第22話 楽園

青森県 八戸市 20時14分



スーパー天然温泉 はちのへ湯~トピア



七海「ここだ」



リニューアルオープンにつき新たに足湯、スーパーバブル、岩盤浴、サウナも堂々完備 今話題のドクターフィッシュもいるよ さぁ癒やしの世界へようこそ 最高なリラクゼーションのひとときをあなたへ… ごゆるりと肌でご賞味あれ 今ならリニューアルオープン記念につき女性会員様限定岩盤浴無料チケットもあります



そんな文言で掲げられた看板を越え駐車場へ進入



早織「真っ暗けだね」



七海「そりゃあそうよ 誰もいないんだから」



早織「え…でも…じゃあ温泉は?」



七海「それは勝手に湧いてるから大丈夫だよ」



点々と放置された車両間に車が停められた。



七海「さぁ~ 着いたよ」



早織「わぁ~い 私クリスとジャグジーに入るんだぁ」



すると



エレナ「ちょっと待って その前に奴等がいないかだけ確認しとかないと」



美菜萌「あ なら私も行きます」



エレナ「じゃあ2人はちょっとここで待ってて」



七海「了解サー 気をつけてね」



早織「はぁーい」



最近改装されたのだろう小綺麗な施設へと入って行ったエレナと美菜萌



エレナはUSPを構え、美菜萌は長棒を構え、真っ暗な建物の中を慎重に進んで行く



エレナ「電気は? あ あった」



そしてエレナが館内の集約された照明ボタンを押していく



バッチしリノベーションされた室内に次々明かりが灯された。



内観のクオリティーは高く、内装から雰囲気からかなり計算され、そして追及され、洗礼された癒やしの間が2人の眼前に広がった。



エレナ「わぁ~ 豪華ぁ~ なんかすご~い」



奴等はいなそうだ…



また荒らされた形跡も一切見当たらない…



ここは安全そう



エレナ「一応 全部チェックしとこう」



美菜萌「はい」



念のため隅まで確認する2人は広間を見渡しながら横断



向かいに男湯 女湯の暖簾(のれん)が見えると



エレナ「じゃあ美菜萌さんはそっちを 私は上を見て来るね」



美菜萌は頷き女湯へ



エレナはエステやヨガ、岩盤浴などのリラクゼーション施設が充実した2階へと上がって行った。



ハンドガンを身構え、慎重な足取りで2階を調べるエレナだがここも特に問題ない



整理整頓された備品の数々、オシャレなオブジェや絵画が飾られた廊下を見渡し、各施設内を片っ端からチェックして行くが



やはりどこも荒らされた形跡は無く



トイレもよし…



ヨガの間もよし…



フィットネスも…エステも…酸素カプセルも…よし…



今巷で話題のドクターフィッシ あなたの気になる角質を食べてくれますよ ニュースキンケアにいかがですか? 15分800円



最後に足湯のように生け簀に放たれ泳ぐドクターフィッシを眺めたエレナ



この階も危険は無い…



このフロアーを後に階段を下ったエレナが美菜萌と鉢合わせた。



エレナ「どうだった?」



美菜萌「大丈夫です 奴等はいません」



エレナ「こっちもだよ…… って事は…」



この温泉施設に脅威は無い…



ここは安全なパラダイスだ…



それからハンドガンを収めたエレナがニカッと笑い



エレナ「…ちゅー事はここは私達だけの… 貸切温泉入りまくりって事だね」



美菜萌「フフ って事になりますね」



美菜萌とほくそ笑みながら目を合わせた。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



ガラガラガラ



曇りガラスの引き戸が勢いよく開かれ



早織「わぁぁ~~~~い」



はしゃぎ声をあげ、飛び出して来た早織がクリスと共に大浴場なる大きな浴槽へと飛び込んだ



ザバァァ~~



早織「ひゃはぁ~~」



38℃の温度を保って付水され、自動制御された、少々硫黄臭い天然温水



源泉掛け流しで筒から垂れ流され、風呂釜から溢れるお湯が更に溢れ、早織が気持ちよさそうにバシャバシャお湯をかき混ぜるや、次いで脱衣所からエレナと七海が浴場に足を踏み入れた。



