第57話 決戦、アンフェルダウン
帝都を出発した連合軍は丸一日をかけてアンフェルダウン付近まで辿り着いた。メタゼオス帝国の僻地に存在するこのアンフェルダウンが魔女達の本拠地である可能性は高く、実際に近づくほど魔物の妨害も強くなってきている。
「敵の数も増えてきたな。やはりアンフェルダウンには何かある」
先頭で指揮するシエラルは魔物を葬りつつ目的地の方角を睨む。アンフェルダウンは人間の居住に全く適していない険しい山岳地帯で、熱心な登山家ですら嫌厭する場所だ。そもそも魔物がうろついているような場所に好んでいく者などいるはずもないが。
「うっ・・・・・・」
「シオリ、大丈夫? 頭が痛いの?」
頭を押さえ、足を止めた詩織にリリィが声をかける。
「ものすごい邪気を感じる。吐き気すら催すくらいの、強い邪気を」
「シオリがそう感じるってことは、この先に強力な敵がいるってことね」
ダークオーブで強化された魔物や魔女の気配とプレッシャーを詩織は感じ取ることができる。そんな彼女がこれまでにないほどの強い気配を感じているので、それはつまり魔龍クラスの敵がいることの証左と言えよう。
「シオリの言う邪気を放つ者がどういうヤツかは分かるか?」
「いえ、敵が何者かまでは分かりません。でもタイタニアに現れた魔龍に似ているように思います」
「ドラゴ・プライマスが復活を果たそうとしているのだな。先を急ごう」
魔龍はただでさえ強敵だが、それらの長であるドラゴ・プライマスは別格だ。精鋭揃いの適合者集団を単騎で殲滅し、国家を焼き払ったという記録が伝記に書き残されている。そんな魔龍が復活すれば甚大な被害が発生するのは火を見るよりも明らかであり、絶対に阻止しなければならない。
「ドラゴ・プライマス様、人間の兵隊どもがこの地まで侵攻してきました」
魔女ルーアルは事を冷静に報告する。敵が来ているとはいえここには多数の戦力が控えているし、なによりドラゴ・プライマスがいるからピンチだとは思っていないのだ。
「我の再生にはもう少し時間が必要だ。なんとしても敵を足止めしてここに近づけるな」
ルーアルは配下の魔物達に指示するためその場を後にし、ドラゴ・プライマスはルーアルを見送って目を閉じる。その閉じたまぶたの裏には過去の戦いの記憶が写しだされ、以前なら勇者達への怒りを覚えていたのだが今は懐かしいような気持ちであった。敗北は過去となり、復活して魔龍による新しい世界を築けばいいという野望があるからこそ心境が変化したのだろう。
「この戦いは我による新時代創世の始まりにすぎない・・・」
そう、目の前に迫る人間との戦いなど始まりでしかない。ドラゴ・プライマスの意識はその先へと向けられている。
「これよりアンフェルダウンへとSフィールドから突入する。これまで以上の激戦となるであろう」
千名を超える連合軍の兵達は臆することなく前進し、それぞれに覚悟を決めて武器を握った。
「モルトスクレットタイプ、多数確認!」
「来たか」
デゼルトエリアにも出現した骸骨の魔物、モルトスクレット。その大群がアンフェルダウンを背にしてシエラル達に対峙する。
「部隊を二つに分けて十字砲火を行う。我が第一戦隊と第二戦隊はタイタニア軍とこのまま前進。ディーナの指揮する第三戦隊はEフィールドへと迂回し、側面から我々の援護を」
アンフェルダウンの南より侵入したシエラル麾下の本隊は敵の防衛ラインを正面突破するため直進し、援護のための部隊を手薄な東側から侵攻させる。地形的な理由で西側から近づくのは困難であり、南へと回り込むのは時間的にも戦力的にも現実味はない。
「シオリ、キミに大技を放ってもらいたいのだが、できるか?」
「やれます」
「頼む。勇者がここにいることを示し、敵の注意を引く。そうすればSフィールドに敵の戦力が集中し、Eフィールドへ回った部隊が動きやすくなって早急な援護が期待できる」
