第56話 リリィストーム

 議会で追及を受けていたシエラルだが、嫌疑不十分として魔女討伐まで処分は保留となった。


「これもリリィのおかげだよ。来てくれて本当にありがとう」


「アンタには何回も助けられたんだもの、これくらいなんてことないわ。あまり役に立てたとは思えなかったけどね」


「そんなことはないさ。キミが来たことで議会の空気が変わり、流れが変わったのは事実だよ」


 リリィを始めにイリアンやシエラルを信じる議員の擁護があったことで自由の身になれたのだ。皆の勇気を無駄にしないためにも、必ずや魔女とナイトロの野望を阻止しようと改めて決意を固める。


「にしても魔女の居場所をどうやって特定すればいいのかしら」


「それなら見当がついている。実はワタシの部下が飛び去るルーアルの姿を目撃していてな。ヤツが去った方角にはアンフェルダウンがある」


「アンフェルダウン・・・かつての勇者が魔龍と決着をつけて封印した場所ね。伝記にそう書かれていたわ」


「そうだ。それにナイトロの書斎を調査したところ、壁に貼られた地図のアンフェルダウンに印が付けられていた。キミが聞いた通りにヤツらの目的がドラゴ・プライマスの復活であるならば、決戦が行われたあの地に集結した可能性は高いと思う」


 確証があるわけではない。しかし他にアテがないとなれば行ってみるしかないだろう。


「すでに軍には通達を出している。攻撃部隊の編制には少し時間がかかるから、明日の朝に出撃となる。キミ達も協力してくれればありがたい」


「当然行くわ。魔女に因縁があるのはわたし達も同じよ」


「頼もしいよ。タイタニアにも救援要請を出したが、明日の作戦開始までに間に合うかは分からないな」


「でも声をかけておけばタイタニアもバックアップに入れるわよ。じゃあわたしはここに連れてきた部下達に事情を話してくるわね」


 議事堂の外に待機している部下達は議会での出来事を知らない。急遽決まった明日の作戦について説明するためにリリィは建物を出た。


「イリアン、きみにもちゃんと謝らねばならないな。ワタシに尽くしてくれるきみに秘密を隠していたことを。本当に申し訳ない」


「い、いえ。謝らないでください。シエラル様には私の想像の及ばないような重責があったのでしょうし、それに・・・」


 イリアンは顔を赤らめつつ、シエラルの瞳を直視する。いつもの凛々しい騎士としてではなく、一人の少女としての感情が伝わる。


「男であるとか女であるとか性別なんて関係ありません。私はシエラル・ゼオンという人そのものを・・・お慕いしているのですから」


「そうか・・・ワタシは幸せ者だ。きみのような存在が近くに居てくれたのだからな」


 シエラルの柔らかな笑顔がイリアンには眩しかった。


「今後もワタシには様々な困難が待っていることだろう。そんな時、ワタシにはイリアンの支えが必要だ。これからもワタシの傍にいてくれるか?」


「はい!どこまでも、いつまでもあなたと共に」


「ありがとう」


 シエラルはイリアンの手を握ってその温もりを味わいつつ、軍との連絡のために指揮所へと向かっていった。






「シエラル様、お時間です」


「ああ。行ってくる」


 その日の夜、議事堂前の広場には多くの兵が整列していた。ここにいる者達は明日シエラルの指揮の元でアンフェルダウンへと出撃する者達である。

 シエラルは議事堂三階にあるバルコニーに立ち、兵達全員を視界に入れるよう見渡す。


「ワタシはシエラル・ゼオンである。この姿に驚く者もいるだろうが、これが本来のワタシなのだ」


 真紅のロングドレスに身を包んだシエラルは風に髪をなびかせながら名乗る。皆の知るシエラルは男であり、当然ながら戸惑いの声が漏れるがシエラルはかまわず言葉を続けた。


「ゼオン家は男の家系であり、次期皇帝を担うことになるワタシにナイトロは男であることを強要した。幼いワタシはそれが皇帝の子供として産まれた責務なのだと理解し、そのように生きてきた。だが、そんな生き方は終わらせる。本来のシエラルとして生きることを決意したのだ」


 詩織はバルコニーの後方でシエラルの演説を聴いていた。彼女の言葉は力強く、男として振る舞っていた頃よりも生き生きとしていると思った。


「それはナイトロと決別すると決めたからである。ヤツはあろうことか魔女と結託し、魔龍の力を借りて世界を統治しようと目論んでいるのだ。国民を幸福にするために存在する指導者が自らの欲望のためだけに裏切りを働いているとなれば、これは重罪と言えよう。ワタシはナイトロを許しはしないし、メタゼオスに脅威をもたらす魔女達も許さない。国民達の安寧のためにも敵は討たねばならないのだ」


 広場に集まった兵達の士気は高まっていく。シエラルは忠義を尽くすに値する人間だと心で分かっており、性別だとかはもはやどうでもいいことなのだ。


「明日、我々はアンフェルダウンへと赴く。魔龍ドラゴ・プライマスの復活を止めるためだ。皆の中にはナイトロの子供であるワタシを疑う者もいるかもしれないが、信じて付いてきてほしい」


