3

   ○


 南美は、一人だった。

 幼い頃から、両親が家にいないことが多かった。両親が南美のことを深く愛しているのは間違いなかったが、南美は、一人だった。


 南美の両親は、南美に本を買い与えた。本は南美の友達になった。登場人物たちと南美は、どんどんお話を広げていった。


 ある日のこと。

「何読んでるの?」

本を読んでいた南美に、一人の女の子が話しかけてきた。真っ白な肌に、桃色の頰。そして、キラキラと輝いている瞳。白雪姫みたいだ、と南美は思った。


 その日から、南美は友達が増えた。白雪姫は、人気者だったからだ。南美は、彼女や他の友達のために絵本を読み聞かせた。ある時は教室の片隅で、またある時は園庭のベンチで。

 南美は、自分が考えたお話もするようになった。白雪姫は、どんなお話でも楽しそうに聞いてくれた。


 幼稚園が休みの日、南美は友達と、マンションの前の公園で遊ぶ約束をした。当時、公園の東西は平屋だったので、公園は今よりもずっと明るく、賑わっていたのだ。

 その日も南美は、本を読んでいた。本に夢中になっていた南美がふと時計を見た時、約束の時間は過ぎていた。

 慌てて公園に行くと、友達は全員揃っていた。

「遅くなっちゃった、本読んでて」

南美が声をかけると、急に公園が静かになった。

「ごめんね、遅れちゃって」

南美は謝った。しかし、誰も何も言わない。


「南美ちゃんの嘘つき」

長い静寂の後、白雪姫がポツリと言った。

 南美は、遅れたことで怒らせてしまったのかと思い、焦った。しかし、白雪姫が口にしたのは、全く違うことだった。

「砂漠を走る船なんて無いじゃない」

「……え?」

 南美は困惑した。

「砂漠を走る船とか、砂でできたお花が咲く丘とか、南美ちゃんがお話をしてくれたこと、ママに言ったの。ママは、そんなもの無いわよって」

白雪姫の声はだんだん大きくなった。

 そしてとうとう、叫んだ。

「南美ちゃんの嘘つき!」

 嘘つき、嘘つき、嘘つき、うそつき、ウソツキ……


   ○


 ライオンの背中が、南美の涙で濡れた。

 ラクダが、ゆっくりと口を開いた。

「南美ちゃんは、嘘つきじゃないよ。……これは、嘘じゃない」

「……え?」

南美が顔を上げた。

「本当じゃないかもしれない。でも、決して嘘じゃない。そう、それは、物語なんだ」

「物語……」

南美の涙が止まった。

「そう、物語だ! 南美ちゃんは物語を作っている。これは、凄いことなんだよ!」

ライオンも続けた。

「そう……、そうなのね! これは、本当じゃないけど、嘘じゃない……物語なんだ!」

南美に笑顔が戻った。

 その瞬間、砂漠に色が広がった。

「あれは……砂の花! 見て、船も走ってる!」

南美が叫んだ。

「降りよう!」

「さあ、物語の続きだ!」

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