第21話 追車

早織「温泉?行きたい 行きたい わあ~~い」



エレナ「行きたいけど…でも…こんな大変な時に行ってもよいものか…」



七海「大丈夫よ 明日の8時、9時までに帰ってくればさぁ」



早織「え?それってお泊まりですのん?」



七海「そうだよ 温泉貸切の入り放題、ホテル無料の泊まり放題よ 早織」



早織「わぁ~~い やったやったやったたぁ~~」



ピョンピョン飛び回りながら喜ぶ早織をエレナは目にした。



エレナ「そっかぁ~ なら行こうかなぁ~」



七海「そうこなくっちゃ 大丈夫 マツさんと彼氏さんにはちゃんと伝えておくからさぁ~ 一日くらいたっぷり羽のばしちゃおうよ」



エレナ「そうですね はい」



早織「おんせん おっとまり おんせん おっとまり ねぇ クリスは?」



七海「クリスもいいよ」



早織「わぁ~い クリス おんせん おっとまり クリスと一緒 おんせん おっとまり」



ウキウキに部屋中はしゃぎながら駆けずり回る早織の後をクリスも追いかけ2人は微笑みを浮かべた。



七海「そうねぇ~ じゃあゾンビの活動が緩くなる日が暮れたら行きましょうかね」



早織「はぁーい クリスとおんせん おっとまり クリスもおんせん おっとまり」



エレナ、七海、早織、美菜萌の女4人で



今宵 いざスーパー天然温泉施設にお泊まり



ーーーーーーーーーーーーーーーー



19時06分



青森県むつ市山中 国道7号線 冷水峠付近



すっかり日も暮れ、電灯無き山中の登り坂を1台のオンボロデミオが走行していた。



運転手は七海、助手席には膝にクリスを乗せた早織が座り車内に流れる西野○ナのごきげんなナンバー もしも運命の人がいるのならを口ずさんでいる。



早織「もぉ~し~もぉ~ 運命の人がい~るのならぁ~…」



後部席にはエレナと美菜萌が座り



登り坂を走行中バックミラーでチラリと美菜萌を目にした七海が溜め息まじりに口にした。



七海「ハァ~ ちょっと美菜 あーた今いくつだっけ?」



美菜萌「あ え?歳ですか? え~23です」



七海「いいんだよ 温泉つかりに行くだけだし メンズもいないし別にいいんだよ… でもさぁ~ お出掛けするのにその格好は無いんじゃない… つーか冬間近なこの時期にそんな格好寒くないわけ?」



相変わらずのキャップ帽に黒いキャミ、そして迷彩柄のズボンでやって来た美菜萌に少々苛立ちを隠せない様子



美菜萌「はぁ~ えぇ まぁ 少し寒いですけど平気です」



七海「いくらこんなご時世とはいえさぁ~ いつ何時でも綺麗でありたいと思うのが女の本質じゃない… 化粧はいっさいしない… オシャレには無頓着… しかもあーた 今ブラジャーだってしてないじゃない…」