七海「わぁ~お~」



エレナ「さいっこう」



霧のように湯気が立ち込める浴場



早織「キャハハハ~ ねぇねぇ七ちゃん見て見てクリス泳いでるの」



犬かきで泳ぐクリスを見てケラケラと笑う早織



その光景を見ながら2人もお湯へと浸かった。



七海「ひゃ~ 気持ちよかぁ~」



エレナ「う~ん っと極楽だね」



すると脱衣所から…



美菜萌「七海さん ここ た…タオルは…?」



七海「んなもんあるかぁ~ 何恥ずかしがってんのよ あーたはチュー坊かい いいから早く来なよ すっごい気持ちいいんだから」



恐る恐る現れた美菜萌は辺りをキョロキョロさせながら浴場に足を踏み入れ



何かを探している



七海「美菜ぁ 何 キョドってんのよ?」



美菜萌「いや まずは身体を洗わないとと思いまして…」



七海「いやいやいやいや ここは温泉だよ まぁ ある所もあるだろけど ここは銭湯じゃないんだからそんなもんないわよ あーたは生真面目かい いいから早くおいで」



美菜萌「あ は はい…」



恐る恐る湯船に足を踏み入れ、浸かった美菜萌



美菜萌「気持ちいい」



七海「でしょー 私 このあと電気風呂にでも入ろう」



早織「私はジャグジーに入るの」



エレナ「ここかなり広そうですね 他には何があるんだろ」



美菜萌「さっき調べに行った時 奥には露天もありましたよ」



エレナ「え?露天?」



七海「なんか他にも黒湯も湧き出てるみたいだし、白湯もあるみたいだよ…サウナだってあるし 1日はいれるって聞いた事がある」



エレナ「そうなんだぁ~ 凄い 2階にも色々リラクゼーション施設があったし女の人にとってはまさにユートピアですね お2人もここ初めて来るんですか?」



美菜萌「私は初めてです」



七海「私も~ 結構ここ評判よくて 来る来る言ってたものの、なかなか機会がなくてね~ リニューアルオープンって書いてあったね」



早織「キャハハハ 可愛い~ クリス泳ぐの上手上手」



早織の後を犬かきで追いかけるクリスを3人で眺めているや



突然湯船から立ち上がった七海が



七海「おし でわっ あたしゃー 電気風呂に行くよ 各自自由行動ですな でわっでわっ 皆の衆ごゆっくり」



早織「ねぇ~ 美菜ちゃん ジャグジー行こう?」



美菜萌「うん いいよ」



早織「ホントぉ?じゃあ行こう行こう」



美菜萌「エレナさんはどうします?」



エレナ「うん……うーん そうね 私はもうちょっとここでゆっくりしてる」



美菜萌「そうですか 分かりました」



早織「エレナちゃんも後でおいでよ」



エレナ「はぁーい」



湯船から上がった2人



クリスもあがるとブルブル身体を震わせ、飛沫をまき散らせながら2人の後をついて行った。



早織が美菜萌の手を握り、奥へと進むその後ろ姿へエレナは軽く手を振った。



エレナ「ふぅ~」



エレナは湯船に浸りながら1人天井を見上げ、気持ち良さそうに目を閉ざした……



その頃…



湯~トピアの駐車場に2台のバンと1台の箱車が停車



フロントガラス越しに、明かりの灯る湯~トピアを目にする黒いフードを被った2人の男の姿があった。



「ビンゴ いたいた」



そしてバンから降り立つ2人に続き、7人の目を血走られた町民



また中で何かが激しく暴れて揺れている箱車…



一糸纏わぬ無防備なエレナ達に襲いかかろうとする黒い影



温泉施設が戦場と化す…



20時47分



バタン バタン バタ



車のドアの開閉音が鳴り、歩み始めた黒フードの集団



脇に魚や食肉を運ぶ際に使う鉤爪の凶器を挟み、黒の皮手袋をはめながら歩む男



魁木(さきがき) 



魁木「ジョニー 女のガキだけは殺させんなよ 生け捕りだ」



その斜め後ろを歩む同じく黒い頭巾を被ったジョニーと呼ばれる男



ガシャ ドラム型の弾倉が装填されトンプソン機銃を手にしている。



ジョニー「あぁ おいテメェー等 女のガキだけは生け捕りだからな殺すなよ 後は煮るなり焼くなり犯すなり 好きに殺(や)れ」



2人の後に続く充血しイカれた目つきの町民達8名が両サイドから前に駆け出した。



町民等は肉切り包丁やごつい枝切りバサミ、西洋のソードから改造された釘打ち機(ネイルガン)、ゴルフのアイアンクラブからスコップ、貫通式ロングマイナスドライバー、大型モンキーレンチなどの凶器を携帯している。



魁木「フフ… 相手は今頃呑気に湯に浸たる真っ裸のメス猫共だ この癒やしの空間がたちまちゴア(凄惨な流血、血しぶき)劇場に変わっちまうなんて夢にも思ってないだろうな」