勇者がいるとなれば魔女達は全力で潰そうとしてくるだろう。それを逆手に取り、東側から魔物達を少しでも引き剥がそうという魂胆だ。
詩織は聖剣グランツソードをかまえ、全魔力を流す。
「夢幻斬りっ!!」
空をも貫きそうなほど高く伸びた光の奔流が振り下ろされる。太陽光よりも強く輝く渾身の一撃は、シエラル達の前に立ちふさがっていた多数のモルトスクレットを粉砕し、山の一部を抉った。
「全軍突撃! シオリの開いた血路を更にこじ開けるぞ!」
シエラルの号令で適合者達が一気に駆けだした。詩織の攻撃で魔物の防衛ラインに穴が開き、そこを目指して突っ込んでいく。
「ミリシャ、敵に狙い撃ちにされないようシオリのガードをお願い」
「かしこまりました」
「我がリリィ隊はシオリの魔力が回復次第、シエラル達を追うわよ」
ミリシャが杖で魔力障壁を展開して詩織を守り、ティエル麾下のチェーロ・シュタット軍がその周囲に展開して防御を固めた。
「役に立ててるんだなって実感、やっぱり嬉しいものだね」
「シオリのそういうトコロが勇者向きよね」
「ありがとう。せっかくなら異界の適合者だから勇者と呼ばれるんじゃなくて、皆のことを救った本当の意味での勇者って言われたいよ」
「とっくに多くの人を救っているわよ。勿論、わたしのことも」
リリィは詩織の手を握り、お互いに温もりを感じながら戦局を見つめていた。
「どうやら勇者が来たようですね。それにアナタのご子息も」
「フン。もはや勇者など脅威ではないわ。我らにはドラゴ・プライマス様がいる。もう間もなく力を取り戻し、叩き潰してくれるだろう」
「その前にここまで勇者が来たとしたら、魔剣を取り戻したナイトロ様ご自身がお相手をされるのですか?」
「それは貴様の役割だ、ルーアル。その魔女としての力はなんのためにある?さっさと出撃せんか」
ナイトロは勇者の始末をルーアルに押し付けてドラゴ・プライマスいる結界へと引き下がってしまった。
「臆病者めが・・・勇者を恐れているんだな」
魔剣を持っておきながら敵に立ち向かわないナイトロに苛立ちつつ、ルーアルは勇者が迫ってくることを想定して用意を始める。
「まぁいい・・・今度こそ私の手で勇者どもを仕留めてやるさ。まずは手始めにグロスモルトスクレットを送り込んでやろう・・・・・・」
「ここまでは順調だが・・・・・・」
アンフェルダウンに配備されている魔物は他の地域の魔物に比べて高い能力を有しているが、適合者達の前に徐々に戦力を削られている。大切な人を守るためにも魔物を野放しにはできないという適合者達の気合が実力以上の力を発揮させているのだ。
「シエラル様、新しい敵の戦力が出現しました」
「簡単には突破させてくれんよな」
部下の示す方向から巨大なモルトスクレットが複数体歩いてくる。全長は約八メートルほどで、これがルーアルが調整したグロスモルトスクレットだ。
「怖気るなよ!」
シエラルが率先して吶喊し、グロスモルトスクレットの一体に斬りかかる。
「ちっ・・・ネメシスブレイドがあれば・・・・・・」
通常の魔具ではグロスモルトスクレットにダメージが通りにくい。ナイトロに奪われたネメシスブレイドであればもっと戦えるのだが・・・・・・
「しかし、やるしかない!」
無い物ねだりをしても仕方がない。今できる戦いをするしかないのだ。
「イリアン!」
シエラルが視界に捉えたのはイリアンがグロスモルトスクレットの攻撃で弾き飛ばされる場面であった。このままでは次の攻撃で殺されてしまう。
「させるかっ!」
地面を蹴り、後先考えず走る。総指揮官が一人の部下のために命を危険に晒すのは愚かな行為と言われるかもしれない。だが、それでも見捨てることができないのがシエラル・ゼオンなのだ。
「シエラル様、申し訳ありません・・・・・・」
「フッ、この程度・・・・・・!」
