第55話 本当の自分
魔女フェアラトとの戦いに勝利してリリィを連れ戻すことに成功した翌日の朝、詩織達は臨時指揮所となっている多目的ホールへ赴く。リリィを奪還したとはいえ国王は亡くなり、更には魔物達の動きがより活発化していることで室内は多忙な様子であった。
「おはようございます、リリィ様。もうお体は大丈夫なのですか?」
「問題ないわ。これもミリシャ達のおかげよ」
「それは良かったですわ。肌つやも良いようですし、またお元気な姿を見ることができて安心いたしました」
その思いは詩織も同じである。リリィの居ない間は心ここにあらずだったし、こうして隣に立てるだけで幸せを感じていた。
「リリィ、帰ってきて早々悪いのだが頼みたいことがある」
クリスに手招きされ、ホールの奥にあるデスクへと足を運ぶ。そこには地図や兵力を示す模型などが置かれており、ここで戦略会議が行われているようだ。
「どのような任務でしょうか、クリスお姉様」
「至急メタゼオスに向かい、状況を把握してほしいんだ」
「それはどういう?」
「メタゼオスに派遣した使者の情報によるとナイトロ・ゼオン皇帝は魔女や魔龍と共謀していたらしく、直属の部隊を率いて離反したらしい。そのことで子息のシエラル・ゼオンにも疑惑の目が向けられて議会は紛糾しているようだ」
「なんですって!?」
リリィだけでなく詩織も驚きを隠せない。ナイトロの事はよく知らないが、少なくともシエラルは魔女に協力するような人間ではない。
「シエラルはわたし達と魔女を倒すべく戦ってきたんです。そんなアイツが魔女と共謀するなんてことはあり得ません」
「私もそう思う。シエラル自身もナイトロに襲われて戦闘になったというし、魔女とも玉座の前でやりあったようだ。しかしそれでも彼を信じない者がいて、そうした議員達がシエラルの処刑案も出しているとのことだ」
「そんな・・・・・・」
「そこでリリィ達の出番だ。メタゼオスで何が起きているのかを把握し、シエラルに会うんだ。そしてナイトロや今回の事件について調べろ。そうすればフェアラトの事や、奪われたソレイユクリスタルの行方も掴めるかもしれん」
「分かりました。すぐに向かいます」
シエラルはいくつもの戦場を共にした戦友だ。見捨てるなんて選択肢はない。
「こんな状況だからいつ魔女と戦うことになるか分からん。リリィに臨時編成した適合者部隊を預ける」
「わたしにですか?」
「今のリリィならば指揮を執れるはずだ」
「やってみます」
クリスやアイラには専属の騎士団が与えられていたが、リリィはこれまでそうした騎士団を与えられることはなかった。なのでようやく規模の大きな戦闘部隊の指揮官として、そしてスローン家の姫騎士として認められたということになる。これはクリスがリリィの功績と成長を評価している証と言えるだろう。
「これで全員揃ったわね」
「はい。リリィ様」
新調したドレスアーマーに身を包んだリリィが整列した約20名の部隊員の前に立つ。あくまで今回限りの臨時部隊ではあるが、それでもこの任務を共にこなす仲間である。
「お姉様達のように要領良く指揮を執れるかは分からない。でも、全力で皆を率いていくから、わたしに付いてきてほしい」
隊員達の敬礼を受けてリリィも敬礼を返す。
「では行くわよ。メタゼオスへ」
国や民達を裏切ったナイトロや魔女は魔龍を復活させようと企んでいる。今回の遠征でそうした巨敵と邂逅することになるかは分からないが、もう決着をつけなければならない時が来ているのは間違いのないことであった。
「少し休憩を挟むわ。今のうちに軽食やトイレとか済ませておいて」
列車の最終地点である国境沿いの街にて隊員達へ小休止を与える。急いではいるが、こうも大人数を率いているのだから指揮官としてメンバーを気遣わなければならない。
「あっ、リリィ様お久しぶりです」
「あらニーナじゃない」
リリィに声をかけてきたのはチェーロ・シュタットに共に赴いたシュベルク隊のリーダーであるニーナで、部下のミアラやタリスも一緒であった。
「大勢お連れになってどこに向かうのです?」