美菜萌「あ… はぁ~ はい」



七海「あ はぁ~じゃないから お出掛けする時ぐらいは少しくらいキメてきなさいよ 可愛い服とか持ってないわけ? 着ようと思わない訳?」



美菜萌「あ… はい すいません」



七海「あーた ちなみにどんぐらい男いないの?」



美菜萌「う~ん 7~8年くらいですかね…」



七海「8年も?それ高校時代?」



美菜萌「はい…」 



七海「かぁ~ 膜復活してると違う…? もう錆びついてるわね ただのカラッカラの干物女じゃないそれ」



エレナ「え~ こんなに可愛いのにね」



七海「いくらツラが良くたってね 干からびてちゃ宝の持ち腐れで世話ないわ」



キツく美菜萌をののしる七海



美菜萌「なんでそんなに突っかかるんですか?私ってそんなに酷いですか?」



七海「えぇ 立派に酷いよ 酷すぎる… あーたは女を捨ててるのか…なぜ楽しい温泉行くってのにそんな棒なんか持ってきてんのよ 邪魔じゃない」



美菜萌「いや これは何かあった時に身を守る為の物ですので 必要じゃないですか」



七海「旅行行くのにそんな物持って来る女はこの世の中あーただけよ もうちょっと女らしく振る舞いなさいよ」



エレナ「七海さん 何もそこまで言わなくても まぁまぁ 2人とも折角なんだし…」



美菜萌「すいません…」



キャップ帽を外し、髪ゴムを解くや束ねた髪をクシャクシャと広げた美菜萌は少し涙ぐみながらしょんぼりと外に目を向けた。



そんなちょっとギスつく中、苦笑いするエレナの耳には我関せず、お構いなしな早織の鼻歌だけが車内に聞こえていた。



七海「それよりエレナさんは何故こんなへんぴな所に?北海道に向かう途中だって聞いたんだけど北海道に何か用事でもあるの?」



エレナ「えぇ 北海道にいる叔父さんを探しに でも実際安否も分からない…場所も住所さえも分かってないんですけどね」



七海「え~ そうなの だって北海道は想像以上に広いよ 東京とは訳が違うよ」



エレナ「えぇ だからちょっと時間はかかるかもです」



七海「じゃあ本当はこんな所で足止め食ってる場合じゃないんだ?」



エレナ「いえいえ 別にタイムリミットがある訳じゃないのでゆっくり探してみます」



七海「ここもだけど北海道だってこれから厳しい季節になるから人探しは大変よ」



エレナ「確かに…でもここが無事に片付いたらゆっくりと探してみますんで」



七海「ふ~ん そっかぁ」



すると



早織「あ ねぇ 見て見てあれ 熊さんの親子がいるよ」



早織が指差す先に道路脇を2頭の子熊を引き連れた親熊が歩いていた。



エレナ「へぇ~ すご~い 野生の熊なんて初めて見た 可愛い~ 子熊もちっちゃくて可愛いねぇ~」



七海「あれはヒグマの親子ね 遠目から見てる分には可愛いくまもんかプーさんだけどこれから冬籠もりが待ってるから蓄えの為 相当貪欲で危ない危ない熊さんよ しかも子連れだから近づいたら速攻襲って来るから絶対近づかないようにね 早織なんかすぐにガブリと食べられちゃうからね」



早織「え~ 怖~い」



七海「フフフ」



山中を延々と走行するデミオが…



七海「そろそろ峠を越えるよ うん?何あの車……あ!ただの乗り捨てかな…」



車道脇に止められた車



ヘッドライトに照らされた一台のライトバンが映っていた。



デミオはそのまま峠を越え、下り坂に差し掛かった



その時だ



その脇に停車された車を通過した



その直後に



エンジン音と共にそのライトバンのヘッドライトが突然光り出し



追いかけて来た。



七海「え?何?」



バックミラーに映る 暗闇に光った2つのライト光



エレナ、美菜萌が後ろを振り向くや、猛スピードでその車が迫ってきた。



七海「なによ なんなのよ こいつら」



美菜萌「奴等かも…?」



七海「え?何でこんな所に? 早織 シートベルトして 後ろの2人もこれから飛ばして巻くよ」



クネクネした峠



謎の追走車とのカーチェイスが始まる。



ハイビームに切り換えられたライト



ガードレールが照らされ、デミオが急激な曲線のカーブを70キロものスピードでインへと攻めた



下り坂、暗闇、蛇行した道、ハイスピード そして追われてる身



七海の表情は強張り、手に汗握る思いで追ってとの距離を離そうと運転するのだが



しっかり着かず離れずな定間隔で追(つ)いて来るライトバンにバックミラー越しからチラリと視線を向けた。



キィィィィ



摩擦音を響かせ、ほぼ踏まれぬブレーキで右の急カーブを曲がったと思いきやすぐに左の急カーブ



キィィィィ



車内は揺さぶられ、張り詰めた空気の中、早織はジッと助手席で固まっていた。



七海「クソ 何なのこいつら?」



黒フードの連中…



十中八九奴等としか考えられぬが…



確信は持てない…



だが 次の瞬間 それは確信へと変わる



エレナが窓越しから追っ手に凝視するや助手席のパワーウィンドウが開かれ腕のみが外に出された。



その手に握られてる物



それは円形のドラム型マガジンボックスが特徴的な昔のアメリカマフィアやギャングがこぞって愛用した短機関銃(サブマシンガン)



