー これはあの世案内人のシンボルでっせ シュコー チケットはいらない…顔パスでよろしいから地獄へいってらっさい シュー」



そしてユキオが跨がる死体を突き飛ばし、起きあがった。



その頃



エレナが周囲に警戒態勢で聞き耳をたてているや



ある声が聞こえて来た。



「エレナさ~ん」



この声…?



数十メートル先からライトの光と共に美菜萌の声が響き渡ってきたのだ。



何度も響き渡った銃声



いつまで経っても戻らないエレナを憂苦しての捜索だろう…



エレナにまたとない緊張が走った。



死神野郎にゾンビがウヨウヨとうろつく死の森…



それに凶暴タイプなゾンビまでもがいる…こんな危ない森に…



今は来ちゃ駄目… 美菜萌さん… 戻って…



美菜萌「エレナさぁーん」



エレナの思いとは裏腹に美菜萌の声とライト光線はどんどんこっちに近づいて来るのが見えた。



マズい…



恐らく…いや 確実に…



仲間の存在だけは知られたくなかったのだが…



手遅れだ…



この場にいる全ての者が美菜萌の存在を知ってしまった事だろう…



このままじゃみんなを巻き込む…



こうなったら…



エレナは突然その場から走り出した。



もう迎撃は止めよ…



仲間を危険な目にあわせる前に…



トンズラよ…



逃げるが勝ち…



エレナが死の森からの脱出へと作戦を切り替えた。



もう1体のクリムゾンストーカー…



それに死神野郎ユキオ…



そして徘徊する多数のゾンビ達は美菜萌の声に反応を示しその声の方へと一斉に行動を始めた。



また…



1体のゾンビの首がはねられ、生首が地面へ転がると共にハンカチで刃にこびりつく血を拭き取った男も美菜萌の声に気づき、すぐさま小走りで移動をおこなう



七三にスーツ姿の男



元国際テロリストの凶悪犯



そう… あの万頭の姿だ



この死の森で更なる過熱したバトルが展開されようとしている





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