 必死の訴えに対し、兵達がシエラルを応援するように声をあげた。その光景に感極まったシエラルは涙をぐっとこらえて言葉を紡ぐ。


「我々こそが国民達の道標となり、ナイトロなき次世代の国家への道のりを照らしていくのだ。そのためにも誇り高きメタゼオスの騎士達よ、ワタシと共に剣を持て!」


 歓声が沸き上がり、それをバックにしてシエラルはバルコニーから下がる。イリアン他直属の部下達は敬礼しながら見送り、そこにリリィ達が合流した。


「どうかな、リリィ。今ので良かったと思うか?」


「凄く良かったと思うわ。もう皇帝としての風格が出てきたわね」


「キミに褒めてもらえて嬉しいよ。皇帝として議会が認めてくれるかは分からないが、ワタシは父が犯した罪の贖罪をするためにこの国に尽くす覚悟は持っている」


「大したものね。シエラルならきっと良い皇帝になれるわよ」


 二人の間のわだかまりは綺麗サッパリなくなっていた。縁談の話が無くなったからではなく、本当の友情ができているのだ。


「メルファ、ワタシが不在の間の議会を任せます」


「お任せください。私は長いこと政治に携わってきましたから、こういう時こそ冷静に職務をこなす大切さを知っています。ですからご不在の間の心配はなさらないでください」


 シエラルは頷いて未来へと想いを馳せる。魔女を撃滅し、希望を持って国民が生活できる国家を築き上げるのが目標だ。それを実現するためにも生きて帰らなければならない。自分だけでなくかけがえのない仲間達も一緒に。






「勝つわよ、シオリ」


「勿論。勝って帰ろう」


 早朝であるが、すでに多くの兵達が準備を完了して出撃の号令を待っていた。詩織とリリィは指を絡めるようにして手を繋ぎ、気持ちを落ち着かせて待機する。


「シオリ、キミの援軍だという者達が合流したぞ」


「えっ? 私のですか?」


「チェーロ・シュタットからの援軍さ。勇者を支援するために飛来したのだから、手伝わせてほしいと。会いに行ってくるといい」


「はい」


 詩織はシエラルに促されてメタゼオス軍の後方に集まる適合者集団の元へ急いだ。その百名程の部隊を率いるはチェーロ・シュタット副総帥ティエルであった。


「ティエルさん、来て下さったのですね」


「タイタニアから協力要請がありまして、馳せ参じました。少しでも勇者様のお役に立てればと」


「とても心強いです。祖母のように上手くできるかは分かりませんが、魔女達と決着をつけたいと思っています」


「できますよ。アナタからはサオリ様のような強さを感じます。自信を持ってください」


 ティエルにとっては二度目の魔龍が関わる戦争だ。再び強敵と相まみえることに恐怖はあるが、自分を救ってくれた早織や詩織への恩義を返す機会でもある。


「間もなく時間だ。用意はいいな?」


 いよいよ時間が来たようだ。これから先何が起こるか分からないが、それでも逃げ出そうとする戦士などいなかった。


「そういえばこの作戦の名前を決めていなかったな。敵の本懐を倒すための戦いに名前がないというのも味気ない。リリィ、何かいい案はないか?」


「そうねぇ・・・・・・リリィストーム作戦ってのはどうかしら?」


 シエラルにドヤ顔で提案するリリィ。メタゼオス主導の作戦名に自分の名前を含めるとは大した自信だ。


「フッ、それでいこうか」


 頷いたシエラルは騎乗した専用の馬の上で剣を掲げる。


「敵はアンフェルダウンにあり!!暴君ナイトロと魔女を我ら連合軍が討つのだ。リリィストーム作戦、開始!!」


 タイタニア、メタゼオス、チェーロ・シュタットの連合軍が出陣。一路アンフェルダウンを目指す。兵力としては約千人を集めたメタゼオスが圧倒的に多く、タイタニア勢はリリィの率いる十数名の部下のみであるが気力は負けていない。


「勇者の力、存分に見せつけてやる」


 他の誰にもない特別な力を持った少女詩織。数奇な運命に導かれて異世界へと転移した彼女に、これまでにない巨悪が待ち受けていた。






「お体のほうはいかがですか、ドラゴ・プライマス様」


「クリスタルによる肉体修復は上手くいっている。もうじき完全に力を取り戻せるだろうよ」


「それは良かった。ところで、永遠の命を与えてくださるという約束は・・・」


「慌てるな。勇者らを抹殺した後に約束は果たそう」


 ドラゴ・プライマスの胸にはルーアルが調整した巨大なダークオーブが輝いており、その内部にヴォーロクリスタルとソレイユクリスタルが取り込まれてドロドロに溶けていた。二つのクリスタルは暗黒の力で歪められ、もはやドラゴ・プライマスの糧となってしまっている。


「ドラゴ・プライマス様、この世界を支配した後はどうされるおつもりですか?」


「簡単な話だ。この世界の後は、別の世界を手に入れる」


「別の世界ですか?」


「勇者は異界から来た人間であり、それはつまりこの時空とは異なる別の世界が存在していることの証左だ。それならばその世界も欲しくなるのが魔龍の性なのだ」


 一つの世界だけでは飽き足らず、別の世界をも歯牙にかけようとしていた。そうして支配域を広げ、やがては魔龍種によってあらゆる時空を統治しようと考えているのだ。


「我が取り込んだクリスタルは異界への扉を開くことができる代物だ。これを使い、勇者を呼び出すのとは反対に我が異界へと転移する」


「それは素晴らしい計画です。では、ドラゴ・プライマス様が異界に赴かれる時には・・・」


「分かっている。その時はこの世界の管理は貴様に任せるとしよう」


 ナイトロはその言葉を聞いて深く頭を下げる。その顔はドラゴ・プライマスからは見えないが、邪悪に歪んでいるのは雰囲気で分かっているようだ。


「しかし、その前に歯向かう勇者は何としても殺さねばならぬ。ヤツは危険極まりない存在だからな。油断すれば、また邪魔をされてしまう」


「このアンフェルダウンにはルーアルが配置した戦力があります。ドラゴ・プライマス様が完全復活し、それらを率いれば勝てましょう」


 アンフェルダウンは魔物の巣窟と化しており、再びの決戦の地となるに相応しい禍禍しさを醸し出している。


 ついに戦いは終局を迎えようとしていた。


     -続く-

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