今や入手も困難だろう年代物の短機銃



トンプソンサブマシンガン 通称トミーガンが握られ、銃口が向けられた。



エレナ「銃よ 伏せて」



エレナの掛け声で一同身を伏せ



七海「まじか?」



運転する七海も気持ち頭を伏せった。



すると



パパパパパパパパパパ



早織「きぁあああ」



短機銃が連射されてきた。



パリーン ピキュン ピン



ガードレールに銃穴が開き



側面の木々にも着弾



弾丸が道を跳ね



テールランプが粉々に割られた。



銃撃のさなか 左の緩いカーブを車体がすり抜け、右ハンドルにきるや円を描く様な旋回



その間にも短機銃で射撃された。



パパパパパパパパパパパパパパ



めまぐるしく薬莢が飛び散り



パリーン



後部ガラスが粉々に砕けちった



粉々の破片を頭から被ったエレナと美菜萌



ピュン



放射された銃弾はサイドミラーにも命中



ミラーが破壊された。



エレナ「山道を抜けるまであとどれくらいですか?」



パパパパパパパパパパパパパパパパ



ピュン カン カン カン パリーン



七海「そ そうねぇ…後10分、15分くらいかな キャアア」



ボディーに弾丸が食い込み、狙い撃ちされるデミオ



ピッタリとつけて来るライトバンを風通しのよくなった後部から覗いたエレナがUSPハンドガンを抜いた。



エレナ「早織ちゃん クリスをお願い 頭を伏せてて」



早織「うん」



短機関銃がマガジン交換の為引っ込められ、それを目にしたエレナが前方に目を向けた。



あの滑らかなU字カーブを抜けた後



わずかな直線になる…



ここがチャンスね…



エレナ「美菜萌さん あのカーブを越えたら落ちないように私の脚を掴んでくれませんか」



美菜萌「足ですか?はい 分かりました」



カチャン



新たなドラムボックスが装填され



再びトンプソンが向けられた。



今度は黒フードを被りし窓から身を乗り出した男の姿



黒フードはハイスピードの中しっかり狙いを定めるや



デミオがU字を走行



ライトバンもそのまま追いかけ、黒フードの上体がブレた。



そしてデミオが短距離の直線へと入り



ピタリと定距離で追走するライトバンも直線へと進入



改めて身構え、狙い澄ました黒フードが後部席の美菜萌に照準を合わせた… と同時に



後部席のドアが突然開かれ



横向きで倒れ込みながらエレナが姿を現した。



既に構えられたハンドガンのトリガーが黒フードよりもいち早く引かれ



発砲された。



パァン



途端に黒フードの頭が反り返り



フードが取れるや オデコを貫く銃創



トンプソン短機関銃が手から離れ



即死した黒フードもふらつきながら窓から身投げ、地面を転げ落ちていった。



一撃必中で仕留めたエレナはすかさず、今度はタイヤに銃口を向けた。



そして



パァン



発砲



タイヤが即座にバーストを起こし、パンクした。



エレナが片手撃ちでもう1発



パン



直撃を受けたタイヤからいきおいよく空気が抜け、みるみるスピードが減速していく



そしてデミオとの距離が離されていった。



七海「やったぁ」



エレナはすぐに上体を起こし



エレナ「ありがとう」



美菜萌と2人でみるみる減速するライトバンを目にし、ついには停車したライトバン



そのバンの運転席と後部席から降り立つ2人の黒フードを目にした。



エレナ「もう大丈夫…これ以上奴等は追ってこれない」



美菜萌「こんな所で何を…?不気味ですね」



エレナ「うん…何してたんだろ…?」



七海「はぁ~ ねぇ~ 折角盛り上がってたテンションもこれじゃあ台無しだよね… どうする?楽しむ気分になんてなれなくない? また今度の機会にしよっかぁ~」