イリアンに対して振り下ろされたグロスモルトスクレットの大剣をシエラルが受け止める。だが圧倒的なパワーに押され、シエラルは膝をついた。
「マズいか・・・・・・」
このままでは押し負ける。焦りを感じたシエラルであったが、
「!?」
グロスモルトスクレットの頭部に魔弾が直撃し、たった一撃で粉砕された。
「遅くなりました!」
「シオリか、さすがな」
シオリリウムロッドをかまえる詩織は次弾を放つ。脳波コントロールされた大型の魔弾は頭部を失ったグロスモルトスクレットの胴体を砕き、真っ二つにして撃破した。
「よし、一気に攻勢をかけるぞ!」
立ち上がったシエラルはイリアンや部下達と連携して敵に対する。
「わたし達もいくわよ! アイリアとシュベルク隊は前へ!」
合流したリリィ達も戦列に加わり、アイリアとシュベルク隊が先陣を切る。大型のグロスモルトスクレットは詩織達に任せ、周囲に蔓延るモルトスクレットを蹴散らしていく。
「タリスといったか? なかなかいい動きだな」
「・・・お前もな」
軽口を叩きながらも動きは止めない。アイリアがコンバットナイフでモルトスクレットの首を跳ね、それでも動き続ける胴体をタリスが砕く。
「ミアラ、突っ込みすぎだ!」
「私にだってやれます! 見ていてください!」
ニーナにいいところを見せようと張り切るミアラは剣でモルトスクレットと鍔迫り合い、ズサッと足が滑った。
「あわわわ!」
転倒してミアラはモルトスクレットに頭突きをかます。ダメージにはならないが、モルトスクレットの姿勢を崩すことはできた。
「そこだっ!」
よろけた個体をニーナが両断しトドメを刺す。
「まったく、危なっかしいんだから」
ミアラの手を引っ張って起こし、背中合わせになって魔物と向かい合う。この二人はこのコンビネーションで戦ってきており、こうした大規模戦闘であっても相変わらずなようだ。
「ミリシャ!」
「はい、お任せあれ!」
ミリシャの魔弾による支援を受け、リリィがグロスモルトスクレットの足の関節を狙って斬撃する。
「シオリ!」
「了解!」
足を止められたグロスモルトスクレットの頭部を詩織が切断。残った胴体はチェーロ・シュタットの適合者達が放った複数の魔弾が直撃して消滅した。
「このままの勢いで敵の中枢部までいくわよ!」
魔物側もしぶとく、増援が次々と出現するが人間達を押し返せるほどの力はない。もはやドラゴ・プライマスが完全復活するまでの時間稼ぎであり、自分達だけでの勝利など放棄しているようであった。
「ここに敵が来るのも時間の問題だな」
戦況を見ていたルーアルは複数体送り込んだグロスモルトスクレットでさえ撃破される現状を見てそう察する。
「リガーナ、お前に任務を与える」
「私にですか?」
「そうだ。雑魚な人間達は魔物がどうにか足止めしている。しかし、勇者やシエラルは包囲を突破してくるだろう。そうなったらお前がここで敵を止めるのだ」
「で、できますかね?」
「やってもらわねば困る。安心しろ、お前一人に任せるわけではない」
ルーアルがパチンと指を鳴らすと、崖の上から四足歩行の獣が飛び降りてきた。魔龍ほどではないが図体は大きく、漆黒の体に纏わりつくのはダークオーブから溢れる紫色のオーラだ。
「このケルベロスを貸してやる。これと共にドラゴ・プライマス様の結界を死守するんだ」
「ルーアル様は?」
「ドラゴ・プライマス様が取り込んだダークオーブの最終調整をしてくる。もうすぐ力を取り戻すだろうから、今のうちにやっておかねばならない」
凶暴そうなケルベロスを制御できるか心配であるが、何よりも勇者達と戦うことに不安があった。とはいえルーアルの命令に背くわけにはいかないし、リガーナは近づく戦火を見て覚悟を決める。
戦いの舞台はアンフェルダウン最終防衛ラインへと移ろうとしていた。
-続く-
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