「メタゼオスに。皇帝が魔女の仲間だったらしくて、それで大変なことになっているそうなの」
「そうなのですか。なら、私達もお供させていただけませんか?」
「えっ? でも、アナタ達にも任務があるんじゃないの?」
「シュベルク隊はこの前のチェーロ・シュタットでの功績で休暇を与えられているんです。でもそんな緊急事態ですし、リリィ様のお役に立ちたいんです」
そう言われれば断る理由もない。
「なら同行してもらおうかしら。どこで魔女に襲われるか分からないし、人数は多いほうがいいわ」
「ありがとうございます。すぐに準備してきますので」
この街の適合者詰所は近くにあり、ニーナ達は足早に向かっていった。
「これもリリィの人徳の成果だね」
「ああやって慕ってくれる人は大切にしないとね」
休暇を取りやめてまで同行を申し出てくれるような相手ができたのもリリィの魅力や活躍があってのことだ。それには詩織の力も関わっているが、詩織は自分の功績はリリィの物だと考えている。
街を出たリリィ達は国境を越えてメタゼオスへと入国し、列車にて帝都オプトゼオスへと到着した。タイタニア王都よりも栄えているが、皇帝であったナイトロの反逆によって暗い雰囲気である。
「それでどうするの、リリィ?」
「帝都まで来たからには議会に向かうわ。そこでシエラルに会うのよ」
「なる」
帝都の中心に置かれている議事堂は城に見紛うほどの豪勢さを誇っており、まさに大国の中枢部といった雰囲気を醸し出している。リリィは以前にも訪れたことがあるが、それでもこの建物を前にすれば緊張してしまう。
ひとまず部隊を待機させ、詩織、アイリア、ミリシャを連れて衛兵のもとへと近づく。
「シエラルに会いに来たのだけれども」
「シエラル様は現在議会に出席されております。御用があるならば・・・」
「じゃあ中で待たせてもらうわね」
「えっ? しかし・・・・・・」
「わたしはタイタニア国王のクリス・スローンより特命を帯びてきたのよ。シエラルへのね」
もはやごり押し気味に衛兵達を納得させ、議事堂へと入って行く。本来であれば正規のプロセスを踏んだうえで入館させるべきで、特に政治的に混乱している時期には尚更であるはずなのだが衛兵達は面倒ごとに巻き込まれたくない一心でそうしたのだ。これは議会を守る役目を担う者として完全に失格と言えるが、ここにそれを咎める者もいない。
「お待ちください、リリィ様。傍聴席は封鎖されておりまして・・・・・・」
議会室まで辿り着いたはいいものの、多数の警備に固められており入室するのは困難そうに見える。
「かまわん。皆さまをお通ししろ」
リリィ達を止める警備に対して声をかけたのはシエラルの部下であるイリアンだ。
「ですが国家機密を扱う議会に王家とはいえ他国の人間を入れるのは問題ですよ、イリアン様」
「かまわんと言った。何かあれば私が責任を取る」
「それなら・・・・・・」
責任を押し付けられる相手がいるとなればと警備達は道を開ける。こんな時でも自己保身を優先するのは人間の悲しい習性か。
「イリアン、状況は?」
「議会はシエラル様の処遇で揉めています。残念ながら反シエラル派の主張が声高に唱えられているのが現状です」
「魔女との共謀を疑う声か」
「はい。ですがそれはあり得ません。私が異常を察知して玉座の間に突入した際にシエラル様は魔女と交戦していましたし、それ以前にナイトロによって魔剣ネメシスブレイドが奪われてしまったのです。もし共謀していたらそんな事には成り得ないはずです」
それに関して言えば以前は共謀していたが仲違いしたために戦わぜるを得なかったとも言えるが、これまでに魔女との関わりがあるような素振りはなかったし、やはりシエラルが道を踏み外したなどあり得ない。
「わたしもシエラルが裏切り者だとは思っていないわ。アイツの潔白を主張するためにここまで来たのよ」
「ありがとうございます。一介の兵である私では無理でも、リリィ様のお言葉であれば状況を覆すことができるはずです」
リリィは頷き、議会の扉を開いた。
「リリィ!? 何故ここに!?」