ジョニー「はは そうだな なぁ やっぱ最近溜まってっから可愛いやつ1匹だけは残そうぜ そいつだけはマワしてからにしてくんねぇ~」



魁木「オッケー そりゃあいい」



ーーーーーーーーーーーーーーーー



七海「い い 湯だっなぁ~ ハハハァ~ン ンン ンンンン~ ンンン」



温水に送り込まれた低周波



肩揉みされてるかの様に



身体の悪い部分がピリピリと刺激され、湯船にプカプカ浮かびながら七海は1人、電気風呂でくつろいでいた。



一方…



ジェットバスから勢いよく噴出された気泡に打たれ、ジャグジーで気持ちよさげにくつろぐ早織と美菜萌とクリス



早織「美菜お姉ちゃん クリスも気持ち良さそうだね」



美菜萌「ふふ うん ホントだね」



早織「美菜ちゃんも気持ちいい?」



美菜萌「うん 最高に気持ちいい 早織ちゃんは?」



早織「も~ さいっこうのさいこうの最高に気持ちいい」



美菜萌「そっかぁ~ 気持ち良くてお姉ちゃん眠くなってきちゃったなぁ」



また一方…



肩まで湯に浸かるエレナは目を閉ざし、無の境地でリラックスモード



ひたすら筒から流れる湯の音が静寂の中を不変的に反響



身も心も温まり温浴を満喫してる時



静かな空間に湯の音とは別の微かな物音が耳に舞い込んで来た。



パッチリ目を開けたエレナ



今の音…何…



脱衣所の先から聞こえて来た微かな音…



気のせいかな…



ー-ーーーーーーーーーーーーーー



ガシャー パリー



既に施設内へと侵入していた黒フードの連中が忍び足するさなか



先頭を歩む魁木とジョニーが驚きの表情で振り返るや



町民の1人が壁に置かれた花瓶に接触



花瓶が割れていた。



ジョニーはそれを割った町民にトンプソンを向けながら小声で言葉を吐き捨てた。



ジョニー「おい奴隷 テメェー びっくりさせやがって… 次やったら死なすぞ」



すぐに正面へと向け歩み出した10名の輩達



正面に男女の暖簾 それから2階へと続く階段を発見した魁木が皆へ口にした。



魁木「こっから2手に別れるぞ ジョニーと半分は上を探せ あと半分は女湯だ 俺と来い」



2手に別れた連中



魁木等5人が暖簾を潜り、女湯へと侵入した。



鉤爪、枝切りバサミ、アイアンクラブ、ロングなマイナスドライバー、スコップなど、この癒やしの施設には不相応な険難過ぎる凶器を携えた男達が女湯へ乱入し、引き戸を開くと大きな脱衣所に入り込んだ。



200はあるロッカー棚を通過し、メインとなる大浴場へ近づく魔の手



鉤爪を握る手を強め、引き戸に手を掛けた魁木が一度町民等へ視線を向け



町民等もそれぞれ道具を身構え、突入万全な態勢で踏み込み構えをとる



そして…



ガラガラガラ



思いっきり引き戸が開かれ、浴室へ土足で踏み込んだ男達



魁木は凶器を構えながら周りを見渡す。



…のだが



霧の様な湯気に覆われ、無人と化した大浴場



エレナ等の姿はなかった



掛け流されたお湯の音のみが響き渡る浴場を散開しながら更に歩を進めて行く



この奥には電気風呂、ジャグジー、サウナ、露天、足湯、白湯、黒湯、冷水なる8ブロックに別れたコーナーが点在し、大きな案内地図板が立てかけられていた。



魁木は無言なるジェスチャーで指示を送り、ここから更に5つにバラけ始めた男達



魁木はまず白湯の間へと忍び寄り、入口前で一旦足を止めるや、一気に踏み込んだ。



だが… 空振り…



ここも 誰も存在しない空っぽだった。



魁木は念の為浴槽へと近づき 潜って隠れていないか、その白く濁った白湯を鉤爪で切りつけた。



感触無き湯のみが空しく斬り裂かれ…



やはりここはハズレ…



魁木はすぐに離れ、別のコーナーへと歩み始めた。



またスコップを構えた瞳孔が開き、目の充血する町民がサウナに近づき、その扉を開き中へと入った。



室内の温度計は100℃を示す高温



開けた途端 高温の熱風が顔に吹きつけるのだが…



ここにもエレナ等はいなかった…



また同時に電気風呂… ジャグジー…黒湯、冷水コーナーへ一斉に踏み込む奴等だったが…



どこも不発へと終わり



残すは更に奥にある足湯と露天のコーナーのみとなった。



通路で合流を果たした町民等と魁木の5人



魁木「いたか?」



町民等は首を横へと振り



魁木「じゃあ後はあの2つのどっちかだな…全員で一挙に踏み込むぞ 見つけてもガキと女1匹だけは生かすんだぞ 後の女は即始末だ 分かってるな?」



5人の町民等が頷き



2つのコーナー目指して鋭き眼差しで忍び寄った。



その奴等の背後で



清掃用具庫、リネン格納庫の連なる2つの扉がソッと開かれ



清掃用具庫からエレナと七海



リネン格納庫からクリスを抱えた美菜萌と早織が音をたてずに廊下へと飛び出してきた。



リネン庫から失敬したバスタオルを身に纏った美菜萌と早織



デッキブラシと水切りモップを手にしたまだ身体が乾かぬエレナと七海の姿



4人は恐る恐る通路を進んで行く奴等の背中をよそに忍び足で逃走を図ろうとした 矢先



突如のアクシデント



クシュ



思わぬクリスのくしゃみ



全身の血の気が引く思いでエレナ等全員が後ろを振り返った時



廊下の先にいる魁木等がこちらへと振り返っていた…



一瞬 凍りつくエレナ、美菜萌、七海、早織



数十メートルを隔て、廊下内で目を合わせた両グループ



やばい…



奴等に見つかってしまった…



狂気のまなこが標的をロックオン



凶器を光らせた。




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