すると



早織「やだぁ~」



七海「早織ぃ~ でもあんな怖い思いしてお湯に浸かったってさぁ…」



早織「やぁ~だぁ~ 温泉入りたい~ クリスと入るって言ったのぉ~ぜぇ~たいに行く お泊まりする」



七海「はぁ~ ねぇ~2人共どーする?早織がグズってるけど…気分的にはもうねぇ~」



早織「行く行く行く行く 絶対に泊まりたい」



エレナ「まぁ 追っ手はもう来ないですし 山越えればとりあえず奴等はいない町ですしね 私は行ってもいいですよ 美菜萌さんは?」



美菜萌「はい 私も別に構わないです あ!でも七海さん帰ったらあの約束が…」



七海「あ!そっかぁ」



エレナ「ん?約束?」



美菜萌「あ いや 大した事じゃないんです」



約束…



そう…今から数時間前…



御見内「もう一つ頼み事があるんです」



マツ「なんだ?言ってみろ」



御見内「潜入は俺1人でおこないたい」



美菜萌「…」



御見内「だからこの事は…エレナには俺が潜入するまでこの事黙ってて欲しいんです 言えば私も行くって言いかねないんで そうだなぁ~ 出来たら上手い事誘って何処かに連れ出して貰えたら助かります 七海さんと美菜萌さんの協力でね」



美菜萌「私がですか?」



御見内「早朝まで 俺が潜入するまでの間だけでいいので何とか上手い事お願いします」



美菜萌「はい 私にやれる事はやりますが…でも激怒されると違いますか?そのへん大丈夫ですか?」



御見内「まぁ 烈火の如くでしょうね でも後で怒られる分には問題ないです」



マツ「そうか… 分かった…そうだなぁ~ よし!ならあそかがいい 確か八戸に健康ランドかなんかがあっただろ」



美菜萌「天然の温泉施設ですか?」



マツ「そう それだ そこにでも誘って行ってこい 七海には俺の方から伝えておくから ちょっと3人で行って身体の疲れでも癒やしてきたらいい」



美菜萌「はい 分かりました 了解です」



ーーーーーーーーーーーーーーーー



七海「そ…そうね 折角ここまで来たんだし お肌もスベスベにしときたいわね じゃあ気を取り直して行かれますか~」



早織「わぁ~い おっんせん おっんせん」



七海「おっんせん おっんせん」



エレナ「フフフ」



いざ 女だらけの温泉ツアーにゴー



4人は気を取り直し、目的地へと向かった。



その走らせる車のボディーに食い込み、何やら点滅する光



銃弾では無い何かがそこに付着されていた…



その頃…



「ザァァー…ってる? 八戸の温泉には電気風呂ってのがあるみたいなんだけど…ぶっちゃけ電気風呂って何? ザァァー …ねぇ早織は一番にジャグジー入りたい ある? そりゃあジャグジーくらいあるでしょ~ スーパーがついてるんだから 多分…」



ライトバンのボンネットに置かれた小型のアンテナと受信装置、スピーカー



そのスピーカーから聞こえて来るエレナ達の楽しげな声が拾われていた。



そして…



「あ~ もしもし俺だ 思わぬ収穫だわ 偶然例の女のガキを見つけた これから八戸の銭湯にでも遠征してくる… そうだなぁ~ 奴隷(町民)を適当に 人形を1体持ってきてくんねぇ… あ~ あ~ そうだよ 他に? 他にメスのどら猫が3匹いるんだが1匹がチャカを持っててさぁ そいつにジョージが殺られた だから念の為に人形も持ってきてくれよ あ~ 車もやられた そいつも一緒に頼むわ あ~ 分かってるよ ガキは無傷だろ 了解 捕獲しに行ってくるからよ 頼む」



ライトバンの前で佇む2人の黒フード



盗聴されたエレナ達のはしゃぎ声を聞きながら互いに顔を合わせニヤつかせていた。





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