第6話 呪文

22時44分



白くなる吐息、冷え込み静まり返る夜の林の中



その木々の中から落ち葉を踏みしめる音が鳴った。



ライト無き暗闇の林を枝の隙間から差し込む月明かりを頼りに進む人影



先頭に御見内、次いで早織と手を繋ぐエレナ、クリスと続き、直売店に戻る3人がいた。



シーンと静まる建物



夕刻に襲って来た奴等の気配はとうに消え、騒然となったこの場所はすっかりほとぼり冷めていた。



御見内がボロボロになるフェンスを飛び越え、エレナ等が続く



敷地内に戻った3人が裏口からゆっくり表に進めると



ぼんやり明かりが見えてきた



振り返った御見内がエレナと早織に視線を合わせた。



まだ奴等がいるかも知れない…



3人は物音たてぬよう慎重に歩を進ませ



物陰から覗いた時だ



御見内、エレナの眼中に…



燃える車が目に入った。



炎に包まれたあの車… 私達の車…



バンに火が点けられ、燃やされていたのだ



バンからあがるほむらがキャンプファイヤーのごとく燃え盛り、火の光に照らされた周囲に転がる無数の惨殺死体が見られた。



これらは皆ゾンビや感染者達の死体



手足や首、胴体なども散らばる陰惨な現場と化していた。



御見内、エレナは茫然自失となりながら燃える車へと近づいた。



全焼し骨組のみとなってしまったにも関わらずまとわりつく火の手は一向に衰えておらず



飲料 食料 生活用品 弾薬などなど このイカれた世界で生きてく為の貴重な物資全てが…



何もかもが火に呑まれ、2人はそれをただただ見詰めた。



ゴルフクラブを抱える早織が茫然としたエレナの横顔、御見内の横顔を左右見上げ、うかがう



そして御見内がボソリと口を開いた。



御見内「エレナ… 弾数はいかほどだ…?」



エレナ「5発… 2丁合わせてね」



御見内「そうか…」



エレナ「やられたね…」



御見内「あぁ…」



エレナ「これからどうする?」



御見内「路頭に迷うとはこの事だな… 車なら別のを探せばいい、水なら自販機やら水道水、なんなら雨水でもいい何とかなる… 食料と弾薬が痛いな…」



エレナ「…」



全てを失い放心する2人を見かねた早織がおもむろに口を開いた。



早織「ねえ これお兄ちゃんお姉ちゃん達の大事な車?」



エレナ「うん… そうよ」



早織「これがないと困っちゃうんだよね」



エレナ「うん…」



早織「じゃあ今晩泊まる所もないんだよね?」



エレナ「うん…」



早織「そっかぁ~ じゃあ今日私んちに泊めさせてあげるから元気だして…」



エレナ「ありがとう」



早織「おじいちゃんも心配してるだろうし 一緒におうちに帰ろう」



その言葉に2人はハッとした。



御見内「え?」



おじいちゃん…?



その言葉に反応した2人は同時に早織を向いた。



しゃがみ込んだエレナが早織に問う



エレナ「ねえ早織ちゃん 今おじいちゃんって言った?おじいちゃんがいるの…?」



早織「うん いるよ 足が悪くてお外に出れなくて… ずっとおうちに隠れてるの」



エレナ「おうちは何処?」



早織「ちょっとこっから歩くけど…お姉ちゃん達と会った反対の方なの あっち」



エレナが御見内と目を合わせた。



御見内「早織ちゃん 兄ちゃん達を泊めてくれるかい?」



早織「うん 勿論いいよ」



御見内「じゃあ案内してくれるかい」



早織「いいよ~ こっちだよ~」



身の丈にそぐわねゴルフクラブを抱えたまま元気良く走り出す早織



御見内「エレナ… 北海道行きは少し延期になりそうだ この町は何だかおかしい」



エレナ「うん… 分かってる それより やっとまともな生存者さんに会えそうね」



2人は少女の案内を受け、早織宅を目指した。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



同刻



下水が流れるある地下



「がぁぁああああああ」



天井からポタポタ水滴が垂れるその奥から悲鳴が響き渡って来た。



血のこびりつく鎖がユラユラと揺れ、ロウソク1本に照らされた数々の拷問器具が並ぶ部屋の更に奥の部屋から聞こえて来る複数の叫び声が聞こえる。



両手を後ろに手枷がはめられ ひざまずく複数の町民らしき男達の後ろには1つの柄に9つの革紐がある鞭 キャットオブナインテイルを手にする黒フードの姿



また その後ろには溶接用のバーナーやチェーンソー、鉈から斧 削岩用の小型ドリルを所持した数人の黒フード達の姿が見られた



背中には数え切れぬ程のみみず腫れ、打ちのめされた鞭痕が残り 痛みと震えで身体をガタガタ震わせる男達



その男達の前にあの紅いフードを纏った男がいた。



グリモア(魔導書)らしき怪しげな書を抱え、面が隠れる程深々と被られたフードの男が呆れた口調で吐き捨てる。



「よもや これほどの数を投入しておきながら何たる失態… 小娘1匹取り逃がすとは… この盆暗な役立たず共め…」



顔を上げた町民達が尋常じゃない程ガタガタと震え始める



「生者としての価値無きおまえ等にネクロ(死)を司るアザトースの呪詛禁書18詠唱を捧げようぞ… 貴様等屍鬼となりて我がネクロマンサーの手足となりて… バスタードの部品にしてくれる」



紅フードの背後の扉が開かれ、姿を現した巨漢な2人組



また紅フードの隣の椅子に座り込み、町民達の苦しむさまをニタニタと楽しげに眺める白衣姿の女



「ブルトラ~グルングルダトム イアイア クトゥルフタムグン フンブルイムグルナフ クトゥルウルイエ ウクフナグル~フタグン イア~ル イエ トナロロ ヨラナラ~ク シラ~リ~ シュブ ニグラス…」



紅フードが何やら怪しげな呪文を唱えだし、町民の震えは一層激しさを増していった。



「…レムリアを紡ぐカダスの祭壇よ…汝の視界のヴェールを払い…屍の山を踏破せよ 彼方の実在を見せる者よ 我が生け贄を受け給えしクストデスの化身となり我が命に耳を貸し再誕せよ……マルモ マルオ 出番だ ここにいる出来損ないの馬鹿共を1日かけてじっくり解体しとけ…」



「えぇ~ だいしょう こんなにいいんしゅかぁ~」



「かまわん 方法は好きにしろ ただし24時間じっくり苦しめてから殺せ バスタードの材料に使用する」



「へっへへへへ やりぃ~ 今回はあそぉび道具がたくしゃんでしゅね~ あにじゃ」



「…バラし後いつも通り益良教授に渡しておけ いいな?」



「テイシュ はいしゃ~」



「かしゅこまりました」



鏡に映る様に瓜二つな醜いツラ



ブタの様にまんまる太った身体、上半身裸で濃い胸毛や腹毛が生え揃う醜い容姿



そしてその双子の大男が目と口が開く黒いストレッチマスクを被り始めるや



数人の町民がその2人組を目にし失禁させた。



また たまらず逃げ出そうとする町民が力強くで抑えつけられていた。



「マルオ 拷問しゅながら24時間以内で何人生かせぇるか勝負よん」



「あにじゃ には負けねぇ~しゅから シュシュシュシュ」



拷問&解体人のマル兄弟

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