いきなり議会に入ってくるものだからシエラルは驚いてうわずったような声でリリィへ問いかける。
「アンタがピンチだって聞いてね。こうして駆け付けたのよ」
「リリィ・・・・・・」
あのシエラルが心底安堵したような顔をしている。父に殺されかけ、議員達から問い詰められているのだから味方が来て安心したのだろう。
「ここはメタゼオスの政治中枢だぞ。内政干渉だ!」
議員の一人がヤジを飛ばす。
「問題があるなら魔女との決着後に法廷に申し立ててください。今はこんなことをしている場合ではないんですよ!わたしはシエラルと何度も戦場を共にしてきて、彼が魔女に加担するような場面を見たことはありません。いつだって真剣に、命をかけて魔女達と戦っていたのですよ!」
リリィは机をバンと手で叩いて叫ぶ。今追うべきはナイトロや魔女であり、シエラルを責めても事は始まらないのだ。
「しかしナイトロの子供であるなら魔女との共謀を知らなかったのはオカシイ。コイツも魔女と悪だくみをしていたに違いない」
「ボクはそのようなことはしていないと何度も申し上げています。父とは仕事に関するやり取り以外はしておらず、関係は薄かったことは皆様とてご存じのはずです」
「それが演技であったとしたら?アンタ達が不仲なのは知っているが、我々の知らない所で通じていた可能性があるじゃないか」
そう疑われても仕方がないだろう。シエラルは何度も身の潔白を訴えるが聞き入れてもらえない。
そんな議員の追及を聞いていたイリアンが我慢できないと口を挟む。
「シエラル様はこれまで国家のために尽力してこられました。魔物の討伐は勿論、闇市の摘発や盗賊の討伐などを。正義感がひと際強く、国民を傷つけるような相手を許さないのがシエラル様だと、何故理解していただけないのです!?」
その必死なイリアンの言葉は議会に響き渡る。
「そうとも。シエラル様のご活躍こそ無実の証であり、彼の人柄は皆も知っておろう?」
イリアンに呼応するように声を上げたのは初老の女性議員だ。どうやらシエラルに味方する者もいるらしく、彼女に同意する議員は少なくない。
「メルファ、お前は皇帝一家と近しい家柄だから擁護しているのではないか?」
「シエラル様を幼い頃から私は知っている。ハッキリ言ってナイトロ・ゼオンは不気味であったが、シエラル様は真っすぐな心をお持ちのお方だ。このお方ならば良い皇帝になれると確信しているし、実際に議会でもナイトロとは違って国民に寄り添う提案をしてきたではないか」
「それは・・・・・・」
議会の空気が変わった。シエラルを追求しようという雰囲気が縮小したように見えた。
「ボクは父とは縁を切りました。父を庇う気は更々ありませんし、討伐しなければならない相手と認識しています。彼の言いつけをもう守る気も全くありませんし、だからこそ今ここでボク自身の秘密を曝け出し、皆さまに本当のシエラル・ゼオンを受け入れてもらいたいと思います」
シエラルは普段着として纏っている簡易アーマーのアタッチメントに手を伸ばす。
「シエラル様、よろしいのですか?」
「いつか本当の自分を明かさなければならないと思っていましたから、これがいい機会なのです」
どうやら幼い頃から関係のあったメルファもシエラルが女性であることを知っているらしい。
簡易アーマーがパージされ、中に着ていた薄いドレスが現れる。シエラル本来の女性としてのボディラインが見て取れるし、アンダーポニーテールをほどいて束ねられていた髪がパッと広がった。
「ボクは・・・いや、ワタシは父の言いつけで男として振る舞ってきました。でももうそれは終わりにします。これで父とは完全に袂を分かち、ヤツと魔女を殲滅することをお約束します。ですからそれまでどうかお時間をください。魔女達との戦いが終わった後は議会の決定に従います。疑いが残るのであればその時に処刑してくださればいい」
秘密を曝け出したシエラルの瞳は澄み、ただひたすらに真っすぐであった。
-続く-
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